バーベキュー
「あぅあ〜」
東条の人差し指を、小さな手がギュッと掴む。
何色にも染まっていない純粋な瞳に見つめられ、東条はぎこちなく笑った。
「今何ヶ月ですか?」
「六ヶ月です。向日葵って言います。ね〜?」
春野改め、佐藤 蕾に抱かれている赤ん坊が「ぶぁ」と挨拶する。
今日は佐藤家が企画したお久しぶり会。大きなグランピング施設には、珍しくもデパート組の全員が集合していた。
「良かったら抱いてあげてください」
「えっ、いや、壊れそうで怖いんで」
「そんな簡単に壊れませんよ。はい、首のとこを、そう、上手です」
腕の中に収まる小さすぎる命に、東条は露骨に狼狽える。
そんな彼を見て、蕾はクスクスと笑った。
「天下の東条さんでも、赤ちゃんには敵いませんか?」
「敵わないので、あの、そろそろっ、今にも泣き出しそうで」
「ふふっ、はい」
赤子を手放し、東条は一息吐く。
あんなちょっと力入れたら壊れちゃいそうな生物を、世の親達はどうやって育てているのだろうか? 俺には上手くできる気がしない。とそこへ。
「おにーちゃん!」
「うおっと」
東条の腰に、女の子が勢いよく抱きついた。
彼女はセミロングの黒髪を振り乱し、キラキラとした目で東条を見上げる。
「紗命おねーちゃんがいたから、もしかしたらと思って! いつ来たの? さっき? 久しぶり!」
「え……その声に、その面影、まさか花ちゃん⁉︎ え⁉︎ 何歳になったの⁉︎」
「十五さ〜い。もう中三だよ〜ん」
キラリンとポーズを決める花に、東条の顎が落ちる。
記憶と現実の齟齬に、頭の中がパニックになる。
「いやいやいや、この前までこんなだったじゃん⁉︎ こんな!」
「そんな小さくないし! てかここ数年で何回か会ってるじゃん! そんな変わってないでしょ」
「いやいや、見違えたって。いつの間にこんなに綺麗になって、学校ではモテモテだろ?」
「え〜? 別にそんなことないけど〜?」
「男子三日会わざれば、とはよく言ったもんだな」
「女子だよ! バカ!」
ゴスゴスと綺麗なフォームでボディを打ってくる花を撫でながら、東条は少し離れた場所からこちらを見ている女児に目を向ける。
「そこにいるのは、もしかした蕣ちゃんかな?」
「……覚えてる?」
「もちろん! おいでおいで、お菓子をあげよう」
東条はトテトテと走ってくる蕣と、ガチンガチンと歯を鳴らしている花にイギリス土産のチョコをあげ、二人を肩に乗せる。
「蕣ちゃんは今何歳?」
「五歳」
「五歳⁉︎ この前まで向日葵ちゃんくらいの赤ちゃんだったのに⁉︎」
「だからいつの話をしてんのって」「あははっ」
「てことはもうすぐ小学生に、こっちは高校生かぁ。二人とも何か欲しい物あるか?」
「え⁉︎ あるある! めっちゃある!」
「良いの?」
「良いとも。環境が変われば何かと入り用だろ?」
キャッキャと騒いでいる三人を、蕾が慌てて止めに入る。
「東条さん、そんなに良くしてもらわなくても。お年玉だって毎年凄い額いただいているのに」
「お母さんは黙ってて! 今年のお年玉だって、お母さん半分取ってったじゃん!」
「だからそれは、将来のために貯金しておくって」
「嘘だ! 友達が言ってたもん! 親の言う預かっておくは、一生返ってこない合言葉なんだもん!」
随分と良い友達をお持ちで。
二人の言い合いを、東条はニコニコと見守る。
自分にもこんな時期があったなぁ、と懐かしい気持ちになる。
「まあまあ、お二人とも落ち着いて。花ちゃん? 君のお母さんは、この恵まれた環境に君が慣れちゃって、碌な大人にならないんじゃないかって心配しているんだ」
「そんなの分かってるもん。私ちゃんと感謝してるもん」
「そうだよなぁ? そうなんですよお母さん! 花ちゃんはこう見えてちゃんと考えてます。そう見えないかもしれませんが、こう見えて案外大人なんです!」
「どう見えてんのよ!」「ぷふっ」
「だから安心してください。俺からこっぴどく叱っておきますんで」
