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Real~Beginning of the unreal〜  作者: 美味いもん食いてぇ
第四章〜Marine snow〜

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Prologue


 照り差す日差し。夏の青空。流れる白雲と乾いた空気。


「寂しくなったらいつでも会いに来いよ?」


「誰があんたなんかにっ」


 煌めく黒波を割りながら、背中の会話にオルカが笑う。

 東条の誘いを断ったペルルに、ノエルが悲しそうな顔をする。


「……会いたくない?」


「っち、違うわよノエル! ノエルには会いたいわ! この男に会いたくないだけだから! ね?」


「ん。良かった」


「ほっ」と胸を撫で下ろすペルルは、ダラけているノエルを腕の中に引っ張り込む。彼女は柔らかい頬に自分の頬を擦りつけながら、近づいてくる陸を恨みがましく睨みつけた。





 砂浜に立つ一人の女。そわそわと左右に揺れ、頻りに髪を弄るその姿は、まるで恋人を待つ無垢な乙女のようで。


「セト様、東条様がお見えですわ」


「にゃふふっ、いつ見てもカッコいいにゃぁ♡ 傷も増えてて、凄い……エッチだにゃぁ〜♡」


「……」「……」


 黒いガラベーヤを身に纏うセトの数歩後ろで、ジャガーの獣人が苦笑し、アヌビスの獣人が溜息を吐く。


「最初は何て声かけたらいいかにゃ〜? やっぱりお疲れ様、あ・な・た♡ かにゃ? ねぇヴィーネ?」


「わたくしなら、とても恐ろしくてそのようなことは口にできませんわ。無難に労ってはいかがかと」


「でもぉ、それはヴィーネが嫌われてるからでしょ? 僕は東条きゅんと一夜を共にした仲なんだよ? 一緒にされたら困るにゃ〜」


「いくらセト様と言えど、聞き捨てなりませんわ。東条様とノエル様のことなら、わたくしに一日の長がありましてよ?」


「ほぉ〜? この僕と張り合おうって言うのかい? 東条きゅんの強さに追いついて、ベッドの隣を許されたこの僕と?」


「許されたって、セト様が勝手に潜り込んだだけではありませんか」


「うるさいにゃ」


「セト様は受けたことがないでしょう? 裸にひん剥かれた挙句、半日以上面白半分でくすぐられ続ける、あの地獄のような辱めを」


「はにゃ⁉︎ おいヴィーネ何にゃそれ⁉︎ 僕知らないぞ! おいっ、詳しく教えろ! 教皇命令にゃ‼︎」


「ふふんっ」


「セト様、そんなことに教皇命令を使わないでください。貴公も煽るな、ダムナティオ枢機卿」


 随分と低い位置で言い争っている彼女達に、カシムは辟易とする。

 彼は遠方から近づいてくる大きな背鰭を眺めながら、お願いだから早く来てくれ、と心の中で呟いた。






 オルカの背中から飛び降りた東条を、セトが両手を広げて迎える。


「おかえりっ♪ あ・な・tぷぎッ――」


 セトの顔面に着地した東条は、砂浜にめり込んだ彼女の頭部を引きずりだす。

 踏まれてグチャグチャになった顔がドロドロと蠢き、元の綺麗なセトの笑顔に戻った。


「いきなり酷いにゃw」


「俺をそう呼んでいいのは、世界に三人だけなんだよ」


「今のところは、ね♪」


「未来永劫、な」


 抱きついてきそうなセトを放り投げた東条は、後ろで待機している二人に「よっ」と手を振る。


「ダムナっさんまで獣人化して、めっちゃ臨戦態勢じゃん」


「本日はセト様の護衛という名目でついてきましたの。お気を悪くしないでくださいまし」


「別に気にしないけど、まぁ、そりゃそうか」


 長年争ってきた総大将どうしが顔を合わせるのだ。見かけだけでも護衛は必要か。


 手を繋いで砂浜に着地したノエルとペルルに、セトがスキップで近づく。


「ノエルたんおかえり♪ ペルルたんもお久〜w」


「ん」「……チッ」


「まさかあんなに強情だったペルルたんが、たった数日で落とされちゃうなんてね〜。でも分かるよ〜東条きゅんカッコいいもんね?」


「は? 誰が、誰に落とされたって?」


「僕があんなに仲良くなろうって言っても、見向きすらしなかったくせに〜。寝取られるってこういう気分なのかn――」


 ペルルが指を振った瞬間、セトの頭が破裂する。本日二度目の顔面破壊。

 首から泥を吹き出す様を見て、しかし護衛二人は微動だにしない。絶対的信頼故か、はたまた一度痛い目にでも遭っておけという部下なりの忠言か。恐らく両方。


 生み出された魚群がセトの残骸を貪り食う横で、ペルルは名残惜しそうにノエルの両手を取る。


「ノエル、やっぱり私と一緒に暮らさない? 絶対不便はさせなっ」


 ぴとっ、とペルルの唇が指で塞がれる。


「ノエルは旅人。一緒には暮らせない」


「……」


 下を向きそうになったペルルの頬を、ノエルが無理やり持ち上げる。


「いつでも会いに来ていいし、いつでも会いにいく。悲しむことない」


「……ほんと? 会いに行っていい?」


「ん。今度はノエルが地上案内すぅっ」


 ノエルに飛びついたペルルが、自分より少しだけ小さい体をギュゥ〜っと目一杯抱きしめる。


「ぁうぁうぁう」


