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Real~Beginning of the unreal〜  作者: 美味いもん食いてぇ
第四章〜Marine snow〜

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紗命・1


 不審な飛行物体発見時の対処に関する通達(概要)

 本邦領空内において、不審な飛行物体(未確認飛行物体・ドローン等を含む)の存在が確認された場合には、以下の手順に則り、迅速かつ的確な対応を行うこと。


 1・初期通報

 発見者は、直ちに所轄の警察署または航空自衛隊の防空監視部隊に通報し、位置、形状、高度、飛行方向、速度、撮影の有無等の情報を可能な限り詳細に報告すること。


 2・情報の共有と判断

 警察庁、防衛省、国土交通省(航空局)を中心に情報を共有し、領空侵犯、違法無人機運用、または国民の生命・財産への危険性の有無を判断する。


 3・対空防衛上の対応(必要時)

 領空侵犯の可能性がある場合、航空自衛隊は戦闘機スクランブルを発進させ、該当飛行物体の確認と追尾を実施。必要に応じて無線交信による警告、写真撮影、最終的には排除措置の検討を行う。


 4・地上における危険防止措置

 不審物体が人口密集地や重要施設上空を飛行している場合、地上部隊(警察等)により周辺の避難誘導や交通規制を実施し、安全確保に努めること。


 5・記録と報告

 全ての対応内容は詳細に記録され、後日関係省庁間での情報精査および再発防止策の策定に活用される。


 ※最重要追記事項

 不審な飛行物体が黒龍と馬龍であった場合、国土交通省のマーク及び、【東条】のネームタグを確認した後、一切の接触をせず帰還すること。




『確認完了。これより帰還する』


 横に並んだ偵察機を鬱陶しそうに、ネロが低く唸る。


 室内から格好つけてジェスチャーを送った東条に、パイロットもおでこの前で軽く二本指を振ってくれる。

 東条は離れていく偵察機を見ながら、毎度毎度大変だなぁ、と他人事のように思うのだった。


「……んん」


「悪い、起こしちまったか。まだ寝てていいぞ?」


 そんな彼の膝の上で、横になっていた紗命が眠たげな顔を上げる。

 東条はフカフカのソファに座りながら、彼女の顎下を優しくくすぐる。


「んふふ、ごろごろ〜」


「ァァァァァァァァ」


 二人きりの時にしか見せない、完全に無防備な紗命。誘うような目つきで猫の真似をする彼女に、危うく意識と理性が飛びそうになり、声にならない悲鳴が漏れる。

 東条は天を見上げて心を落ち着かせ、膝の上で喉を鳴らす猫に慈愛の微笑みを向けた。


「はぅ〜〜んんっ、ふぅ〜。誰か来てたん?」


「航空自衛隊さんがね」


「なるほどなぁ」と体を起こした紗命が、あくびをしながら東条の肩に頭を預ける。


「紗命があくびとは、珍しいな」


「ふふっ、うちを何だと思っとるん?」


「大丈夫か? 大学行きながら色々やってんだろ?」


 心配そうな顔をする東条が新鮮で、紗命のいたずら心がくすぐられる。

 もっと心配してほしいという乙女心を抱きつつも、紗命は天を仰ぎ心を落ち着かせ、健気な瞳で見つめてくる猛獣に慈愛の微笑みを向けた。


「ふふっ、大丈夫やよ。この夏休み、楽しいで予定でパンパンやろ? やから夏休みの課題、全部一気に終わらせてまおう〜って」


「偉いね〜。夏休みの宿題なんて最終日にしかやったことないわ」


「解釈一致やわぁ」


 夏休みの宿題って、最終日に一気に出てくるんだよな。どこに隠れてんだろうなあれ。てか何で俺は学ばないんだろうな? 人って愚かだよな。

 東条は小学生の頃から変わっていない自分に疑問を持ちながらも、そんな自分を肯定するのだった。



 三十分後。

 苔生した瓦礫の上に降り立ったネロから、東条と紗命が滑り降りる。

 二人の目の前にあるのは、緑一色となった懐かしのデパート。


 そう、ここは第零特区。

 懐かしの池袋である。


「ふぃ〜。ありがとな」


「ゴルルルゥ」


「いつもおおきになぁ。お肉食べぅわっと! ふふっ」


 紗命が差し出した七面鳥の丸焼きを、ネロがペロリと丸呑みにする。

 物足りなさそうなネロの頭を、「今度ご馳走用意したるからなぁ」と紗命が撫でる。


「気になってたんだけどさ、ネロとプニルっていつも何してんだ? ずっと家にいるってわけでもないし」


「ん〜? そう言えば何しとるんやろ。お散歩?」


「ゴルルッ、ゴゥ、ガゥガゥ」


「あぇー、道理で強くなってるわけだ。どっち側? 北? 南?」


「ゴルル」とネロが片翼を開く。


「やっぱ南だよな。北の方寒いしな」


「ゥルルッ。ゴァ、ゴルルッガゥア」


「え、マジ⁉︎ プニルと一緒に行ってんの⁉︎ あははっ、お前よくあいつと付き合えるな! バカみたいにプライド高いし面倒臭いだろ?」


「ガゥ、ヴルルッ」


