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それから、包帯を持ってきてくれた萌葉さんにキツくキツく腕を縛られ止血をする。
最初に引き裂かれた時よりもこっちの方が痛かった。本当は病院行くべきなんだけどね、と何度も小言を言われたがただただ平謝り。
その後、萌葉さんはエントランスの血痕やら、散乱しているコンビニ商品を片付けるということで、三〇分もせずに部屋を出て行ってしまった。
本当に頭が上がりません。何から何までありがとうございます。
そして、忘れないうちに今日の出来事をメールで久さんに報告。一分もせずに電話が掛かってきて事情を説明することに。
「――ちょうど今、指名手配をしている獣人がいるんだ」
秩序のルールを超えないギリギリの範囲で、違法行為を行っている獣人の三人組がいるという話は久さんの耳にも入っていたらしい。
今は直下の異世界人たちが、草の根を分けて探しているとのこと。
「治くん。我々も早急に事態の解決を図るが、絶対に無理だけはしないでくれ。君がサリィさんと一緒にいたいという覚悟は伝わった。それでも、事が落ち着くまではサリィさんをこちらで保護することも可能だからね」
その他、異世界人に関係する傷病の相談ができる病院のアテを紹介してもらい、念のためにも明日受診することを強く勧められる。
久さんは最後の最後まで俺の身を案じてくれた。
ただすみません、久さん。男に二言がない、が自分のポリシーなんですよ。
「治、痛くない……?」
「痛くないと言えば嘘になるな」
治療及び報告が済んで、今はサリィと事務所に二人きりだ。サリィはずっと泣きそうな顔で、ベッドで横になっている俺の看護をしてくれている。
「ごめんね、治」
「いや、サリィのせいじゃないだろ」
「ううん。あの人達、間違いなくファルマンの人だから。革命派が王族の生き残りを根絶やしにするため、こっちまで捜索に来たんだと思う」
「狙いはサリィってわけか」
王族の生き残りがいることは革命派にとって不都合なのだろう。
サリィの出身国の情勢は分からないが、国民の全てが革命派ということはないはずだ。王政派も確実に存在する。これまで甘い蜜を吸ってきた貴族や諸侯など。
そんな彼らにとって、サリィが生き残っていることは王政復活の希望になる。裏を返せば、革命派にとってはそれが邪魔でしかないのだろう。
「だから、お願い。治は危ないと思ったら、逃げてほしい……」
「大丈夫だって、実際に一人は倒せたし」
「だめっ! これは私の問題だからっ! それで治が死んじゃったら、私……もうどうすればいいか分からないよ!」
サリィは涙をこぼしながら必死に懇願してきた。
くそ、こいつを安心させられない自分が情けない。悔しい。
体格も良いし、運動神経も抜群だという自負はあるが、いざ獣人という格上の存在が本気を出してしまったら、手も足も出なかった。あぁ、俺は弱い。
「弱くて、ごめんな」
情けなくて涙が出てきそうだった。
大事なものを守れない自分の弱さが腹立たしい。クソ喰らえだ。
「違うよ、謝るのは私の方……! 治に迷惑かけるって分ってるけど、やっぱり私は治と離れたくないから……!」
サリィが小さい頭を俺の胸板に力強く押しつけてくる。胸の辺りにじわじわと熱と涙の温かさが伝わってきた。
「……俺も同じ気持ちだよ。弱いかもしれないけどさ、一緒にいるから」
横になったままの姿勢で、抱きついてきたサリィの頭をただ優しく撫でる。
「うん。でも、危ないと思ったら絶対逃げてよ……?」
「分かったよ。俺が危ないと判断したら、ちゃんとそれも考慮する」
サリィの要望は理解した。しかと胸に刻んでおこう。
「……ねぇ、なんか言い回しが怪しいんだけど?」
「いや、お前の言ったことを復唱しただけだぞ。『危ないこと』はしない。これで別に問題ないだろう?」
サリィは涙を引っ込めて、ジト目でこちらの発言について言及してきた。
しかし、嘘を言ってはいないので堂々と回答する。
「本当に? 約束だからね?」
「あぁ、約束する」
「じゃあ嘘ついたらどうする?」
「えーと、死ぬ?」
死んでお詫びする、って言葉が日本にはあるくらいだし。
「それだと、私が困るのよ!」
「どうすればいいんだよ、じゃあ」
本当にワガママなお姫様だ。俺の捧げられるものなんてこの命くらいしかないぞ。
無い袖は振れないからな。経営者とは名ばかりの貧乏人だし、俺。
「――――これからも、ずっと一緒にいてよ」
「またあれか、遠回しのプロポーズか?」
「バカっ!」
サリィは恥ずかしがって胸板の上でそっぽを向いた。
……勘弁してくれよ、まったく。おかげでこっちも顔が熱くて仕方ない。サリィが反対側に顔を向けてくれてマジ助かった。間違いなく俺の顔も赤いはずだから。
「でも、あれだな。嘘をついた時の罰として成立するのか、それ?」
「どういうこと?」
