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「まずは改めて自己紹介をさせてもらうね。松郷久、民労党所属の参議院議員です。こっちは妻の松郷セフィレム。この日本語学校の校長をしてもらっている。今日は急遽、呼び出してしまって申し訳ない」
「……ご存知かと思いますが、野老澤治です。一応、事業を営んでおりまして、探偵の真似事をしています。気を使えない方なので、失礼があったらすみません」
お互いに一通りのことは把握していると思うが、まぁ形式美ってやつですわ。
「野老澤くん、よろしく。二十代で起業なんてすごいよね。大学の後輩が社会で活躍しているのはOBとしては鼻が高いよ」
ほら、な。色々と調べがついているみたいだ。
「いえ、自分は中退なので。それに松郷さんほどじゃないっすよ」
「あはは……そうだね。こういう回りくどいのはやめようか。腹の探り合いは野老澤くんの望むところではなさそうだしね」
「えぇ、助かります」
話が早くて有難いな。頭がいい人間との会話はストレスがなくていい。
「まずは要件を話す前に野老澤くんの疑問を解消しよう。答えられることなら何でも答えさせてもらうよ。私の要件を伝える上でそれが一番の近道だと思うからね」
こう言ってもらえているし、根掘り葉掘り聞かせてもらうか。
「ありがとうございます。まずはそうですね……さっきのロリコン発言は謝罪しますが、奥さんどう見ても若すぎますよね? 何か特殊な事情でもあるんですか?」
遠慮なく気になったことを質問する。
そんな風に俺が疑問を口にしたタイミングで、「失礼しマス」と受付のお姉さんがお茶とお茶請けを持って戻ってきた。
「あ、シオンさんありがとう。ちょうどいいね。百聞は一見にしかずということで、セフィ、ここだけ『認識阻害』を解除してもらえる?」
「認識阻害……?」
松郷氏が聞き慣れない単語を口にする。
解除という言い方をしているので、今現在がその『認識阻害』が適応されている状態なんだろうけど、体感的に違和感はない。
「分かった、久。――――解」
金髪碧眼の少女……いや、もうセフィレムさんでいいや。
セフィレムさんは先程のように小さな声で何かを呟く。
何これ、まじないとかその類?
「ってあれ? 特に変化がないような」
「こいつ、鈍臭い」
セフィレムさんはやれやれと嘆息していた。
こ、こいつ! サリィと肩を並べる傲慢女だな、おい。サリィのおかげでこういう手合いには慣れたと思っていたが、ウザいものはウザい。
「こら、セフィ。そりゃあセフィの変化は分かりづらいよ。野老澤くん、ごめんね」
松郷氏が謝罪してくれたので少しは溜飲が下がる。
しかし、松郷氏の発言的に――――
「何かしら変化はしている、ってことですよね」
「うん、認識阻害は解除されているよ。たぶん、振り返ってシオンさんを見てもらうのが、一番分かりやすいと思うよ」
「えーと、じゃあ――――へ?」
振り返ると、悪魔がいた。いや、比喩とかではなくマジで。
本来なら背後にいるのはシオンさん、受付のおっぱいが大きいお姉さんのはずだ。
だがそこにいたのは、頭から山羊のツノ、背中から黒い翼、臀部から黒い尻尾を生やした、フィクション作品とかに出てくるような悪魔だった。
ただよく見ると、顔立ちはさっきのお姉さんの面影があるような気もする。服装もお姉さんが着ていたスーツと全く同じだし。
「シオンさんはね、サキュバスなんだよ」
「さ、サキュバス?」
なんか聞いたことあるぞ、エッチなやつだ!
