6-1
サリィは案外すぐに見つかった。
エレベーター前で右往左往していたところを捕獲する。
「ほっといてよ……」
「とか言って、俺が来るの待ってたんだろ」
「うっさい!!」
この過剰反応、どうやら図星みたいだな。
「まぁ、いいから飯にしようぜ。お前も腹減ったろ?」
すでに時刻は夕方十八時。昼はコンビニのおにぎりで軽く済ませただけなので、腹ペコ・ガールのサリィにはそろそろ我慢の限界がきているはずだ。
「……うん」
そんな身も蓋もない予想通り、何だかんだサリィは素直に応じてくれた。
「よく行く喫茶店があるからさ、そこにしよう」
「喫茶店……?」
「うわ、改めて聞かれるとムズイな」
異世界人に喫茶店の概念を説明することに苦慮しながら、ビル明かりが皓々とする新宿の街を、二人並び歩いて目的地へと向かう。
損害保険会社の本社ビル、学校法人が所有する高層校舎ビル、新宿を代表するような特徴的な高層ビル群を視界に収めながら、新都心歩道橋下の交差点まで歩く。
そこから歩道橋を渡って、左手の路地を直進したところに目当ての喫茶店がある。
「うわー、美味しそうー!!」
入口のショーケースには、グラスやコーヒーカップの見本、定番洋食メニューや色鮮やかなパフェの食品サンプルが所狭しと並べられている。
「ちなみにそれは食べられないからな。ショーケースをぶっ壊したりするなよ?」
「そんなことしないわよ!」
食べ物の効果か、サリィが少しだけいつもの元気を取り戻した。ここまでの道中は時折思い詰めるような顔をしていたので、こうして普段の怒り顔を見ると安心する。
「んじゃ、階段気をつけろよ」
店は建物の二階に位置する。先導する形で階段を登っていく。
ここで「姫、お手をどうぞ」とかは絶対にやりません。サリィごときにそんなエスコートは不要です。
そのまま店内に入り、ウェイターさんに案内された席に腰を掛ける。
「いいんだよなぁ、このレトロ感」
「レトロ?」
この赤いソファー、天井中央に構えるステンドグラス、全体的に暖かい色の照明。
平成生まれの俺でも分かる圧倒的な昭和感。THE・純喫茶。といっても、実はこのお店は二号店でオープンしたのは去年二〇一九年と最近だ。
だから、あくまでレトロ風な内装であって、店内備品とか真新しく綺麗だった。
「何て言うのかな、いい意味で古いって感じか。洗礼され過ぎていないから、温かみがあるっていうかさ。なんか落ち着くんだよな」
「うん、それはちょっと分かるかも」
店内を見渡してサリィは感慨深く頷いた。
この感覚が僅かでも伝わったのなら、連れてきてよかったと思える。
「ま、これ以上はサリィの腹が限界だろ? 気になるメニュー選べよ。これからは久さんに仕事を斡旋してもらえるんだ。遠慮なく頼んでくれ」
「また食いしん坊扱いして!」
なんて言いつつ、サリィは目を輝かせながらメニュー表を覗いていた。
種類豊富なパフェ、定番のケーキ、喫茶店の食事らしいホットサンドやナポリタン、ドリンクメニューも非常に充実している。
悩むこと五分。ようやく注文が完了した。
俺はカレーのセット(ラーメンの次にカレーが好き)とアイスコーヒー。
サリィはオムライスのセットにアイスコーヒー。
何だかんだ店のイチオシメニューを注文してしまった。ウェイターさんに注文を伝えたので、あとは運ばれてくるの待つだけである。
『…………』
そこからは何とも言えない沈黙が二人の間を支配する。飲み物と付け合わせのサラダがテーブルに置かれてからも、俺たちの間で特に会話はなかった。
「なぁ……」
「ねぇ……」
そろそろ喋らないとな、というタイミングで二人同時に口を開く。
「お、治からどうぞ!」
「……先にそれを言われちまったら仕方ないか」
今はサリィから喋ってもらう方がいいのではと思ったが、本人がそれを望むのであれば俺から質問を投げさせてもらおう。
「あのさ、サリィ。その、なんだ。お前――――今日のパンツって何色?」
「えーと、水色……って何聞いてるのよ!?」
「いや、なんか気になってさ。いいね、水色。やっぱ青系の下着っていいよな」
女性経験を積めば積むほど、結局一番は「パンツなのでは?」と思うときがある。
あの女性の体にフィットした形、リボンやレースなどの愛らしい装飾、なによりも秘部を隠すことそれ自体が扇情的で情欲を煽る。
隠されているからこそ、それに性的な興奮を覚えてしまうのだ。
「その話を深掘りしないで! なんで治はこう不真面目なの……」
「それはもう生まれつき」
「なんで、何も聞かないのよ」
サリィが言っているのは、間違いなくさっきの話についてだろう。
「うーん、だって別に聞くことも無いしなー。サリィが王女でしたってのは理解したし。
