第4話 ルーシャンの街へ
この物語は前作「英雄の冒険旅行譚」の続編となっています。お読みいただかなくても楽しめるように製作しておりますが、前作をお読みいただけますとより楽しめます。
それでは、お楽しみください。
ルーシャンの街についた時には午後も遅くなっていた。
「ルーシャンの街はシャオイエでも有数の観光地なの。広い湖と豊かな森林、小高い丘に囲まれたこの場所は国内から多くの観光客が来るわ。特に夏場と冬場はたくさんの人が来るわね」マーシャはガイドのように場所の説明を始めた。
「夏場は湖での水遊びができることはわかるけど、冬はどうしてだい」英雄は疑問に思った。
「冬は凍った湖面を渡ることができるの。そこでスケートや氷に穴をあけての釣りを楽しめて、近くの丘はそり遊びができるし、景色も最高なのよ」マーシャは自慢げに言った。
「今は秋だけどおすすめは?」英雄は聞いてみた。
「今は…特にないわね」マーシャは言った。そして取り繕うように「でもこの付近は魚料理が有名で、景色もいいわよ。そうだ、いいところに案内してあげる」と慌ててまくし立てた。
「敵がまた狙ってくるかも知れないからあまり動き回らない方がいいと思う」英雄は心配そうな顔をしながら言った。
「大丈夫よ、ここは観光地だし、人もいっぱいいるわ。それに遅くとも夜にはツァバが迎えに来てくれるのだし。それにシャオイエに来てこの場所を観光せずに帰るなんて、もったいなさすぎるわよ」マーシャは笑っていった。そして、少し真面目な顔で「それにここは私たちユエ大族の聖地でもあるの」と言った。
「聖地?」思わず英雄は聞き返した。
「そうなの。それじゃこれから案内するね」マーシャは先に立って歩き始めた。
聖地とはどういう場所なのだろう、すごく興味を惹かれる、と英雄は心が高揚しているのを感じながら後についていった。
20分ぐらい歩いただろうか、古いけれどよく整備された神殿にたどり着いた。
「この神殿の名は始まりの神殿と呼ばれているわ」そう言って中に入っていった。
数名の観光客がいるだけで、中はとてもすいていた。奥に行くと祭壇があり、巨大な本が置かれていた。周りには人が入れないよう柵で囲んでいた。
「あれは神の言葉が書かれたもの。神の言葉を聞くことができる預言者がいて、神の言葉を人々に伝えそれを書き表したもの」マーシャはそう言って、英雄に尋ねた。「ヒデオはこの国の歴史の始まりをどれだけ知っているの?」英雄は答えた。
「この国の人々がはるか西方より移動してきた民族であることは知っている」
「そうなの。言い伝えでは、西方より来た10の部族はこの地に至り、この地の荘厳なる景色と豊かな大地を見て、この地を聖地としてこの地に根を張ろうと提案したそうだわ。しかしその時には信仰の分裂がこの集団の中で起こっていた。神は月にいるのか、太陽にいるのか。
月にいると考えた人々はこの地に残り、太陽にいるとした人々はさらに東方へ移動した。東方の果てには太陽が最も近い土地があり、それが聖地だと主張したそうよ」
この国の神話はとても面白い。しかし英雄は一つの疑問がわいた。
「どうして月にいると考えた人はこの地に根を張ったのだい?」
マーシャはにこりとしながら言った。「後で実際に体験させてあげる。口で言うよりその方がいいでしょう。話を続けると、そういうわけで、この地は聖地となったの。ユエ大族の王家の人間はここで婚姻を挙げ、葬儀を行うことになっているわ。王家が分裂してからはシャオイエの王家がここの管理をしているの」
「ターイエの王家はここに来ないの?」
「ターイエ王家は100年前からここに来てないわよ。まあ、独立戦争のときに敵対して、そのあとソ連が入ってきたからね。シャオイエ王家が復活してからも微妙な関係が続いていて、交易はしているけど、王家同士の交流はほとんどないわね。あっちとしても正統な王家はターイエだという自負があるから、シャオイエ王家にここを貸してくれとは頭を下げにくいでしょうし、かと言って戦争して奪うかというといろいろ難しい問題があるらしいみたいよ」マーシャは言った。
まあ、ターイエは部族連合国家のようなものだし、軍事的にもあまり力がないからな、と英雄は思った。しかし、ここがイエ大族の聖地か、すごいことを聞いたなと英雄の心はとても高揚した。何にもない国どころか大発見の連続だ、来てよかったと英雄はしみじみ思った。
「さて、シャオイエの歴史講義はいったん終了。おなかすいたからご飯食べに行くわよ」
そう言って、マーシャは駆け出して行った。ヒデオも急いで後をついていった。
神殿から少し離れたところにあった食堂で食事をとった。湖の魚を使った料理だ。
アユのような魚で、きちんと泥抜きされていて、遠火でじっくり焼いたあと、薄く油で揚げてあるものだった。事前に岩塩が適量降られているため、きちんと塩味が付いており、魚の持つ油がうまみとなってとてもおいしい料理だった。