「まぁ、悪魔の一種だね。詳しい説明は、私の口からは勘弁してくれ。これでも妻帯者なんでね。気になったら調べてくれると助かるよ」
「それはいいんですけど……あー、何となく話が読めてきました。さっきの認識阻害ってやつで、本当の姿を隠していたってことですかね?」
松郷氏の言葉を整理すると、姿が変化したというよりはこちらが本来の姿なんだろう。
これでようやく確信することができた。やはり、松郷氏はサリィのような異形な存在と関わりがある人間ってことだ。
「理解が早くて助かるよ、いや、早すぎるくらいだ。まぁ、君の事情を考えればそれも当然か。ちなみに妻のセフィレムも異世界人でね。耳に注目してもらえると分りやすいかな」
「耳……あ、そういうことですか」
セフィレムさんの外見はほとんど変化がなかったが、ただ一点耳だけ普通の人間のそれから、長くて尖った特徴的なものに変化していた。
これに気が付かなかったから、鈍臭いと評されてしまったわけか。
「だから、さっきの野老澤くんの質問に答えると、妻が幼く見えるのはエルフの特性上仕方がないんだ。これでも彼女、もう二九○歳を超えているんだよ」
マジかよ、ババアじゃん。いや、決して口にはしないけどね。セフィレムさんが「そこ触れたら絶対に殺すから」という視線を向けてくるので。
どうやら、わりと気にしているみたいだ。
「な、なるほど……。じゃあ、さっき壁まで吹き飛ばされたのも、その認識阻害ってのも、異世界人特有の能力によるものなんですかね?」
「そうそう、いわゆる魔法ってやつだね」
「うわ、めっちゃファンタジー」
小さい頃とか、もし魔法を使えたらとか妄想したよな。大人になるにつれてそんなことは考えなくなったけど、まさか実在していたとは。過去の自分に教えてやりたい。
「これで、私がどういう人間か理解してもらえたかな?」
「――――もし、違ったら言ってください。松郷さん……というか、日本の政治家は異世界人という存在を認知している。松郷さんは表向き外国人支援をしている政治家だけど、その実態はこっちにいる異世界人の支援をしている人間ってところですかね」
セフィレムさんやシオンさんの存在が示すのは、日本にはサリィ以外の異世界人が普通に暮らしていること。
そして、彼女たちにはこの日本語学校のような働き口が用意されていること。
こんなことを一人の政治家だけで対応しているとは考えづらい。異世界人に向けた何らかの支援策が国家規模で行われていると考えるのが自然だ。
「概ね、正解かな。強いていうなら、政治家以外にも官僚トップやマスコミの重役などもこの事実を把握しているし、日本だけではなく世界規模で異世界人は認識されている」
「マジで陰謀論レベルの話っすね」
想像以上にデカい話だった。まさか世界規模にまでなるとは、な。
昔から世界の秘密をごくわずか少数が握っているみたいな陰謀論はあるけど、こういう話を聞いてしまうとまるっきりの嘘ってわけでもなさそうだ。
「そうだね。異世界人と人類史は密接に関わっていてね。天使や悪魔、妖怪や怪物、亜人種など空想上の存在は、こちらに迷い込んだ異世界人が元になっていたりするんだ」
「民間伝承や物語の題材になっているような異形は、人々の見間違い、迷信や妄想なんかではなくて実在していたと。宗教とか民俗学とか色々ひっくり返りそうっすね」
これが世間に公表されたら、これまでの常識が根底から覆される可能性がある。
「だから、この話はトップシークレットなんだ。日常に異世界人が潜んでいること、例えばこの日本語学校に通う生徒、講師、はたまた事務員、その全員が異世界人であることなんて、知ることもなく多くの人は一生を終える」
「ははは、そんな重大なこと知っちゃって……今から俺は消されるんすかね?」
秘密を知ってしまった一般人の末路は相場が決まっている。
俺を消すこと、それが松郷氏の目的である可能性はゼロではない。その場合は、正直もうどうしようもない。いくら天才でも国家相手には勝つのは、な。
「いやいや、それは心配しないで! 一般人が異世界人と遭遇するケースって結構あるんだよ。それがニュースにならないのは、マスコミやSNSの運営会社がそういった情報を統制しているからなんだ。それに、こんな話簡単に信じられないでしょ、普通は」
「頭がおかしいって思われるのが関の山か。じゃあ、松郷さんの要件ってのはサリィ――俺が匿っている異世界人の処遇についてですかね?」
