5-1
「それで? 週初めにいきなり呼び出してどうした」
「悪いな、急に」
一人で悩んでいても答えがでなさそうだったので、颯太と飲みながら話を聞いてもらおう、そういう結論に至った。月曜の夜に突然呼び出したことに対して小言を言っているが、なんだかんだ顔を出してくれるのは有難い。
「つか、なんだよ。その殊勝な態度は。気持ち悪いな」
「忙しい中で時間を作ってくれた友人に、謙虚な気持ちで応じるのは常識だろ?」
「その常識がなってなかったのが、今までの治だろうが! え、なに、マジで怖いんだけど、金貸してくれとか? だとしたらさすがに限度額はあるからな?」
「俺が礼儀正しい=金の問題って不名誉な勘違いやめてくんない? いや、相変わらず金はないけどさ」
というか、あれだけ金は貸さないって言っていたのに、な。
いざとなったら貸してくれるってなんだよ。マジでお人好しだな。こんなお人好しと仲悪くなるのは損だから、こいつからは頼まれても一生金なんて借りてやんない。
「じゃあ、なんだよ。国家規模の陰謀に巻き込まれたとか、か?」
「そう、そんな感じ」
「はは、さすがにそれは――ってマジかよ、おい!?」
「ナイスノリツッコミ」
どうやら冗談半分で言っていたみたいだ。
最初は「察しいいな、颯太」なんて思ったのに。所詮、颯太は颯太か。
「え、いつもの冗談とかではなく?」
「詳細は言えないけどそんな感じ。これ以上は颯太の命に関わるからな」
「おいおい!? そんなやばい案件に巻き込むなよ!」
「部活帰りにジュース奢ってやっただろ?」
「いつの話してるんだよ!? そんなの等価にはならんから! しかもそれ言い出したら、俺がお前の会計を立て替えて、結局奢りみたいになってることの方が多いからな!?」
おっと、藪を突いたら蛇が出てしまった。
い、いやね? いつか返そうと思っていたんですよ?
「まぁ、よもやま話ってことで聞き流してくれよ。相談したいことはその陰謀そのものってよりは、それに付随する極めて人間的な悩みについてだからさ」
「それなら構わないけど、マジで切羽詰まってるんだな。治が誰にか相談するとか、初めてのレベルじゃないか。いつも勝手に結論出して、勝手に行動してるのにさ」
颯太の言う通り、俺は問いに対して答えを出すことが得意だった。
合理的に考えれば、多くの問題というのは非常にシンプル。皆、難しく考えすぎなのだ。
だが、今回の件は特殊だった。
……なぜなら、答えはすでに与えられているのだから。
「そうなんだけどさ。今回はなんて言うの? 相手の幸せを考えれば、答えは一つしかないんだよ。それなら『じゃあ、それでいいじゃん』ってのがいつもの俺なんだけど、なんかモヤモヤするっていうか、納得がいかない感じがするんだよな」
今の気持ちをシンプルに言語化した。これ以外に表現しようがない。
「なんじゃそれ。なに、結局は女の話?」
「すまん、童貞には酷だったか」
「ぶん殴るぞ、コラ」
颯太は古い付き合いだけあって、俺の思考回路を理解しすぎている。
こんな抽象的な話だったのに、わりと簡単に本質を見抜かれたのが腹立った。相談してもらっている立場で意趣返しをして申し訳ないとは思う。絶対に謝らないけど。
「……察しの通り、女の話ではある。けどなんというか、今回のはわりと保護者目線?
