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苦い恋は珈琲のあとで  作者: あおあん


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9/9

9,スコールは突然に

朝のラッシュアワーはテイクアウトを中心に数をこなし、お昼のランチタイムは単価が上がる軽食をメインに、午後のティータイムは店内でゆっくりされるお客様をもてなす。


私たち社員は基本的に、開始からティータイムまでが勤務時間だ。


夕方になると、遅番のバイトの子たちが出勤してくる。


「京介君、昴君、お疲れ様。上がっていいよ」


言ってあげないと、この2人はいつまでもお店に残ってしまう。


「俺、ラテアートの練習していいっすか?」


「京介君のやる気は嬉しいけど、ゆっくり休んで疲れを取ることも大事よ」


しょげてる新人たちを前に、『帰りなさい』と言えなくなってしまった。


「1時間だけね。17時には必ず上がってください」

「「はい!!」」


それから京介君は山室君についてみっちりとラテアートの練習をし、昴君はその様子を食い入るように見ていた。


「よかったらどうぞ」


京介君から練習したカップを受け取り、砂糖を入れずに頂いた。


「珈琲とのバランスどう思う?」


昴君に味の意見を伺った。


「よくある感じ」

「ま、そうだよね」


機械で作る珈琲はレシピが決まっているので、ハンドドリップのような自由が効かない。


「やってみるか?」


スチームしたミルクを山室君に差し出された昴君は一瞬、目を『キラーン』と輝かせた。


そして、無言でこちらを見ている。


許可を求めているのかな?


にっこりと頷く。


昴君はぴょんっと背筋を伸ばして、山室君の元へ駆けて行った。


見よう見まねでやってたはずだけど……


「よかったらどうぞ」


昴君が持ってきたカップには幾重にも重なったハートが、まるで一輪の花のようにデザインされていた。


「てんちょーお……」


京介君が半べそをかいている。


「俺、こいつ嫌いかも……なんだって、初めてでこんなの描けちゃうわけ?センスとか、マジで……ムカつく」


お客さんには聞こえないボリュームで悪態をつく京介君に同情してしまう。


この1ヵ月、あんなに頑張ってたのに、たった1回で抜かされちゃったんだもんね。


「京介君には京介君の良さがあるから」


こんなんで慰めになるかは分からないけど。


ハンドドリップは適わないってあきらめがつくけど、味の差がつかないラテアートでもこんなに差をつけられちゃうとね……悔しいよね。


「さ。今日はこの辺にして、帰りましょう」


2人に着替えを促す。


私も今日はこの辺で切り上げるとするか。


着替えて、更衣室から出ると、外からザーッとすごい音が聞こえてきた。


「え……さっきまで、晴れてたよね?」


空は暗くないけど、大粒の雨がぼたぼたとすごい勢いで降っていた。


「京介君と山室君は?」

「走って行った」


いやいや……いくら濡れるの覚悟しても……もう少し雨脚が弱まるまでいるでしょ?昴君が正解だと思うよ。


一緒にスタッフ用の控室に移動する。


「店長、どこ住んでんの?」

「隣の駅。歩いていけないこともない」

「昴君は?」

「遠い。1時間以上かかる」


そうなんだ。

それなのに、あんな朝早く……もしかして始発で来てる?


「店長んち行く」

「は?ダメに決まってるでしょ」

「従業員の安全」

「あのね……」


太々しく言い放つ態度に、思わず吹き出す。


「電車止まった」

「え。そうなの?」


スマホで確認すると、本当だった。


(まじか……)


ホテルに泊まりなさいとは言えないし、いつ動くか分からない電車をここで待つように言うのも酷だわよね。


「しょうがない。行こう」




***




「お家の人にはちゃんと連絡した?」

「はい」


あんまりキョロキョロしないでくれる?


