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Real~Beginning of the unreal〜  作者: 美味いもん食いてぇ
第四章〜Marine snow〜

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アリス


「……ふぁ〜あ、むにゃむにゃ、んぅ〜〜ん、ふぅ」


 ベッドから起き上がり、大きく体を伸ばしたアリスは……妙に開放的な視界と澄んだ空気、騒々しい蝉の合唱を耳に固まる。


「…………ん?」


 眼前に広がる湖と、天を突く富士の威容。

 自然の中にポツンと置かれた、ベッドと自分。


 停止していた彼女の思考が、一気に覚醒する。

 自分がどういう状況にあるのか? 誰がこんなことにしたのか? 彼女は既に分かっていた。


「っっっ、東条くーーんッ‼︎ この野郎っ‼︎ どこだ⁉︎ どこにいやがる⁉︎ 今日という今日は許さないぞ! 出てこいぶっとばしてやる‼︎ ウァアアア――」


「相変わらず良い反応するなぁ」


「アアアヒャィンッ⁉︎」


 普通に歩いてきた東条に驚いたアリスが、カエルのように飛び跳ねてベチャッと落ちる。

 彼女はボサボサの髪の隙間から、ケラケラと笑っている東条を睨め上げた。


「よっ、おはよ」


「……おはよぅ」


 東条は肩に担いでいた大荷物を地面に下ろし、キャンピングチェアに腰掛けた。


「朝飯何食うよ?」


「いや説明は⁉︎」


 ギャーギャーと喚いているアリスを無視して、東条は荷物の中からキャンプ用調理器具一式を取り出す。


「説明も何も、腹減ったから飯食おうぜって。え、朝抜く派?」


「うぇ〜ん話通じないよぉ〜! 助けてゆまさん〜うぇ〜ん」


「泣いちゃった……。ほら、涙拭きな」


「ひん、ありがと。じゃないよバカ! 東条君のせいでしょ⁉︎ てか何ここ⁉︎ どこ⁉︎」


「本栖湖。山梨の」


「山梨のっ、本栖湖⁉︎ あ、やっぱあれ富士山?」


「そ。こうして見ると、やっぱ綺麗だよなぁ」


「だねぇ……」


 二人並んで、日本が誇る名山を眺める。


「んじゃなくてぇ⁉︎ だからなぜ⁉︎ 今! 私は本栖湖にいるの⁉︎」


「そりゃお前、俺が運んできたからだろ」


「そうだよね⁉ それしかないもんね⁉︎ はぁ、はぁ、はぁ、何なのもうっ、疲れた」


 肩で息をするアリスに振り返り、東条は不満気な顔をする。


「あのさ、文句を言うのはいいけど、朝食の準備くらい手伝ってくれる? それとも本当にいらないの? ならいいけど」


「……うぅ、私が悪いの? 私が悪いのこれ? ぐすんっ」


「ほら、口じゃなくて手動かして」


「はいぃ」


 スキレットの中で、大ぶりなソーセージ四本と目玉焼き二個が良い音を立てている。醤油を回しかけると、ジュゥウッと香ばしい香りが立ち上った。ちょうど炊けたご飯をステンレス皿によそい、ソーセージと目玉焼きを乗せる。

 市販の味噌汁を溶かし、二人して手を合わせた。


「はふっ、あふっ」


「こういうので良いんだよこういうので」


「「ズズ……ほっ」」


 味噌汁を啜り、富士を前にホッと一息吐いた。


 東条はクーラーボックスからコーラを取り出し、アリスに渡す。


「で、どうなんだ最近?」


「ん?」


「楽しくやれているか? 何か困っていることとかないか?」


「え? お父さん?」


「お父さんだぞ」


「お父さんじゃないよ? お父さん今も田舎でお米育ててるから」


「その節はどうも。いつも送っていただいて、夫婦共々助かっています」


「いえいえ」


 お辞儀し合い、アリスはソーセージを齧る。


「え、どゆこと?」


「最近あんま二人で話せていなかったろ?」


「うん、おかげで心安らかなりだったけど」


「日本の夏、蝉の声、白い砂浜、美女の尻、木の下に宿れるなり、イチジクのタルト、カブトムシ、螺旋階段、美女の尻、行ってきます!」


「オトウサンカッコイイ!」


「お父さんだよ」


「お父さんじゃないが? あと色々混ざってるよ」


 東条はソーセージを齧り、飯を掻き込む。


「社内アンケートだよ。不満とかないか?」


「あーね、そういう」


 富士を見ながらモグついている東条を横目に、アリスは頬を緩める。


「あるわけなくない?」


「そうか?」


「そうだとも。農家を継ぎたくなくて東京に出てきたはいいものの、社不すぎて就職なんてできそうになかった私が、今や世界が認める英雄の裏方だよ?

