繭野 ゆま
打ち合わせからの帰宅途中だった東条は、家の門を閉める彼女を見つける。
「あれ、ゆまさんじゃん。おーい」
「?……あら旦那様、おかえりなさいませ。プニルさんも、お疲れ様です」
「フブルッ」
プニルに乗って空から降りてきた東条に、繭野は軽くお辞儀する。
「おでかけ?」
「はい、夕食の買い出しに行こうかと」
庭に戻るプニルに礼を言い、東条は繭野に「行こうぜ」と促す。
「ご一緒してくださるので?」
「たまにはね。雇っている身として、不満がないか聞いておかないと」
「あらあら、理想の雇い主ですね」
二人で並んで歩きながら、東条は彼女の持っている荷物を貰い受ける。
「ありがとうございます」
「あいよ、ってかそうか、俺ら行ったり来たりしてるから、そりゃ飯の分量狂うわな。すまん」
「いえいえ、皆さんがいないと食卓が寂しいですから。アリス様も嬉しそうでしたよ?」
「ほんと? 昨日から口きいてくれないんだけど」
「おやつにデスソースなんてかけるからでは?」
「それはノエルだって! あいつ俺になすりつけて逃げやがって」
「あら、そうだったのですか。それをアリス様に言えばいいのでは?」
「言ったさ。でも全然信じてくれないんだよ。俺なんて軽い寝起きドッキリしたり、沖縄のお土産あげただけなのに」
「どんな寝起きドッキリでした?」
「起きたら上空一万mドッキリ」
「お土産は何でした?」
「沖縄で捕まえた変な虫」
「なるほど。旦那様が信用に値しないことだけは分かりました」
「え、ショック」
繭野は堪らず吹き出してしまい、口元を手で抑える。
「アリス様は普通の女の子ですから、手加減してあげてくださいね?」
「承知いたしました」
「ふふっ」
直売所で野菜を選ぶ繭野の背中の後ろで、東条は所々に並んでいるモンスター食材を眺める。
生鮮売り場には魚型モンスターの切り身が、肉売り場にはモンスターの肉が売られている。それも、一般的な食材よりも高い値段で。
パッケージを見ていたおばあちゃんが、モンスターの肉をカゴに入れてレジへと歩いていった。
ここまでモンスターが日常に受け入れられているとは……。街に出ないと分からないこともあるな。
「今やモンスターは高級食材扱い、か。分からないもんだな」
「栄養も豊富で、味も良いのですから、見た目に慣れてしまえば優秀な食材ですよ」
繭野は手に持った大ぶりなトマトをカゴに入れ、肉売り場へと向かう。
「国が推奨したからかね?」
「それもあるかもしれませんが、美容インフルエンサーや、モデルがこぞって食べ始めたのが大きかったですね」
「そんな栄養価高いんだ?」
「はい。特に野菜類が凄いんですよ? 今の日本は、ノエル様のおかげで土壌の質が底上げされましたから。どこに何を植えても、ある程度の品質が担保されるレベルです。
たまにモンスター化して畑から脱走する種もいるようですが、」
「大変だな農家の人も」
「ただ、自分だけの畑を作れるし稼げるしで、農家への転職が相次いでいるとか」
「へー、良い傾向じゃん。第一次産業に若者が戻ってくれば、日本はもっと強くなるだろうしな」
繭野がクスリと笑う。
「……旦那様、出会った時と少し変わりましたね」
「そうか?」
「大局的な意見が多くなった気がします」
「あーね。……関わるもんがデカくなればなるほど、見なきゃいけないもんも多くなってくからな」
「金言でございます」
「よせやい」
大量に食材を買い、二人して帰路に着く。
「それで? 最近どう? 不満ない?」
「ありませんとも。行き倒れていたところをノエル様に拾っていただいて、アリス様のお世話もできて、私ほど幸せな人間もいないと思っております」
「ハハハっ、なら良かったよ。困ったことあったら何でも言ってくれよ?」
「承知しております」
「俺とかノエルに対してだと、血の関係もあって遠慮しちゃうだろうし、そういう時は灰音でも紗命でもいいから、一人で抱え込むなよ? うちは風通しの良いアットホームな会社なんだから」
「……ふふっ。旦那様のそういうところを、素直に尊敬しております。ですが今は不満はありませんので、お気遣いだけ」
「そっか。ならこれからもよろしくな」
「はい、勿論でございます」




