5-3
「ふー、高級な味がしたぞ」
萌葉さんのチョイスはフルーツタルト。
サクッとした生地と絶妙な甘さの生クリーム、それらを包み込むような色取り取りのフルーツたち、旬でもない苺がふんだんに使われているのがこれまた憎い。
うん、美味いんだけどな?
超美味いんだけど、後から請求される金額が不安で仕方なくなる味だった。
「美味しかったね……」
こんな美味いケーキを食べた後なのに、サリィは浮かない顔をしている。
やらかしてしまった。ケーキを食べてから話を切り出すべきだったよな。
こいつの笑った顔が見たかったのだが、完全に裏目に出てしまった。
「なんて顔してんだよ。いつもの腑抜け顔はどうした」
「そんな顔したことないし!」
笑った顔が無理なら怒った顔を堪能しよう。いつものようにサリィを揶揄う。
それから一息ついて、甘ったるい口内をコーヒーの苦味で洗い流す。
子供の頃はケーキがメインだったのに、今やケーキを食べた後のブラックコーヒーがメインなまであるな。
――――そう、いつまでも子供みたいに駄々をこねてはいられない。
「じゃあ、まぁ、本題に入りますか。気になってケーキも楽しめなかったみたいだし」
「そ、そうよ! 治が変なこと言うから、せっかくのケーキが!」
「それに関しては本当にすまん。そんな身構える話でもないんだけどさ。今日、お前みたいな異世界人のサポートをしてるって人に会ってな」
今日の出来事を懇切丁寧にサリィへと説明する。
松郷さんのこと、他の異世界人のこと、そして……これからのこと。
「――って感じで、コミュニティ作って集まってるらしいんだよ。んでさ、サリィ。お前もそっちの方に行く気はあるか?」
サリィは黙って俺の話を聞いていた。表情は、喜怒哀楽のない無表情と表するべきだろうか。何を思ったのか、考えたのかは、サリィが口を開くまでは分からない。
「治は、さ。私のことが、邪魔なの?」
話を聞き終えて、最初にサリィが浮かべたのは悲しみの表情だった。
「いや、そういうわけではなく! お前も同じような境遇のやつと一緒にいた方が、何かと都合いいんじゃないかと思って」
むしろ、俺の本意はそうではない。俺はお前と――――
「……それはもう決定事項なの?」
「いや、一旦考えるとしか言ってない」
「そうなんだ……」
俺の答えを聞いて、サリィは押し黙ってしまう。気まずい沈黙が空間を支配する。
「治は、どうしたらいいと思う?」
最初に沈黙を破ったのはサリィの方だった。
発せられたのは、質問に質問で返すような主導権をこちらに移すような問い。
「……お前の幸せを考えるなら、同郷のやつと一緒にいた方がいいんじゃないか?」
本音は違う。
だけど、俺のエゴを優先してサリィの幸せが遠ざかるようなことはしてはいけない。
それだけは駄目だ、絶対に。
「いやだ……よ……。私は、治と一緒がいいっ……!!」
「っ!?」
そんな俺の言葉を受けて、サリィは大粒の涙をポロポロと零す。それは濁流のように止め処なく流れて、陶器のような頬を濡らしていく。
そうじゃない、俺はこいつのそんな顔が見たかったんじゃない。
サリィには笑ってほしくて。ただ、それだけで。
だけど、俺と一緒にいてお前が幸せになる保証なんてないから。俺の答えなんて一つしかないのに、相反する気持ちがそれを言わせまいとする。
「む、向こうに行けば、もっと美味いもん食えるかも?」
――――所詮、零細企業の社長だし、俺。
「治と一緒がいいっ……!」
「こんな狭い部屋とおさらばできるんだぜ」
――――二人で一◯帖のワンルームって狭すぎだろ。
「治と一緒じゃなきゃ嫌だよっ……!」
「俺みたいなクズより、もっと優しい人たちが――――」
「治がいいのっ! 治とじゃなきゃ嫌だ!」
「――ッ……!! 俺も、お前と一緒にいたい!!」
