6-2
「結局、パフェまで食うとは……」
「遠慮なく頼んでくれって言ったのは治じゃない!」
喫茶店を充分すぎるほど満喫し、俺たちは新宿駅から東中野駅まで電車で戻ってきた。
今は駅から事務所までの道すがら雑談をしながら歩いているところだ。
「お前はしばらく日本で暮らすんだ。『慎み』という言葉を覚えてもらおう」
「治には言われたくないわよ!」
「やめろ、それを言うな。言い返せないだろ」
言われてみれば、俺も慎みなんて概念を持ち合わせていなかった。
「ほんと都合いいんだからー。あ、そういえば……結局、今日はお酒を飲まなくてもいいの? 萌葉さんのとこ寄ってく?」
「あー、そういえばそうだな。だけど、酒を買うならコンビニだな。萌葉さんのところ高いから。ぼったくりよ、ぼったくり」
繰り返すが、あそこはバーではなく定食屋である。
「萌葉さんに連絡しちゃおうかなー」
「おい、やめろ! スマホを取り出すな!」
こいつにスマホを買い与えてしまったがために、いつでも萌葉さんとコミュニケーションが取れるようになってしまった。
下手なことを言えば、すぐに報告される図の完成だ。
「でも、そうだね。今日はもうお家でダラダラしたい気分かも」
「二人でイチャイチャしたいアピール?」
「違うわよ!」
ボコボコとサリィが肩を殴ってきた。相変わらず殴る時の効果音を間違えている。
そこは『ポカポカ』が適切だろ。普通に痛いです。
「んじゃ、とりあえずコンビニ行こうぜ」
「スイーツはいくらまでOK?」
「まだ食うの!? パフェ食っただろ!」
あのパフェ、結構量あったぞ。
しかもこいつ、「一口ちょうだい」って言っても分けてくれなかったし。そこまで食い意地を張っておいて、まだ食うというのか。
「治、甘いものは別腹って言葉知らないのー?」
「それは普通の飯を食った後でも甘いものは食えるってことで、甘いものを食った後にまた甘いものを食えるってのはまた別の話な!?」
そんなボケとツッコミが入れ替わる会話を繰り返しながら、最寄りのコンビニへと向かって歩いていく。
コンビニ店内にて、スイーツの上限額について争ったのはまた別の話だ。
「さて、あとちょいで我が家だ。……なんか、あれだな。久しぶりって感じがする」
「確かに、そうね。今日は色々あったもんね、本当に」
スイーツと酒でパンパンのコンビニ袋を引っ提げて、俺とサリィは事務所が入る雑居ビルのエントランスにいた。
事務所の郵便ポストに何かしらの書類が入っていないか確認をする。
「えー郵便はナシっと……。うし、じゃあ我が家に帰りますか」
「うん! 今日は疲れたから思いっきりダラダラしま――――っ! 治、危ない!」
サリィの叫び声で後ろを振り向くと、鋭い何かが顔先に向かって伸びてくる。咄嗟の判断で思い切り後方へと跳躍する。
「っぶね!」
鋭い残像が目に焼き付いたものの、なんとか回避に成功した。
慌てて状況を確認――――くそ、囲まれている……!?
今まさしく俺を何かで切りつけようとした男が一人、ビルの入口を塞ぐように立っている男が一人、エントランスと廊下の境目を陣取る男が一人。
その全員が一様に、パーカーにジーパンという見覚えのある格好をしていた。
「なんだよ、お前ら!」
間違いない。以前、サリィと出会った公園で遭遇した不審者だ。しかも、今日は仲間を二人も引き連れている。
どうやら、やる気満々みたいだな。
「#####」
「え……?」
男の一人が聞いたこともない言語で何かを呟く。何を言っているか全く分からない。
だが、それを聞いてサリィが驚愕の表情を浮かべる。それだけで充分だった。
こいつらが異世界人、もしくはその関係者であることを理解する。
――――ファーストの言葉を思い出す。
貴様にはもう『秩序』の概念が適応されない!! せいぜい覚悟しておくのだな!!
「いくらなんでも早すぎはしませんかね!」
「治! ダメ、逃げて!」
「ここで逃げたら、久さんに合わす顔がないっての!」
勝てるか、なんてことはどうでもいい。いかにサリィを傷つけないで逃すか、それだけを考えて行動をする。
ふぅー喧嘩なんて何年振りだよ、ったく。
とりあえず、見よう見まねでファイティングポーズをとる。
「さーて、話し合いをするってのも無理な話だよなぁ――なら、先手必勝!」
喧嘩ってのは、人数が多い方が基本有利だ。だから、まず一人を潰す。
そうすれば形の上では二対二。サリィを頭数に入れているのは情けないが、そうすれば一人が一人に対応するという図式を作ることができる。
「##!?」
ターゲットは入口を塞いでいる男。
一発で相手をノックアウトするには、顎か金的を狙うべきだと聞いたことがある。眉唾ではあったが、藁にも縋る思いってやつだ。
俺は迷うことなく顎を狙って拳を突き出す。
「オラァ! ちくしょう!」
「##っ……!」
男は慌てて飛び退こうとするが――――俺の腕のリーチが優った。
「よし、まずは一人目!」
殴られた男は脳震盪の影響か、起き上がれずにうずくまっている。
格闘漫画の知識を使い、腕のスナップを効かせながら踏み込んで殴る、みたいなことを実践しただけなのだが、思った以上に威力があった。
あれ、もしかして俺って強くね?