歳の離れた従業員とはいえ、一応、昴君は男の人だし、私は女性なのよ。


「風呂入っていい?」

「そうだね。冷えたよね。着替え出しとくからシャワーはこっちね」


案内して、私のスウェットを置いてきた。


小柄な昴君なら、私ので問題なく入ると思う。


それにしても……やっぱ変だよね。


問題になったりしないか不安だ。


時刻は19時。


電車はまだ動いてない。


家まで1時間以上……


泊まるのかな。


そわそわしながら、夕飯の準備に取り掛かる。


手を動かしていないと、変なことばかり考えてしまう。


「お先でした」


お風呂上がり……の……昴君……反則……


あどけない少年のような顔なのに、濡れた髪から色気が放たれている。


「お、お腹空いてる?簡単な炒め物になっちゃうんだけど、よかったら食べてって」

「はい」


必死で視線を引き剥がして、まな板に向かう。


困ったぞ。


緊張する。


「あの」


急に近くで声がして、ビックリした。


包丁を落とすかと思った。


「店長も風呂」

「あ。私はいいよ。後で入るから」


無言で手を握られ、包丁を奪われる。


「やっとく」


キッチンに立ち続ける方が、無理だと判断し、シャワーを浴びに行くことにした。




***




いい匂いがしている。


「昴君、料理もできるの?」

「はい」


謙遜しないこの子のこういうところ好き。


「ホイコウロー」

「すごいね。こんなパパっと作れちゃうんだね。私は塩コショウでいっかぁって思ってたから、感心感心」


なんか、じっと見られてる。


「店長、誰と住んでるの?」

「あ……」

「結婚してる?」

「してない」

「弟?」

「違う」


うわぁ……パグ顔全開……


そりゃそうだよね。ふしだらだって思うよね。


「彼氏いんの?」

「いたの。出て行ったの」


反応が怖くて、昴君の顔が見られない。


「食おう」


昴君がお皿によそってくれて、私はそれをテーブルに運んだ。


両手を合わせて「「いただきます」」をした。


「フラれたの?」


不意に聞かれ、「うん」と答えた。


「一人で住んでんの?」

「……引っ越そうと思ってる」


昴君は白米にキャベツとお肉を一旦乗せて、一気に口にかき込んだ。


「じじいのマンション住む?」

「へ?」

「借り手がつかないって言ってた」


お箸を置いて、スマホをトコトコと叩いている。


「そんなのお願いできないよ。彼氏にフラれて住むとこ探してますなんて、社長に言えるわけないし。なんかプライベートでお世話になるの恥ずかしいし……」


「いいって」

「は?」

「10万だけど」

「いや……だから……」

「ここよか店まで遠いけど、同じくらい広い」

「ちょっと……」


なんだかなぁ。強引なところあるよなぁ。


「あのさ、もう社長に言っちゃったの?」

「はい」

「私のことも?フラれたって?」

「まあ、そんな感じ」


頭がくらくらしてきた。


「家具付き」

「そうなの?」

「前の人が置いて行った」

「それで10万で貸してくださるの?ここと似たような広さで?」

「はい」


どんどんと食べ進めていて、昴君のお茶碗は空っぽだ。


「ご飯まだあるよ」


炊飯ジャーを指さす。


「いただきます」


立ち上がって自分でお替わりをよそってきた。


「それじゃ、お言葉に甘えてお借りしようかな。社長にご挨拶した方がいいよね?」

「いらないんじゃない?」

「そういうわけにはいかないよ」

「別に、どっちでもいいけど」


通勤には便利だけど、いつまでもここに居たくないし、ここにある家具・家電は全て弘春との思い出がある。


全部を買い換えるのは予算的にちょっと、って思ってたから、家具付きの物件は有難かった。


「じじい、呼ぶ?」

「まさか!私が伺います」


昴君が意地悪な顔をして笑っていた。


「あのねぇ、大人をからかわないでくれる?」

「そんなんじゃねえし」

「もう!その顔やめてってば」


一緒にケラケラと笑った。




***




結局、電車が通ったのは日付が変わる頃だったらしいけど、昴君は平然と弘春のベッドを使って泊っていった。


勝手にあたふたして、やましい事を考えていたのは私の方だったと赤面する。


「おはよ、店長」

「おはよう」


やっぱり夜も朝もこの子は早いんだな。


「朝食は何食べる?」

「いらない」


もう乾いた服に着替えていた。


「え?まさかもう行くの?」


5時だよ?


「店長はいいよ。店の鍵なら持ってるから」


そう言って、昴君は一人で玄関を出て行った。




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