「ハハッ、お前の方が大人だよ。まぁあいつ面倒見は良いからな、沢山甘えさせてもらいな」


「ゴルルルルッ!」


 飛び立っていくネロを、二人で手を振って見送る。


「……うん。前から思うててんけど、何で話せるん?」


 紗命、当然の疑問である。


「いや、話せるっていうか、分かる? 的な?」


「あらぁ、蛇の血ぃが邪魔しとるなぁ。……今度透析行こか」


「怖いわ! 俺の中のモンスターも一緒に愛してよ!」


「ふふふっ、冗談やよ。ほら、行こ?」


 手を引かれながら、東条は懐かしのマイホームへと歩いていく。


「さっき何て言うとったん?」


「プニルと一緒に新大陸で遊んでるってよ。プニルの奴、後から来たのに先輩面だよ」


「ふふっ、言うても、ネロはまだまだ子供やからなぁ。お兄ちゃんできて嬉しいんやろ」


「可愛いよな〜。そうだ、お兄ちゃんと言えば、自称ノエルのお姉ちゃんの話聞く?」


「ペルルはんやっけ? 聞きたいわぁ」



 手入れのされた花畑を抜け、懐かしのデパートへと向かう。

 なぜ東条と紗命だけで池袋に訪れたのか、それは紗命至ってのお願い。予定詰め詰めの夏休みの中、三日間東条を独り占めにできる。その場所に、紗命はここ池袋を選んだのだ。


「お、出迎えか?」


 新しく取り付けられた頑丈なの扉の前に、アニメキャラのTシャツを着たカバが一人。


 両手を大きく振りながら耳をパタつかせていたポポタマが、二人を前にペコリと一礼する。


「ようこソ、待ってましタ」


「あらあら親切に、おおきになぁ」


「お久しぶりでス。東条さんト、ア、どっちも東条さん」


「あははっ、そういや籍入れてからはちゃんと会ってなかったもんな。これからはどっちも東条さんだ。よろしくな」


 薬指を見せる二人に、ポポタマは大きな手でペチペチと拍手をした。


「覚えとる? ここがゴブリンの巣窟になっとったの」


「うわなっつ! そういや、あいつらがレストランフロア占拠していたせいで、俺ら食糧の調達に困ってたんだよな」


「あの頃は、ゴブリン一匹倒すのにも苦労したもんなぁ」


「あいつ強かったよなー? あの火と水のやつ」


「うちらが仲良うなるきっかけになったゴブリンやろ? あれ今考えても反則やんなぁ?」


「本当にな。よく勝てたわマジで」


「愛の力やろ?」


「ならあいつは恋のキューピッドだな」


「頭貫かれて死ねたんやから、本望やろ」


「逆にね?」


「逆にぃ」


 二人はポポタマの背中についていきながら、過去の思い出をなぞり歩く。

 五年の時が経った今でも、崩落した壁や床を見れば、魔法がぶつかる音が、剣戟の音が耳に響いてくる。

 誰もいなくなったデパート内を駆け回り、喉から血が出るまで紗命の名前を呼んで、モンスターを殴殺して回った日々を思い出す。


 ……東条は頬を緩め、笑顔で話す紗命から目を逸らす。

 彼女の中で、あの時の記憶が笑えるものになっている。それだけで俺は嬉しい。それだけで、俺は救われるのだ。


「ここがオデのフロアでス」


「え、俺が住んでたとこじゃん! すっご、オシャレだな〜」


「はイ、使わせてもらってまス」


 酒やお菓子のゴミが散乱していたあの頃とは打って変わり、綺麗なタイル製の床には塵一つ落ちていない。


「へぇ〜、DIY上手やなぁ? ポポタマはんがやったんやろ?」


「はイ。ア、でも全部捨てるのは申し訳なかったノデ、下のフロアに東条さんとノエル様の博物館が……」


 そこまで言って、ポポタマは自発的に口を閉じた。

 紗命の室内を見る目が、明らかに冷たくなったのだ。慌ててポポタマに走り寄った東条が、大きな肩に腕を回して耳打ちする。


「ポポ、ポポっ。今日な、実は家族サービス的なあれで来てんのよ。ノエルの名前出すの禁止!」


「……仲悪イ?」


「いや悪くはないけど、色々あんだよ。女心とかそういうの!」


「ポァ〜。難しイ、けど分かっタ。もうしなイ」


「優秀なカバだよお前は」


「あなたぁ。上に行きましょ?」


「はーい!」


 東条はパタパタ動く耳を指で弾き、紗命に笑顔で走り寄った。



「やはり貴様だったか、来るなら来ると言え」


 雑に積まれた金銀財宝の奥から現れたファフニール(人型)が、申し訳程度の道を作って三人を案内する。


「ふふっ、目がチカチカするわぁ」


「お前これ、どうにかならねぇのか?」


 東条は金貨の山を滑り降り、ようやく生活スペースに辿り着く。生活スペースと言っても、足の踏み場がある程度の意味合いだが。


「不破さン、片付けできてますネ。偉いデス」


「ふん、だから言っただろう? 我にかかれば、掃除なと造作もないわ」


「ツッコむと面倒そうだからスルーするとして、え? 不破さんって何?」


「我の人間界での仮の姿だ」


 渡されたマイナンバーカードには、不破 新流(ふわ にぃる)という名前が印字されていた。色んな珍事に遭遇してきた俺だが、まさかドラゴンからマイナンバーカードを渡されるとは思わなんだ。


