6 尻尾の長い子猫
子猫の数が減るたびに、寺の静けさが少しずつ増していく。
縁側で陽を浴びる子猫たちの中に、まだ行き先の決まらない一匹がいる。
「いや、なにも言ってこねえ」
鏡之介は、即答する。
「そうですか……」
それでも、水絵が、まだ安心できない気持ちでいると、鏡之介はふっと遠くを見た。
「なにか言ってきても、俺はもう中津川には行かねえよ」
確かに、その通りなのだろう。中津川から帰ってきた日、鏡之介は、
『図面を引いてきた。後のことは知らねえ』
と、言っていた。それは本心だろうけれど、その前に、
『人死にが出るのを見過ごすことはできねえ』
とも言っていた。源内が、ただ「来てくれ」と言っただけなら、断るだろうが、「このままでは人が死ぬ」と言われたら、行ってしまうのではないか? そして、源内は、そんな鏡之介の気性を十分承知している気がする。
そんなことを考えている水絵の顔を、鏡之介は腰をかがめてのぞき込んだ。
「何を考えてる? 俺はそんなに信用がねえか?」
水絵は、ふるふると首を横に振った。
「鏡之介さんのこと、信じてないわけじゃありません。でも、源内先生、また来るって言っていたから……」
「ああ……」
鏡之介は、自分の頭を掻いた。
「俺は余計なことを言っちまったかな」
以前、寺子屋を訪れた時、寺子たちに「また来てね」と言われ、「おう」と源内は答えた。その時、鏡之介は、源内に
『できない約束は、しないでもらいたい』
と釘を刺したのだ。そして、源内は「また必ず来る」と言った。
「来てくれれば、寺子たちは大喜びでしょうけど……」
「タルモメイトルと一緒に、厄介ごとも持ち込みそうだ」
ため息とともに吐き出された言葉に、ふと違和感を覚えた。あの時、源内は「今度は、火浣布でも持ってきてやろうかね」と言った。
今なら、その意味が分かる。火浣布は、中津川のことを暗示していたのだろう。だから、鏡之介は苦い顔をした。だがその後に、鏡之介は言ったのだ。
『持ってくるのなら、タルモメイトルにしてください』
と。
「その、『たるもめいとる』ってなんですか?」
尋ねると、鏡之介はあからさまに「しまった」という顔をした。そして、水絵から目を逸らし、
「今度来たら、池か川に突き落としてやるといい。あの人は泳げないらしいから」
と言う。
「はあ? 眞性寺に池なんてありませんし、近くに川だってないでしょう?」
呆れて言うと、鏡之介ははははと声を上げて笑った。
水絵は、ごまかされたな……と思ったが、あえて、ごまかされてあげることにした。
それから、もうひと月ほど過ぎて――。
九匹いた子猫は、八匹までは飼い主が見つかり、すでに寺を去っていた。
残る一匹――一番小さくて、鳴き声も弱々しいクロは、どうしても引き取り手が見つからない。
引き取りたいと言って見に来た者も数人いたが、クロを見ると、「やはりやめとくよ」と言って帰ってしまう。
祐光師は、母猫と一緒に寺に引き取ってもいいと言ってはいたが……そのまま日は過ぎていた。
「なんで、こいつだけ引き取り手がいないんだろ」
手習いが終わった後、縁側でひなたぼっこをするクロを囲んで、寺子たちが顔をつきあわせている。
「ねえ、水絵姉ちゃん。ミケったら、ひどいんだよ? クロがおっぱいねだったのに、あげないで、追い払っちゃったの」
クロを撫でながら、るいが訴える。水絵も、そういう場面を何回か見ている。
「……たぶん、もうミケはおっぱいが出ないんじゃないかな? だから、あげられなくて」
「だからって、追い払うことはねえだろ。ミケは母ちゃんなのに」
新吉が唇をとがらせる。
「やっぱり、誰かが引き取ってあげた方がいいよね」
寺子たちを見回しながら言ったおきぬは、すでに一匹引き取っている。
「水絵姉ちゃんは、駄目なのか?」
新吉が訊いてくる。
「うちは、反物があるから。猫に引っかかれたり、毛が着いたりしたら、困るのよ」
「千代んとこも駄目だし……」
新吉の言葉に、るいが首をかしげる。
「千代ちゃんとこ、どうして駄目なの?」
「兄ちゃんが駄目って。蕎麦粉やうどん粉にいたずらされたら困るし、祖父ちゃんもいるからって」
その言葉に、今度は、新吉が首をかしげる。
「蕎麦粉やうどん粉ってのは聞いたけど、祖父ちゃんがいると駄目ってのはどうしてだ?」
「知らない。でもね……」
千代は、袂から紙を取り出した。
「これ、猫が飼えない代わりにって、兄ちゃんが描いてくれたの!」
千代が広げた反古紙の裏には、数匹の猫が描かれていた。どの猫も愛らしい動作で、コロコロとかわいらしい。
「わあ、かわいい!」
おふみが声を上げ、女の子たちはその絵の周りに集まった。――るいを除いて。
「水絵姉ちゃんも見て」
千代にせがまれ、絵に目を戻す。
「これ、花吉さんが描いたの? 上手ねぇ。花吉さん、料理だけじゃなくて、絵も得意なのね」
花吉は、もとは料理屋の花板だ。上方風の料理を出す店で、盛り付けも雅だと評判だったから、絵心があるのだろう。
絵に夢中の女の子たちに反して、男の子たちは飼い主捜しの話を続けている。
「礼次のとこは?」
ふられた礼次は、るいと顔を見合わせ、うつむきながら答える。
「うちは、もう三匹いるから、これ以上は無理だって」
「自分の家は駄目でも、客に声を掛けることくらい出来るだろ、礼次のうちは髪結床なんだから」
と言ったのは、辰吉だ。
「俺は一匹引き取ったし、親父の大工仲間にも声かけて、あと二匹、飼い主を見つけたぜ?」
得意そうに言う辰吉に、言いかえしたのは礼次ではなく、妹のるいだった。
「何よ。兄ちゃんに算法で負けたからって、負け惜しみ?」
「ああん? 算法と猫は関係ないだろ。そっちこそ、負け惜しみだろ」
「違うわよっ!」
今にも喧嘩になりそうな雰囲気に、止めに入ろうとした、その時、それまで、縁側の柱にもたれて寺子たちの話を聞いていた鏡之介が、クロをひょいっと抱き上げた。
「こいつに飼い主が現れないのは、この尻尾のせいだな」
クロは身体は小さいが、どの子猫より、長い尾を持っていた。
「尻尾の長い猫は、猫又になるって言うからな」
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