 ペルルはぷにぷにとした柔らかい頬に自分の頬を擦り合わせ、ほんのりと甘い花の香りのする頭髪に鼻を埋めてくんかくんかする。

 自分と同じ色の肌は、自分よりも少しひんやりとしている。これ以上強く抱きしめたら折れてしまいそうな華奢な腰、小ぶりなお尻、すべすべな肌、美味しい耳たぶ。


「ペルル、くすぐったい」


「あと少し、もうちょっとだけ」


「うぅ」


 ぷにぷにの耳たぶから口を離したペルルは、満足気な表情でよだれを拭う。

 反対にしゃぶり尽くされたノエルは、(~_~)顔で東条の元へと戻っていく。


 東条はケラケラと笑いながら、乱れたノエルの髪を撫でて直した。


「ハハハッ、独りよがりなスキンシップは嫌われるぜ?」


「き、嫌われないわよ! ね、ノエル?」


「……ん」


「ほら!」


 さすが、これでこそ箱入り女王だ。


「まぁ見てる分には眼福だからな。どんどんやってくれ」


「ふんっ、その油断が命取りよ! 私にノエルを取られて吠え面かきなさい!」


「面白いよな〜お前」


「うっざ! っ撫でるな‼︎」


 手をはたかれた東条は、頃合いか、とセトに目を向ける。

 魚群を泥で呑み込んだセトも、東条の視線に気づいて「よっこらせ」と立ち上がる。


「お前が馬鹿なこと言うから言うの遅れたけど、来てくれてありがとな」


「ニャハハっ。水臭いにゃ〜、僕達の仲じゃないか♪ 呼ばれたらいつでもどこでも、あなたのそばに♡」


「お前と言いダムナっさんと言い、廻星教は都合良くて助かる」


「なっ、わたくしのことをそんな風に思っていたんですの⁉︎」


「嘘じゃん嘘じゃん。俺らダムナっさんのこと大好きだからさ、つい弄りたくなっちゃうのよ。なぁノエル?」


「ん。ヴィーネは弄られて輝く。可愛い」


「え、あ、そ、そうですか。……ンフフ」


((チョッロ))


 頬を染めるジャガーに、セトは嫉妬混じりの軽蔑を向ける。


「え、僕あれと同類なの?」


「いや? 従順さと精神衛生的に、ダムナっさんの方が百歩くらいリードしてるぞ」


「にゃ⁉︎」


 絶望するセトを他所に、東条とノエルはリュックを背負う。


「おい、いいからさっさと転移させてくれ。そのために来たんだろ?」


「さすがに酷すぎにゃい⁉︎ 東条きゅんのためにオシャレもしてきたのに!」


「……その痴女みたいな服がか?」


 裸の上に黒くてカッコいい布を羽織っただけのような服装に、東条は首を捻る。


「俺好みではあるか」


「だしょ!」


「分ぁったから、好感度一上げてやるから、さっさと泥出してくれ」


「やった♪」


 出てきた泥ワープを前に、東条は顰めっ面のペルルと好々爺然としたアルバに振り返る。


「んじゃ、またな」


「……」


「あい、またいつでも遊びに来い。お嬢も待っておるからのぅ」


「待ってないわよ!」


 オルカを蹴るペルルに、ノエルが手を振る。


「バイバイ、ペルル」


「っ……うん、バイバイ! 絶対会いに行くからね!」


「ん」


 東条は最後、この場で唯一真面目に仕事をこなしていたカシムに軽く別れを告げ、泥ワープを潜った。


 カラッとした暑さから、一気に熱気の質が変わる。

 肌に張り付くような、水分量の多い暑さ。

 うるさいくらいの蝉の声と、木々と雨が紡ぐ日本特有の夏の香り。


 見慣れた広い庭には、二人の帰りを待つ家族が勢揃いしていた。


「お帰りなさい、あなた」


「おう、ただいま」


 紗命と笑い合う東条に、灰音が飛びつく。


「おっか〜えり!」


「たっだいま!」


 抱き合いグルグルと回った灰音は、地面に降りてノエルを抱き上げる。


「ノエルもおかえり!」


「ただいまぁ〜〜〜」


 グルグルと回る灰音とノエル。

 東条から荷物を受け取る紗命。

 ジッと睨みつけてくるネロとプニル。

 スーツ姿の繭野と、その後ろに隠れているアリス。


 そんな微笑ましい光景を温かい目で眺めていたセトが、東条家の庭に一歩踏み出そうとした瞬間。


「わにゃっ」


 セトの足元に毒の棘が突き立った。


 にっこりと微笑む紗命が、一歩踏み出し頭を下げる。


「夫を送ってくださって、おおきに。お茶でも出したいところやけど、夫も疲れていると思うさかい、今日のところはお引き取り願えるやろか?」


「えー僕も皆と仲良くしたいのにー! 紗命ちゃんだって、一緒に恋バナした仲じゃ〜んw」


「……」


「だからさ、今ままでのことは水に流してさっ、また皆で」


「セトはん?」


「ん?」


 花が咲くように笑った紗命が、ゆっくりと上げた親指を下に向けた。


「死ねどす」


 瞬間劇毒の濁流が泥ワープに流れ込み、セトをビーチへと押し返す。


「ハイ死ねどすゥ‼︎」


 同時に跳躍していた灰音が、踵落としで泥ワープを爆散させた。

 追撃とばかりにネロが火炎放射で飛び散った泥を焼き払い、逃げようと蠢く泥をプニルが踏み潰す。

 ホースを持って消火活動を始める繭野とアリス。

 轟々と燃え盛る火炎に、けたたましい火災報知器が鳴り響く。


「あぁ、これでこそ我が家だなぁ」


「うるさ」


 ただでさえ蒸し暑い夏空の下、東条とノエルは汗を滲ませ笑い合った。


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