「――って、言ってる場合か! ほら、サリィ! 今のうちに逃げろ!」
「だめよ! 治一人じゃ絶対に勝てない! それに……っ! 治、前を見て!」
一人倒して快勝ムードだと思っていた。
だけど、サリィがなぜ再三に渡って逃げるように促してきたのか、それをようやく理解することになる。
「ぐあああああああああああああああ!!」
「治っ!」
視認できなかった。気が付いたら鋭いソレに左腕の肉を抉られていた。信じられないくらい飛び出る血。焼けるような痛みが脳に届く。
なぜだ、凶器を持った男とは距離を取っていたはずなのに。
ほんの一瞬で距離を縮めて攻撃を仕掛けてきた。無意識ではあったが、腕を楯替わりにしていなかったら前頭部への致命的な一撃となって、おそらく死んでいただろう。
「痛ってーなぁ! くそっ!」
「お願い、治逃げて! こっちの人間が、本気の獣人に勝てるわけがない!」
「獣人――くっ、そういうことかよ」
サリィの言葉を受けて、攻撃してきた男をよくよく観察する。そして気が付く。
男は何を使って、俺の腕を切り裂いたのか。ナイフ、いやそうじゃない。俺の腕には引っ掻かれたような四本の切り傷が痛々しく残っている。
そう、爪だ。それも人間のそれじゃない、猛獣が持つ鋭くて硬い爪。獲物を掻き殺すために備えられた超自然的、原始的な武器だ。
男の指からは、そんな物騒なものが当然のように伸びていた。
「分かったでしょ! 最初の一人は不意打ちで倒せたかもしれないけど、本気になったあの二人を止めるのは、獣人の私じゃないと無理だから!」
あの爪だけではなく、身体能力も半端ではない。弾丸のような速さで飛び掛かってくる有様は、人間……いや、ホモ・サピエンスという種を遥かに凌駕している。
人間は多くの自然動物よりも弱い。それは身体能力が圧倒的に劣っているから。そんな自明の事実が、人間の一人である俺に『敵わない』と赤信号を送ってくる。
「……けど、だからって逃げる理由にはならないよなぁ。たとえ死んでも、一人だけは絶対に離さないでおくからさ。その間にサリィはもう一人をなんとかしてくれよ」
そうすれば、サリィは一対一の勝負ができるわけだ。あそこまで豪語していたのだから、サリィだって並の人間よりは強いのだろう。
決死の覚悟で挑めば、一人くらい足止め出来る。
「だめよ! そんなことしたら治が!」
「大丈夫大丈夫。それに、あちらさんが素直に逃してくれるとも思わんし」
パーカー男二人は下卑た顔で笑う。
アドレナリンのおかげで、左腕の痛みはなんとか抑えられている。これならまだ戦えるはずだ。
絶対にサリィは守る。俺はそう誓ったのだから――――
「ちょっと、何してんのよ。アンタ達」
いよいよ獣人たちと交戦しようという矢先、聞き覚えのある声がした。
「#####!?」
あちらも驚きを隠せないようで、俺たちと距離を取って状況を確認している。
そこには、元ヤン・バーテンダー萌葉さんの姿があった
「ちょ、萌葉さん危ないっすよ!」
「そうですよ! 萌葉さんまで巻き込むわけには……!」
そんな俺とサリィの訴えに聞く耳も持たずに、萌葉さんは雑居ビルのエントランス内へとズカズカ踏み込んでくる。
「いいから。で……なんなのこいつら?」
「えー、ちょっと訳ありで……」
「またそれかい。まぁ、いい。――とにかく、親友の弟に怪我をさせたんだ。どこの誰だか知らないけど、きっちり落とし前をつけさせてもらうよ」
萌葉さんは腰を低く落とし、体を半身にして獣人二人と向き合う。
古武術の達人だとは聞き及んでいたが、こうして目の当たりにするとありあり分かる。
その立ち姿には一切の隙がない。巨大な仏像のような、圧倒的な存在感と重厚感が空気をピリッと厳かなものへと変化させていた。
しかし、相手は規格外の人外だ。さすがの萌葉さんでも手に負える相手では……。
「####!!」
獣人二人がこちらに向かって駆け出してくる。
情けない話だが、サリィや萌葉さんを気遣う余裕はない。まずは自分があの攻撃を躱すことができるか、それだけに集中することにした。
間違いなくこの三人の中では俺が一番弱いのだから。
「……え?」
だが、獣人二人がこちらに攻撃してくることはなかった。うち一人がうずくまっている仲間を俵担ぎの要領で抱えると、逃げるようにこの場から離れていく。
とりあえず、助かったのか……?
「治っ! 大丈夫!?」
それを確認して、涙目のサリィが駆け寄ってくる。
「一応な。見た目は派手だけど死にはしないだろ。唾つけとけば治る」
正直言えば超痛いけど、男の子なので痩せ我慢をします。
「で、警察とか救急車は呼んじゃっていいのかい?」
「あーすんません。どっちも大丈夫っす、ちょっと訳ありなんで」
戦闘モードが解除された萌葉さんは、心無しかいつもより優しい声音で、事後処理の必要性について確認を取ってくれた。
やっぱ萌葉さん強いな、肉体的にも精神的にも。この状況で眉ひとつ動かさずに淡々と話が出来ちゃうんだから。
「大丈夫ってアンタ……とりあえず止血しないと。サリィちゃん、治を家まで運んでもらってもいい? その間に救急箱持ってくるからさ」
「は、はい!」
「いいって、そんな大袈裟な。営業中だろ、今」
「――バカ言ってんじゃないよ! あたしがそんな薄情な女に見えるってのかい!?」
いつもの軽口のつもりが、萌葉さんにピシャリと怒られてしまう。
必要以上に心配させまいという腹積もりだったのだが、自分を案じてくれる人に失礼な態度だった、と慚悔の念に駆られる。
サリィも怒った顔をして俺のことを睨んでいた。
「……すみません。お願いできますか」
「任せな」
「治、立てる?」
女性陣二人の気遣いがとても有難く、そして温かった。