娘が嫁入りする前の父親みたいな感じつーの?」
「――驚いた。治もそんなことで悩んだりするんだな」
「なにその不愉快な反応」
颯太は目を丸くして驚いている。変なことを言ったつもりはないのだが。
「もしかして、治ってさ。自分が合理的な人間だと思ってる?」
「そりゃー、もちろん」
何を当然のことを。俺は自他ともに認める合理人間だ。
「こわっ、その思い込み! 俺は治ほど感情的な人間知らねーよ!」
「……そんなことはないと思うがな」
色々と反論したいことがある。この俺が感情的な人間のわけがない。俺の全ての行動にはきちんと理由がある。
だからこそ、ここは感情的にならずに相手の言い分を聞こうじゃないか。
「いやな、治は頭が回るから思考してるってことは分かるんだよ。だけど頭が良い分、あらゆる行動に理由を与えられてしまう、って言えばいいのか。普通の人間が理屈で考えてから行動するところを、感情で行動したことに後から理由付けするっていう感じか」
颯太が自身の言い分について話し始める。既にちょっと耳が痛い内容だ。
「アプローチが全く逆なんだよ。お前は合理的ってよりは、屁理屈で後から正当化・理論武装しているだけ。そりゃ、結果だけ見れば一本の筋が通ってるんだろうけどさ。その理屈を導き出すに至った経緯は、わりと感情的なことがきっかけだった覚えはないか?」
「……なるほど」
ぐうの音も出ないとはこのことか。心当たりはいくらでもあった。
高校を選んだ理由、野球を辞めた理由、大学を中退した理由、探偵事務所を設立した理由、サリィを助けた理由、その全てが結論ありきだった。
突発的に思ったことや感じたことをすぐさま実行していたと思う。
行動するタイミングと理由を考えつくタイミングにラグがなかったから、自分の中で考えてから行動したと勝手に変換してしまっていた節がある。
「自覚してくれ、治は感情ベースで動く人間だから。それを正当化するのが上手いだけ。別にそれが悪いとか言わないけどな。ぶっちゃけもう慣れたし」
「めっちゃ腑に落ちた。颯太って俺より俺に詳しいな。さすが、俺のファン」
「今はお前を言い包められて気分がいいから、そんな戯言も笑って許して――いたっ!」
ムカついたので机の下で足を蹴った。
ちくしょう、完敗だ。さすがは親友と言ったところか。
「――――で、そんな類まれなる考察力をお持ちの颯太先生は、今回の件はどのように考えればとお思いですかー?」
半ば拗ねるような態度でアドバイスを乞うことにする。
「なんだよもう……。で、なんだっけ? あー今回の件に関してか。今回はあれだろ。
なんでいつもみたいに屁理屈言わねーの? ってとこじゃないの。治はその子のことを手放したくないんだろ? だったら、その結論に合わせて理屈っぽいものを考えるだろ、いつもならさ。俺なんかに相談するまでもなく」
そうか、いつもの俺なら自分本位な結論を出しているわけか。自分が気に入らないと思った時点で相手の理屈すら捻じ曲げてしまう。だけど、今回の俺は気に入らないと思っているのに、松郷さんの理屈に納得してしまっているから変な話になっているのか。
けど、それだと――――
「でもそれって、俺のことしか考えてないだろ? あいつの幸せとか全く考えてないというか。すげー、自分勝手じゃん」
「おい、今更そんな当たり前のことに気が付くな。今までお前がやってきたのってそういうことだぞ」
俺の幸せ=みんなの幸せ。
そんな理論でこれまで生きてきたから、相手の事情を一切考慮せずに行動が出来ていたんだな。二十三歳にしてようやく気が付く。
「なんか、今まで颯太には色々と迷惑かけたな」
「おいやめろ!? お前死ぬのか!? こえーよ、急に変わられても困るから! てか、面倒くさいのは、その独善的な部分に救われてるやつも結構多いとこなんだよ……」
颯太は顔を赤くして恥ずかしいことを言っていた。
あー、やだやだ。男にこんな風に思われたって一銭の徳にもならん。ただ、なんて言うの? 嬉しいちゃ、嬉しいかな――ってなんかサリィみたいだな、俺。
「颯太が俺のことが大好きなのは分かったけど、結局どうすればいいんだ?」
「あーもう! ほんとうぜーなー!! 今のお前も、昔のお前も、相手の幸せを勝手に定義しすぎなんだよ! ただ直接、相手がどう思っているのかを聞けよ!」
「そ、それだ! そして、なんてシンプルな結論なんだ……」
こんな単純なことに気が付かなかった自分が恥ずかしい。
そうだよ、どうしたいのかをサリィ自身に聞けばいいじゃないか。それでサリィが望む通りにすればいい。ただ、それだけだ。
「ま、治がその子にお熱ってことは理解したよ」
「……うるせー、童貞」
我ながら、抗議の声に覇気がなかった。