そっぽを向いたまま、サリィが疑問の言葉を発する。
「言われなくとも、そのつもりだったし。ま、お前が飽きるまでの話だけど」
「え……え、え? えええええ!?」
「ってことでおやすみ」
これ以上はサービスしてやらん。疲れたので寝ます。
胸の上に頭を乗せるサリィを退かして、くるっと横向きの姿勢になった。
「ちょ、ちょっと寝ないでよ! ここ私のベッドだし!」
「今日くらい場所を交換すればいいだろ」
照れ隠しというのも多少はあるが、眠いというのは本当だ。
出血の影響なのか、疲労感が凄まじい。ベッドから移動する気力はなかった。
「やだ! いつものベッドじゃないと寝れないし! だから、ここで寝る!!」
「はぁ!? ちょ、ちょっと待ってよ!?」
サリィのやつがとんでもないことを言い出した。
慌てて顔をサリィ側に向けて、しっかりと抗議をさせてもらう。
「べ、別に……問題ないでしょ?」
「問題しかないわ! そんなの俺が襲っても文句言えんぞ!」
「……治は、私を襲うの?」
俺を試すような、推し量るような、そんな目でまじまじと見つめてくる。
期待と不安、好奇心と猜疑心、そんなものが入り混じった複雑な視線だった。
「っ! お、襲わねーけどさ! あぁ、分かったよ! とにかく電気だけ消してくれ……寝相が悪くても、苦情は受け付けないからな!」
「治って意外と意気地無し……?」
サリィは安心したような、それでいてどこか不満そうな顔をする。
ったく、こっちの気も知らないで。本当に理不尽な女だ、こいつは。
「うっせ。ほら、早く電気」
ブツブツ文句を言いながらもサリィは部屋の電気を消してくれた。
そして、一歩ずつ一歩ずつ近づいてきて、おずおずとベッドの中に入ってくる。
「もう寝た……?」
「そんな脅威的な入眠スピードじゃないっての」
俺が使っているシーツの中に、サリィがするすると侵入してきた。背中にピタリと何かが触れる。じんわりと温かさが伝わってくる。
「おい、くっつくな!」
「だって、寒いし!」
それは一理ある。サリィが入って来てから布団の中が温かくなった。
仕方ない。湯たんぽだと思えばいいか。……にしては、柔らかいし良い匂いがするけど。駄目だ、それを考えたら眠れなくなる! 邪念を捨てろ、俺!
「ねぇ、治。日曜日の夜のことって覚えてる?」
「……なんだよ、急に。日曜って言うとあれか。美穂さんの猫探しをして、一希と三人で家系ラーメン食って、あのパーカー男に遭遇して、って日だよな」
「うん、その後にコンビニで買ったスイーツを三人で食べてね。で、さ。一希ちゃんが帰って、夜中にさ……。治、急に目を覚ましたよね?」
そんなこともあったな。つい最近の事なのに随分と昔のように感じる。あれが二日前というには今日まで色々とありすぎた。
まぁ、いいや。とりあえず、二日前の記憶をほじくり返してみる。
「ん? でも、あん時ってサリィは寝てたよな? なんか寝言でうなされてて――」
「それで、治は私の頭を撫でてくれたよね」
「え、何!? お前、あの時起きてたの!? それなら言えよ!」
まじかよ、おい。結構、恥ずかしいことを口走っていた気がするぞ。
「だって、起きちゃったら、治は撫でるの止めちゃうでしょ?」
サリィはいじらしいことを言って、こっちの庇護欲を掻き立ててくる。
「あーもう恥ずいな! と、とにかくだ! あん時のことは忘れろ!」
「……忘れるなんて無理よ。治が私のことを褒めてくれて、自分も天涯孤独だって話をしてくれて、あとは天才天才ってうるさくて、つい笑いそうになっちゃったもん。それでさ、最後には大丈夫だからって頭を撫でてくれてさ。私、嬉しかったんだよ?」
暗闇の中、背中越しでも分かってしまう。
サリィが可愛らしい笑顔を浮かべているであろうことが。
「そういうのは知らないフリするんだよ。お互い恥ずかしいだろうが、明日から」
「照れてる照れてる。……ね、治。こっち見てよ」
「んだよ」
もぞもぞと体の向きを変えると、すぐ近くにサリィの顔があった。おまけに暗順応のおかげではっきりと見える。純白で、可憐で、無垢な少女の愛おしい姿形が。
「また、頭撫でてよ。治に撫でられるの好きだから」
「一応、怪我人なんだけどな、俺」
なんて渋々応じるが、サリィの頭を撫でるのは楽しい。滑らかな髪と柔らかい耳。その両方を堪能できるのは、間違いなくこいつの頭くらいだ。
「治、さっきの言葉忘れないでね」
「どの言葉だよ」
暗闇の中、ただ互いに見つめ合う。秒針が進むことを拒絶している。
この瞬間は永遠。そんな錯覚に陥りそうになった。
「ずっと一緒にいてくれるってやつ――――約束だからね?」
「……知らね。いいから寝ろよ」
「約束だよ」
しばらくしてサリィの寝息が聞こえてくる。安心して眠るその様は『まるで天使みたい』という比喩ですら物足りない。こんな可愛らしい寝顔を他で拝むことなんて出来ない。
……覚悟が決まったよ。だって、約束は守らないと、な?