更に酸っぱいレモンソースのようなものをつけて食べると、さっぱりとした酸味が魚の油とあって食欲を掻き立てる一品だった。
「こうして食べとさらにおいしいわよ」マーシャはそう言ってパンの中央を割いて、その魚を挟んで付け合わせの玉ねぎを添えて、レモンソースのようなものをかけてかぶりついた。ヒデオも真似したところ、レモンの酸味と魚の油、パンのもちもち感が三位一体となった味のハーモニーが口の中に轟いた。
「おいしいな。魚のサンドがこんなおいしいものだとは思わなかった」英雄はびっくりした。
「そうでしょう。魚料理はここの特産で、観光の目玉でもあるのよ」マーシャは自慢げにそう言った。
食事を済ませ、おなかもいっぱいになった後、外に出るとすでに日は沈み、夜になっていた。マーシャは英雄を町から少し離れたところにあるケーブルカーの乗り場に連れて行った。 ケーブルカーは4人乗り程度の小型のもので、4台乗り場に泊まっていた。閑忙期のためか人影がなかった。マーシャは1台のケーブルカーのスイッチを入れた。
ケーブルカーは動き出した。
「勝手に動かしていいのかい?」
「ここは繁忙期には係員がいるけど、今日は誰もいないみたい。あそこの張り紙に勝手に使ってくれと書いてあるわ」マーシャは壁を指さして言った。
確かにその壁には張り紙があり、係員がいないときはスイッチを入れて動かしてくださいと書かれていた。
「ケーブルカーは大丈夫なのかな」英雄は不安に思った。
「大丈夫、毎日点検はしているみたいだし、事故が起きたことはないみたい」マーシャは平然と言って、ケーブルカーに乗り込んだ。英雄も不安だけど仕方ないなと思い、マーシャと一緒のケーブルカーに乗り込んだ。
ケーブルカーは湖の上を進んでいった。天には一面の星空が輝いていた。星は空いっぱいに広がり、天の川がくっきりと見て取れた。
「すごくいい星空だな」おもわず英雄はつぶやいた。
「うふふ、まだまだあるわよ。さらにびっくりさせてあげる」マーシャは微笑みながら言った。
ケーブルカーは丘の上にある駅に到着した。同時にケーブルカーは停止した。どうも自動で停止するようになっているらしい。周りには人影が全くなかった。明かりも最小限しかなく、真っ暗だった。
「ほら、早く来て」マーシャは飛び降りるようにケーブルカーから降りると、走って行ってしまった。「まってくれ、暗いところで走ると危険だぞ」英雄は注意しながら追いかけた。
「ここよ、ここ」マーシャは立ち止まって丘の上から見える湖を指さした。
英雄は丘の上から湖を見てそのまま立ちすくんでしまった。
空に浮かぶ一面の星空は湖に反射し、天が地面に落ちてきたような美しさを見せていた。天と地に星があり、英雄の全身を宇宙が包んでいるような感覚を感じた。
さらに湖に移った青みかかった月を見たとき、英雄は凍り付いた。詩人であれば世界中の美辞麗句を持ってこれを表現しただろう。しかし、そのような才のない英雄は素直に思わず、 口に出した。「美しい、ああなんて美しい」
英雄は時を忘れて見入っていた。気が付くと、かなりの時間が過ぎていた。
マーシャがにこやかに言った。「どうだった」
「最高だ」英雄は答えた。
「ここを聖地とした理由が分かった?」マーシャは言った。
「よくわかったよ」英雄は感極まったように答えた。
まわりには人影がなかった。季節外れなのだろうが本当に誰もいないのか、と英雄は思い、周りを見回した。
すると何か大きな影がこちらに走ってくる。影の形を見ると人間のようだ。マーシャと同じように待ちきれなくて走っているのか、と最初英雄は思った。影はこちらに一直線に駆け寄ってきており、手には月に光に照らされて輝いて見えるものを持っていた。英雄はそれが何か理解した。ナイフだ。
ナイフを持った大きな影がマーシャの方へ突っ込んできた。思わず英雄はマーシャをかばった。その男はナイフで切り付けてきた。
左腕が急に熱くなり、何かが流れるような感覚がした。
マーシャを抱いたままその黒い影から間を置くと、左腕を見た。服ごと腕が切り裂かれて血が流れていた。厚着をしていたおかげで、傷はそんなに深くなかったが、血がかなり流れているようで、服がみるみる血に染まっていった。
「くそ、邪魔しやがって」その黒い影は男の声で言った。敵が襲ってきたのだ。
「ヒデオ、血が、血が」マーシャはパニックになっているようだった。
一瞬気が遠くなりかけていた英雄の目に、慌てるマーシャが見えた。マーシャを守るため、自分がしっかりしなくては、と英雄は思った。なんとしてでもマーシャを助けなくては、と英雄の精神状態はかなり興奮していた。
どこに逃げるか、そうだ、やってきたケーブルカーに乗って町に逃げよう。