気が付いたらサリィのことを抱きしめていた。
ここにサリィの幸せがあるって言うなら、いくらでも抱きしめてやる。
金もない、家も狭い、おまけに根っからのクズ、そんな俺が提供できるものなんてそれくらいしかないから。
やっぱり、俺はこいつが泣いているところなんて見たくない。
「わ、私ぃ……ほんとに……ここに、いてもいいのぉ……?」
サリィは涙ながらに、さっきの言葉に偽りがないのかを問うてきた。
だから、改めて自分の気持ちを言葉にする。
「もちろんだ、俺もサリィと一緒にいたい。というか、悪い。これをもっと早く言うべきだった。――――最初からずっと、お前に残って欲しかった」
初めて出会った特別な存在だから、どんな風に接すればいいか分からない。自分の気持ちを言葉にするのが怖くて、サリィからの決定的な言葉を待ってしまった。
その臆病さが、いたずらにサリィを傷つけた。
「う、うんっ! 私、どこにも行かないよ!」
「ありがとう。……俺もサリィと一緒にいたかったから嬉しいよ」
これが紛うことなき俺の本音だ。
こいつにはそばにいて欲しい。俺のそばで笑っていて欲しい。
「〜〜〜っ!! な、な、なんか治が素直すぎて気持ち悪い!! て、て、てか! ど、ど、どさくさに紛れて抱きついてこないでよ!」
失礼なセリフと共にサリィは俺を突き飛ばす。
その顔は何かしらの病なんじゃないかと思うくらい真っ赤だった。
「いてて……、お前がピーピー泣いてるから慰めてやったんだろうが」
「べ、別に泣いてないし!」
「そりゃ無理があんだろ。やっぱ、お前には松郷さんのとこに……おいおい、冗談だって! 言ってる側から泣きそうになってるじゃんかよ!」
軽口はまだちょっと早かったみたい。
一回決壊してしまったダムはそう簡単には修復しないみたいだ。
「ぐすん……。お、治がなんと言おうともぉ! 私、出ていく気ないからぁ!」
「分かった分かった、悪かったって! あ、そういえばそうだ。お前に渡したいものがあったんだよ。これで機嫌直してくれ」
「……渡したいものぉ?」
シリアスパートのせいで完全に忘れていた。
俺は立ち上がって、事務所の机の上に置いた紙袋を回収する。
「ほらよ」
「え、何これ……?」
紙袋を手渡すとサリィはキョトンとした顔をする。
「中身はスマホ。今朝、連絡手段がなくて困るみたいな話になっただろ。これがあれば、今日みたいに遅くなる時は連絡できるから」
松郷さんとのアポ前に携帯キャリアショップで契約を済ませてきた。
俺と同じ機種のスマートフォン。アカウントの新規作成は面倒だったので、ひとまず俺のアカウント情報でログインしている。
「これがあれば、いつでも治と繋がれるってこと?」
「なんかエロいな。その言い方」
「うっさい、バカ!」
そうそう、これでいい。いつまでも湿っぽいのは疲れる。サリィは怒って殴りかかってくるくらいが、ちょうどいいのだ。
まぁ、痛いのは極力やめて欲しいんだけどね。
「いや、だから天才だって。……ってことで、なんかあればこれで連絡してくれ。使い方は後で説明っすからさ」
「うん、分かった。その、ありがと、治」
サリィはこちらに顔を向けないで、気恥ずかしそうにしていた。
とりあえず尻尾は嬉しそうに揺れ動いているので、喜んでもらっていると解釈する。
「どういたしまして。それと、あれだな。せっかくのケーキが楽しめなかったみたいだし、お詫びも兼ねて甘いもんでも買いに行くか? もちろん、コンビニだけど」
「行くっ!」
サリィは満点の笑みで応じる。目元はまだ赤いけど、屈託のない笑顔だった。
「いや、スマホより嬉しそうにすんなよ……」
費用対効果としては最悪だな、おい。
けど、まぁ、あれだ。
しばらく、この笑顔を独占できるのは役得ってやつだな。