遠回りをしてしまったが、松郷氏がサリィの件で接触してきたのは間違いない。
ここまでの話を聞いて、松郷氏……いや、松郷さんが悪い人ではないと理解できた。
こちらに迷い込んでしまった異世界人を支援するプロフェッショナル。サリィに害を与える存在ではなく、むしろ有益な存在だ。
「うん、その通りだよ。野老澤くん、どうだろうか。君のところにいる獣人の子を、私のところで預からせてもらえないかな?」
やっぱり、そういう話になるよな。
「あくまでお願いベースなんですね。強制ではないんですか?」
「君のところの子は限りなく人間に近い見た目をしているし、それに日本語も喋れるってことだからね。多少の制約はあるけど、自由に暮らすことも可能ではあるよ」
「なら、今のままでも問題はないってことですかね?」
異世界人と一般人は一緒に暮らすことができない、そういう話だと思っていた。
「一応ね。だけど、心配してるのは……野老澤くん、君の方なんだ」
「……俺っすか」
「うん、異世界人には色々な事情がある。元の世界でのゴタゴタを抱えてこっちに来る人だっているんだよ。そんな彼らの世界での問題に対して基本我々は干渉しない。そういう不文律のようなものが存在していてね。その代わり、彼らもこちらの世界に危害を加えられないようになっている。だけど、君がそのまま異世界人と関わり続けることで、君はそちら側の事情に関わる人間として見做されてしまう」
ふと、昨日遭遇した不審者のことを思い出した。
あの時は考えないようにしていたが、例の不審者は俺や一希ではなく、サリィのことを凝視していたように思う。
「別に、そんなこと俺は気にしないっすけど」
「君のそれは、君が保護している彼女のことを考えての発言かい?」
「…………」
松郷さんの指摘は的確だ。俺は自分の視点でしか考えていなかった。
そうだよな。サリィのことを考えるなら、このまま俺と一緒に居続けるのは――
「君に見聞きしてもらった通り、我々には異世界人をサポートする環境も、そしてそれを実行し続けた実績もある。彼女と同じ獣人のスタッフもいるから、肉体・精神あらゆる面でのケアも可能だよ。決して悪いようにはしない」
そこまで言われてしまったら、もう答えは決まっているじゃないか。どう考えても、松郷さんの所に行った方がサリィの生活は向上する。それに俺とサリィが一緒に暮らすようになったのは、最初に出会ったのが俺だったという理由でしかないし。
松郷さんが現れた以上、俺とサリィが一緒に暮らす必然性はない。
「少しだけ、考える時間を頂けませんか」
――――頭ではそう理解していたのに、口から出たのはそんな言葉だった。
俺は理屈屋だ。周囲からは突拍子もない言動に思われることが多いけど、俺の中ではきちんと理屈があって事を成してきた。俺は合理性を愛している。
だからこそ、松郷さんの提案が合理的であることを認めざるを得ない。
それなのに、なんでだろうか。俺はすんなりと頷くことが出来なかったのだ。
「もちろんだよ。決心が固まったら、また連絡してもらえるかな」
「……はい、近日中に必ず」
俺はヨロヨロと立ち上がって、機械的にお辞儀をした。
それからの事はほとんど覚えてない。……気が付いたら建物の外にいた。そのまま、心ここに在らずでフラフラと歩き出す。
頭の中は『これから』のことで溢れていた。
「久、今日はやけに誘導的だったね」
「バレてしまったか。つい、彼に昔の自分を重ねてしまってね」
「やっぱり。そういえば久と私が出会ったのも、久が二十三歳の時だもんね」
「懐かしいな。やっぱり、これまで悲喜こもごも色々と経験させてもらった身としてはね。あれやこれやと言いたくなってしまうんだよ」
「私、久に迷惑かけてばっかりだったもんね……」
「あはは、それは否定しないけど。違うって言ったら嘘になるからね。でも、それでいいんだよ。誰かと関わるってそういうことじゃないか。僕だってセフィに迷惑をかけるし、損得で好きになったわけじゃないんだからさ。人と人の繋がりに損得を持ち込んだら、その時点でビジネスだ。僕の中にあるのは、ただセフィレム……君が愛おしいって想いだけだよ」
「久……」
「セフィ……」
「アノー、お二人とも私がいること忘れてまセン……?」
『ご、ごめんなさい! シオンさん!』