「逃げなくちゃ」マーシャに言った。いまだパニックになっているマーシャは何も答えられず震えていた。やむなく、英雄はマーシャを抱きかかえて暗闇の中を逃げた。しばらく走ると、元のケーブルカー乗り場についた。しかし、男が迫ってきている。英雄はケーブルカーを作動させ、飛び乗った。
英雄の腕を切った男が追ってきて、英雄たちの乗るケーブルカーに手をかけようとした。英雄は持っていたスマートフォンをその男に投げつけた。「ギャ!」運よくスマホは敵の顔に当たり、敵は叫び声をあげてひっくり返った。そのすきにケーブルカーは進み、丘から離れ湖の上に進んでいった。
英雄自身が興奮しているためのだろう、切られた痛みは全く感じなかった。
ケーブルカーが安全なところに来たところで、英雄とマーシャは少し落ち着きを取り戻した。
下の駅に着いたら、すぐに町まで行って助けを呼ばなくては、と英雄は思った。
マーシャは英雄にしがみついていた。「ごめんなさい、私が英雄の注意も聞かず連れまわしたばかりに」と泣きながら謝っていた。
「気にしないで。すごく楽しかったよ、とてもいいものも見れたしね。マーシャにはすごく感謝している」英雄は優しく言った。実際一人ではとてもこんな体験はできなかっただろうし、すごい冒険もできたしね、と英雄はマーシャに感謝していた。
「ヒデオは優しいね」マーシャは泣きながら言った。
ケーブルカーが下の駅に着いた。
ケーブルカーから飛び降りた。周りには人影はなかった。よし、この隙に町まで行って助けを呼ぼうと二人は連れ立って町に向かおうとしたところで、一発の銃声がした。弾は足元に当たった。
「この拳銃は粗悪品だな。こんな近くでもあたらない」「この距離ならナイフの方が確実ですよ」そんなことを言いながら二人の男が出てきた。どうも待ち構えていたようすだった。あっという間にナイフを持った二人の男に囲まれた。
英雄は歯噛みしながら逃げ道を探した。ケーブルカーに乗ってもう一度上に行こう。うまくすれば上の敵と行き違いになるかもしれない。そう思い、英雄はケーブルカーの方へ踵を返そうとした。
だが、その思いもむなしく、丘で襲ってきた男がケーブルカーから降りてきた。「おっと、逃がさないぞ」ケーブルカーから降りてきた男が言った。3人の男に完全に囲まれた。もう完全に包囲され、逃げられない。英雄はその現状を理解して、それでもまだ助かる道を探して、頭をめぐらせた。
「おい、マーシャ姫を置いてゆけばお前は助けてやるぞ」男の一人はにやけながら言った。
その時、英雄は服を引っ張られるのを感じた。引っ張られた方を見ると、マーシャが涙を流しながら英雄を見ていた。
置いていかないで、でも英雄だけでも助かってほしい、そんな目で英雄を見ていた。
英雄は考えた。ターイエで世話になった鈴木少尉ならどういうだろう、あのひと日本軍人の生き残りだからな、きっとこういうだろう「軍人たるもの死すべき時に死すべし。死すべきでないときは断固として生きるべし」英雄は苦笑した。そういえば、僕も軍人なのだな、じゃ今はどういう時期だ、よし、今が死すべき時だ、マーシャを助けて死ぬ、そう英雄は決めた。英雄がこの決断をした時、彼の体は武者震いをした。
英雄は持っていたナイフを取り出すとマーシャに小声で言った。
「僕が端にいる男に突っ込んで、相打ちに持っていく。そのすきをついてマーシャは逃げてくれ」マーシャは何も答えなかった。英雄は微笑んでいった。「生きてくれよ。マーシャ」
そう言って、英雄は敵に向かい「日本陸軍ターイエ派遣隊軍曹九頭英雄、行きます!」そう言って、端の男に向かって切り込もうとした瞬間、3発の銃声が轟いた。三人の男たちは銃に打たれたのだろう、3人ともうずくまっていた。執事服を着た老齢の男性と兵士が複数おり、兵士たちは敵に銃口を向けていた。
「姫、遅くなりました」老紳士はマーシャに対し、丁寧にお辞儀をした。
「ツァバ!」マーシャは泣きながら老紳士に駆け寄って抱き着いた。
ツァバは微笑みながら優しく頭をなでて言った。「姫、よくぞご無事で」
「ヒデオが助けてくれたの」そしてマーシャは気づいたように「そうだ、ヒデオ怪我をしているの。治療をしてあげて」と言った。
「ヒデオ様この度は大変お世話になりました。お怪我の様子はいかがですか?」
その言葉を聞いた途端、傷が猛烈に痛み出した「とっても痛いです」英雄は苦しそうに言った。「すぐに治療を。腕をお見せください」ツァバはそう言って、服を脱がせ治療を始めた。「とりあえず応急措置です。王都の病院でしっかり治療しましょう。王都までお送りします」
ツァバさんは兵士たちに犯人を確保するよう指示すると、車に僕らを連れて行った。
僕とマーシャは王都に戻ることになった。
なんか大冒険だったな、と英雄は心の中で思った。
王都に行く車の中で、マーシャはツァバさんに厳しく叱られていた。
楽しんで読んでいただければ大変ありがたいです。評価等頂けましたら、本当にうれしいです。どうぞよろしくお願いいたします。