だからって対応を変える気もないからな」
「そ、それはむしろ有難いけど……! 他に気になることはないの?」
「お前が過去の話をしたくないならそれでいいさ。その分、こっちの世界で楽しいことをしようぜ。――――もし、話したいって言うなら聞いてやるよ。だけど、それは自分の意志で決めるべきだ。俺に判断を委ねるな。サリィはどうしたいんだ?」
過去なんて事実の積み重ねでしかない。大事なのは今と少し先の未来だ。
今を楽しむために過去から逃げるのも一つの手段。
過去と向き合うことで後顧の憂いを断つというのも一つの手段。
選択に正解・不正解はないが、だからこそ自分自身で決めるべきだ。何をするにも、責任の所在は自分にあるべきだから。
「私は、知ってほしい。治にもっと私のことを」
「おうよ。じゃあ話してみ。俺もサリィのこと知りたいからさ」
サリィがそう決断したのならそれを尊重しよう。
過去を共有しても良い相手、そう思われていることに優越感を覚えつつ。
「うん、分かった……。まずは何て言えばいいのかな。私の出身国はファルマン王国といって……こっちの言葉だと、君主制の国家って言えば伝わるのかな?」
「あぁ、日本も広義の意味では君主制国家だしな。ただ、サリィのニュアンス的にはファルマンって国は絶対君主制なのかね」
一応、日本は立憲君主制に分類される。あとは君主にどれだけの権力を持たせるかで、また細かく分類することができるが、ここでは割愛をさせてもらう。
対して、絶対君主制は『君主=国家権力』の状態だな。『朕は国家なり』とか有名なセリフがある。まぁ、その辺は政治経済を学んでくださいな。
「そうね。実際は貴族や諸侯が政治の多くを担っていたけど、王族にはかなり強い権力が与えられていたわ」
「なるほど、な。その、もし違ったら言ってくれ。――――革命か?」
「……それは察しが良すぎるよ、治」
異世界人だろうが何だろうが、結局人間の歴史には大差がないということだ。
国家が発展し市民層(商人とか)の力が増すと、遅かれ早かれ絶対君主制というのは終焉を迎える。一八世紀のヨーロッパのように。いわゆる市民革命ってやつだ。
「辛いことを聞くが、お前の家族はどうなった?」
そして、革命後の政治形態は国によって様々だが、革命後の王族というのは得てして同じような末路を辿るのが常だ。
自分が信じる正義のためなら、人間はどこまでも残酷になれる。
「全員死んだ。いえ、殺されてしまったわ。父も義母も兄も妹も弟も。親戚筋の中には亡命できた者もいたみたいだけど、その後の生死までは分からない」
「……そうか」
予想はしていたが、こんな風に突き付けられると何も言えなくなる。
俺たちが何気なく生きているこの世界は、各々の正義がぶつかり合って大量に血が流れた末にたどり着いた尊いものだ。そんな幸福な現在を生きる人間から、その途上の世界を生きていたサリィに掛ける言葉なんてあるわけがない。
「私だけ、この世界に転移する形で逃げることができたの。そこからは、治が知っての通りよ。……その、いきなりこんな重たい話をしてごめんなさい」
「いや、謝ることじゃないさ。けど、安易に辛かったな……とかは言えないし、言っちゃいけないと思っている。その苦しみはお前だけのものだから」
今現在を生きる俺たちに過去を変えることはできない。過去は過去でしかない。結果という意味だけが残り続ける。
「……うん」
「だから、俺にできるのは今からの話だ。お前がこっちの世界でサリィとして生きていくのか、それともサリィ・ファルマンとして元の世界に帰るのか。そのどっちを選んでも、俺はお前に付いてってやるよ。過去はどうしようもない。けど、これからの事は、俺の天才的頭脳でズバズバ解決してやるからさ」
過去に同情するより、今を笑えるようにしたい。ちょっと先の未来が、幸せなものになるように手助けをしたい。
結局、俺がやることは変わらないのだ。
「……どっちにしろ、治は私に付いてくるのね」
「嬉しいだろ?」
「うん……っ! すごく、嬉しいっ……!」
サリィは目に涙を溜めながら笑っていた。今この瞬間、俺がサリィにできることは、その涙を拭ってやることくらいだ。人差し指をサリィの瞼にあてがう。
「んじゃ、方針は何も変わらずだな」
「う、うん! その、ありがとね……治」
涙目ながらも必死に笑おうとするその姿が、痛ましくもあり、同時に愛おしくもあった。
そんなサリィの顔を直視できない。
「違う違う。お姫様を利用して稼ごうってだけだから」
だから、俺はいつものような軽口でお茶をに濁す。
こうやって真面目になりきれないのが、自他共に認める欠点ですな。
「嘘つき」
サリィは苦笑と微笑の中間くらいの笑みを浮かべていた。