「ど、どうしよう紗命、人の名前を笑っちゃいけないという常識と、今すぐ爆笑したい俺がせめぎ合ってる」


「笑っちゃダメやよ。不破はんも力を抑えたり、バイトしたり、邪龍なりに頑張ってはるんやから」


「バイト⁉︎ お前バイトしてんの⁉︎」


「ふっ、驚いたか」


 得意気に鼻を鳴らすファフニールの横で、ポポタマが捕捉する。


「不破さんはオデと一緒ニ、二郎で働いてまス」


「面白すぎんだろ。え、じゃあこの金貨だの宝石だのは?」


「我のねぐらから運んだにすぎん。人間社会では、奪うという行為が禁止されているからな。弱者を守る法を作るなど、実に不合理な生物よ」


「それを守ってる辺り、偉い龍だよお前は。……てか、ねぐらって」


 東条はイギリスダンジョンの最下層を、仲良くなった異種族達を、あまりにも濃かった数日を思い出す。


 何を言いたいのか察したファフニールは、ソファに座りゲームの続きを始める。


「確かに戻りはしたが、貴様の知る龍には会っていない。前にも言ったが、我は奴らと袂を分かった。奴らの安否にも、動向にも興味がない。我に奴らのことを聞くな。不愉快だ」


「まだ何も言ってないっての」


 ファフニールにとっては、このフロア全体が宝物庫である。一度彼のねぐらに入ったことのある東条には、その事実がよく分かっていた。

 部屋の隅に雑に投げ捨てられた、ノエルが撮った子供達や八龍の写真。自分も映る集合写真を目に、東条は苦笑した。


「んじゃ、もう行くわ」


「何だ貴様、我と勝負しに来たのではないのか?」


「違うわ。お前らの家の屋上をちょっと借りるから、その挨拶に来ただけだよ」


「つまらん」とヘッドホンを付けるファフニールと、手を振るポポタマに見送られ、東条と紗命は再び金貨の山を登った。



 屋上の扉を開けると、真夏の空気と共に花蜜の香りが吹き込んでくる。

 ここに来るのは、藜と紗命にサプライズをされた時以来か。記憶の中の血に濡れた暗い屋上は、今や色とりどりの花畑に塗り潰されている。


「綺麗やわぁ」


「手入れしてくれているらしいからな」


「あとでお礼言わななぁ」


 時間とは恐ろしいもので、どれだけ忘れないように努めていようと、悲劇も後悔も風化させてしまう。そのくせ思い出は美化させるのだから、困ったものだ。

 忘れることが成長に繋がることを、俺は身をもって知っている。たまたま俺の人生が良い方に転んでいるから、ここでの記憶を思い出として昇華できているのか。

 それとも、どんな道を辿ろうと、過去の別れを昔のことと割り切れていたのか。

 今となっては知る由もないが、俺は幸せ者である俺を心から賞賛したい。


 東条は木漏れ日に目を窄め、青空を覆う大樹を見上げた。


「……久しぶりだな。元気そうで何よりだよ」


 デパートを貫通し、周囲一帯にまで根を張る食いしん坊具合。嘗て共に死線を潜ったマイホームは、まだまだ成長期らしい。


 紗命がマイホームの前にしゃがみ、墓標に乗った落ち葉を払い落とす。


「自分のお墓があるって不思議やわぁ」


「俺の勘違いで作った物だし、壊すか?」


「ん〜ん、後世まで語り継いでもらいましょ? 東条 桐将ここにありって」


「ハハっ、じゃあ俺の名前も彫らないとだな」


 東条は指先を黒化し、熱で自分の名前を刻んでいく。


「墓標なんて縁起悪ぃ。今からこれは石碑だ」


「裏に相合傘書いちゃおっ」


「適当な予言でも書いとくか。数百年後に見た奴が、変な誤解しますように」


「タチ悪いなぁ」


 石碑に落書きした二人は、マイホームに登り、嘗ての自分達の家の残骸を見つける。

 そこに木の板で足場を作り、新しいテントを張った。荷物は最低限の食器とランタンだけ。ハンガーは外の木の枝に掛け、小鳥のさえずりを耳に横になる。


「はぁ……知らないのに、知ってる天井」


「ふふっ。懐かしくて楽しいわぁ」


 二人してテントの天井を眺めながら、ゆっくりと流れる時間を味わう。


「あと四日、ここでぼーっとするのも悪かねぇな」


「んね。あと四日、贅沢に使っちゃお?」


「ははっ。ならまずは、お昼寝だな」


「賛成〜」


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