 好きなことをやっているだけで皆に褒めてもらえるし、お金に困ることもない。こんな生活のどこに不満を抱けって言うのさ?

 強いて言うなら、周りに異常者しかいなくて困っているくらいかな?」


「分かった、その異常者には俺から言っとくよ」


「うん、異常者筆頭の君から言ってくれるなら安心だよ」


「乾杯」

「乾杯」


 コーラを呷り「「ぷはぁ」」と喉を潤す。


「気分転換にはなったよ。ありがと」


「ん? おう」


「じゃあそろそろ帰ろうよ? 暑いし」


「何言ってんだ? 今日はここでキャンプだぞ?」


「は?」


「何のために、わざわざこんな大荷物持ってきたと思ってんだ?」


「え? 嘘でしょ? スマホは? クーラーは?」


「そんな物はない。お前の両親にも頼まれたんだよ。

《あの子は皆さんと仲良くできていますか? どうせ一日中家にこもってゲームをやっているのだと思います。たまにでいいので、外に連れ出してあげてください》

 ってな。

 このキャンプはデジタルデトックスも兼ねているんだ。たまにはブルーライトじゃなくてお日様の光を浴びろ」


「嫌だっ、嫌だ! もうすぐイベントも近いのにっ、東条君だって練習しないとでしょ⁉︎ それにログボが、ログボ受け取らないと! お願い東条君! 五分でいいからスマホ触らせてよぉ⁉︎」


「バっカもーん‼︎」


「ふげぇ⁉︎」フカフカの芝生の上にズシャァ!


「目を覚ませ! 自然の中でお前の中に溜まった毒を抜くんだ!」


「ふへぇ、東条君がスピっちゃったぁ」


「おら来い! 手伝え! ここをキャンプ地とする‼︎」


「ふへぇ〜」



 顔中土だらけにしたアリスが、ハンマーを置いて尻餅を突く。


「づ、づがれだぁ」


「……作ったはいいけど、ほとんどベッドで埋まっちまうな」


「東条君がベッドごと持ってくるからでしょ⁉︎」


「だってお前言ったらついてこないだろ?」


「当たり前でしょ!」


「だから俺は、アリスと出かける時はドッキリを仕掛け続ける」


「それはもうドッキリじゃなくて嫌がらせだよ!」


「よし! アクティビティ行くぞ!」


「は⁉︎ ちょっと休もうよ⁉︎ あぁああああ」



 超次元川下り。


「ギャアアアア⁉︎」


 爆速カヌー。


「ヒィイイイイ⁉︎」


 肩車富士登山。


「ピギィイイイ⁉︎」



 銭湯で汗を流し、夕飯にアヒージョを作る。


「あっふ、あっふ」


「ニンニクなんて入れれば入れるだけ美味いからな」


「チーズ入れよチーズ!」


「おうどんどん入れろ。肉と海老と、あ、これ沖縄で貰ったスパム」

 ドポン


「アッツ⁉︎」



 富士の向こうに日が沈み、手前からグラデーションのように暗くなっていく空を眺めながら、東条は一人コーヒーを啜る。

 夜になりかけの薄明るい空は、太陽と星が共存する不思議な色で染まっていた。


『しもしもー』


「おう、どしたぁ?」


 画面に映るノエルが、トングを振っている。


『アリスどだった?』


「楽しんでたよ。後で動画送ってやるよ」


『ん』


「そっちは今」


『女子会中』『うぇ〜い、桐将くん見ってる〜?』『ちょぉ、灰音邪魔!』


「ハハっ、楽しそうだな」


『東条様、アリス様を日の元に連れ出していただいてありがとうございます。最近引きこもり癖が特に酷くなっていましたので、助かりました』


「もうすぐイベントだし、あいつも気合い入ってたんだろ。まぁ一ヶ月外に出ないのは病気だからな、こういう奴にはショック療法が一番なんだよ。実際ほら、気持ち良さそうに寝てるだろ?」


 ベッドでヨダレを垂らしているアリスを映し、ついでに写メって彼女の両親に送ってからSNSに挙げる。


『あなた? 分かってるとは思うけど、一緒のベッドで寝ようなんて考えたらあかんよ?』


「え、でも寝る場所ないし」


『下空いてるじゃん? ほらそこの隙間。ね!』


「え、狭い」


『アリスはんだから良いなんて思わないことやね。いつでも監視の目があることは忘れちゃあかんよ?』


「……はい」


 深夜トイレに行きたくて目を覚ましたアリスが、ベッドの下から飛び出た腕に腰を抜かしてちょっと漏らしたのは、また別のお話。


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