「どっちの味方なのよ⁉︎」「あははっ」
蕾は困ったように笑い、深く頭を下げた。
「本当に、いつもありがとうございます」
「いえいえ、俺が好きでやっていることですから」
他のママさん達にも挨拶した後、東条は二人を肩に乗せたまま隣のアスレチック広場に向かう。
「よっしゃ、これで好きなもん買えるぞ!」
「イェーイ!」「いぇい」
「ちゃんと俺に感謝して、日々お前達を育ててくれているパパママに感謝しろよ?」
「イェーイ!」「うん」
「それでいい。欲しいもん決まったら連絡しな。お兄さんからのちょっと早い入学祝いだ」
「おにーちゃん大好き!」
「おじさんありがと」
「おじさんじゃないよ? お兄さんね?」
二人をちびっ子の集団に合流させ、ついでにちょっと遊んでく。
子供の平均年齢は五歳前後。彼らを見ていると、一緒に戦った仲間達のその後を見ているみたいで何だかエモい。
ちびっ子をまとめる花に手を振り、東条はその場を後にした。
バルコニーに入り、見知った顔ぶれに頬を緩める。
「よっ」
「重役出勤だな、英雄様」
「英雄だからな」
ビールを片手に持つ葵獅と、アメリカンな握手を交わす。
「源さんと加藤さんも、お久っす。相変わらず若いっすね〜」
「ホッホッ、最近はエイジングケアにも力を入れておるのよ」
「加藤さんも、……またデカくなりました?」
「ハハハ、ありがとうございます。いやぁ、私も誘っていただけるなんて、嬉しい限りですよ」
「もういつメンでしょ加藤さんは」
「そうですよ。それと東条さんも、今日は来ていただいてありがとうございます」
「呼んだら来るよ俺は。あ、蕾さんに会ったよ。三人目おめでと」
「ははっ、ありがとうございます」
「海の王はどうだったんだ? 強かったか?」
「落ち着けって。飲みの肴がなくなんだろ? あとそれ一応国家機密だからね?」
肉を食べていた佐藤の車椅子を勝手に押しながら、凛と瀬良と紗命に挨拶回りをする。
「おっ! 来たね〜今日の主役が!」
「ハハッ、俺が主役なの? てか凛さん、そのお腹」
「気づいた?」
丸く膨らんだお腹をポンと叩き、凛が笑う。
「旦那に仕込んでもらったのよ」
「凛、言い方」
貴重な葵獅の照れ顔を写メり、エアドロする。飛んでくる拳を躱しながら、東条は紗命が焼いてくれる肉をパクパク食べる。
「おめでたの人多いなぁ。どんどん結婚してるし、ねぇ瀬良さ」
「は? 何? 私だけ行き遅れてるって言いたいの?」
「はっや」
メガネの下の三白眼に睨まれ、東条は佐藤を盾にする。
「私はできないんじゃなくてしないの。一人の方が気楽なのよ。東条君なら分かるでしょ?」
「まぁ分かるっちゃ分かるけど、俺は皆に出会って人の温もりを知ったからなぁ」
「皆といたのに成長できなかった私は人として欠落しているって言いたいの? 結婚だけが幸せの形じゃないと思うけど?」
「怖いって」
「どーどー、落ち着いてぇや希海はん」
「ちょっと紗命? まるで私が落ち着いていないみたいな言い方ね? 私は落ち着いているわよ。これ以上ないほどにね」
「ほらお肉焼けてるわよー」
言い合いを始める女性陣の輪から抜け出し、三人で肉を囲んで乾杯した。
凛はお腹をさすりながら、澄ました顔をしている紗命を不思議そうに見る。
「ちょっと驚いたわ」
「ん? うち?」
「うん。前までの紗命なら、さっきの会話の途中で東条君に圧かけてたでしょ」
「赤ちゃんのこと?」
「そうだよ。あんだけ既成事実を作ろうとしてたんだから、てっきり私は紗命が最初だと思ってたけどね」
「確かに。まだ作らないの?」
「ふふっ、デリカシーのない人やなぁ。うちらにはうちらのペースがあるんですぅ」
「ふ〜ん、まいいや。まだ大学生だしね、気楽に行こ」
「それでさっきの続きなんだけどさ、子供欲しくなくて自立しててイケメンで高収入な男、二人の近くにいない?」
「飢えとるやん」
「あはは、彼氏は欲しいのね」




