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Real~Beginning of the unreal〜  作者: 美味いもん食いてぇ
第四章〜Marine snow〜

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「……どうぞ、ペルル様」


「う、うん」


 晩餐の間に用意された、豪勢な深海料理の数々。

 長テーブルに座るのは、東条、ガブリエル、シャルル、ラファの人間組と、ノエル、ペルル、オルカ、ベヒモスの人外組。


 その脇にずらりと並ぶ、アトランティス中の料理人達。

 一様に緊張した彼ら彼女らの視線の先には、席についたペルルと、彼女の前に料理をサーブする料理長の姿が。


 今まで一度たりとも、ペルルが料理と名のついた物に手をつけたことはなかった。彼女が自然食主義者であることは、アトランティスの常識の一つである。

 故に、料理人達は今、自らの女王陛下の一挙手一投足に注目していた。


 ペルルが自身の前に置かれた銀色のナイフとフォークを持ち、喉を鳴らす。

 彼女はただ唾を飲み込んだわけではない。緊張と期待、そして覚悟と、貫いてきた己のプライドを飲み込んだのだ。


「……じゃ、じゃあ、食べるわよ」


「は、はいっ……」


「「「「(ごくり)」」」」


 緊張感の漂う晩餐の間に、カチャカチャとぎこちなく食器を扱う音が響く。


 塩のみで味付けされた、深海牛のミディアムレアステーキ。ギコギコはしません。ナイフが肉に食い込んだ瞬間、まるでバターのようにスッと切れる。


 金色の脂を滴らせる一切れを、ペルルは一思いに頬張った。

 と同時に彼女の動きが止まる。瞳孔が開き、ついでに心臓も止まる。


「…………ッ⁉︎ (あ、危なかったわ。ちょっと死んじゃったけど、バレてないわよね?)……コホン」


 生き返ったペルルは、一つ咳払いをして、銀食器を手元に置く。


 一口だけ食べて食器を手放したその姿を見て、料理人達は俯き唇を噛む。

 自分達では、女王の胃袋を満足させられなかった。その後悔と自責に憤死しそうになっていた時、晩餐の間に控えめな拍手が響いた。


 死んだような顔を上げた料理長と、少しだけ照れながら手を叩くペルルの目が合う。


「……ペルル様?」


「あっ、天晴れよ!」


 料理人全員の目が点になる。


「……え?」


「だーかーら! 死ぬほど美味しかったわよ! 私が悪かったわよ!」


 一拍の沈黙。からの大歓声。料理人達が号泣しながらコック帽をぶん投げ、互いに抱き合い雄叫びを上げる。

「うるさいわよ⁉︎ 分かったから! にゅあ⁉︎ ちょっ、バカ⁉︎ 下ろしなさいって⁉︎」などと叫びながら胴上げされているペルルを眺めながら、東条とノエルは未知の料理に舌鼓を打つ。


「うまっ。微笑ましいな。うまこれ」


「んま。ん。うまうま」


「全部見た目エグいけど。何のどの部位なんだこれ」


「んー、分かんない。臓物?」


 緑色のソーセージっぽい何かをパリッポリッと食べているノエルの横で、東条はカラフルな寿司を頬張る。

 寿司過激派の自分からしても、深海寿司のレベルはとても高いと言えた。流石日本米の完全再現に成功しただけある。この美味さは、日本の食べログ星5寿司屋に匹敵する。絶望的に色味が人間に合っていないだけで。




 ラファが餃子的何かを頬張り、両頬に手を当てながら噛み締める。

 その口の周りをシャルルが拭き、同じ物を食べ進める。


「……美味しいです。これは何ですか?」


「そうですね。見た目的に餃子でしょうか? 色はオレンジ色ですが。次はこれを食べてみましょう」


「……わぁ。これも美味しいです。食べたことない味です。スープですか?」


「これは、……何でしょう。ほっとする味ですね」


「これ豚汁。日本のソウルフード」


 ノエルにいきなり話しかけられ、シャルルの肩がほんの少しだけ跳ねる。


「おぉ、そうなんですか。ありがとうございます」


「……ノエルさんですか?」


「ん。よろ」


「……よろしくお願いします。これ美味しいですよ。あげます」


「ん。じゃあこれあげる」


 独特なコミュニケーションをする女子二人を見て、東条とシャルルも目を合わせる。


「(ペコリ)」

「(ペコリ)」


 シャルルは怖くて、東条は警戒して、男二人の距離が近づくことはなし。


「……シャルルさんシャルルさん、ノエルさんは良い方です」


「みたいですね」


「……まったく、シャルルさんも皆さんと仲良くしてください。ほら、握手しにいきましょう」


「僕が一番やってはいけないファーストコンタクトですね。僕に死ねって言ってます?」


「……言っていないですよ」


「そこは即答してほしかったですね」


「……シャルルさん」


「はい?」


「甘い物が欲しいです」


「はいはい」




 大皿からスイーツ的何かを取り分けるシャルルの、テーブルを挟んで正面側。

 コース料理を食べ終わったガブリエルが、副料理長と談笑しながらメモのページを捲る。


「前菜はアイナメの昆布締めだよね。でもあのジュレ、あの風味はどうやって出しているんだい? 凄い軽くて、なのに味に奥行きがあった」


「ジュレは深海性バチルス由来の乳酸菌で発酵させています。ゼラチンの分解と再構築を行うことで、口内温度で解けるよう仕込みました」


「たはぁ、なるほどね! あの滑らかさはそこか〜。あとタコの低温コンフィ、あの粘質を扱える料理人はそういないよ!」


「ありがとうございます。タコは高温調理だとゼラチン質がバラけてしまうので、四十八度の真空調理で八時間コンフィに。周囲の泡は、深海プランクトン由来のエミュルションで軽さを加えました」


「テクスチャの制御が完璧だったよ。噛むほどに海の記憶が広がる、まさに深海料理って感じ!」


「ガブリエーレさんにそう言っていただけると、料理人になった甲斐がありますね」


「そう言ってくれるのは嬉しいけどさ、まさかこんな海の底まで俺っちの名が轟いてるとは思わんでしょ?」


「料理人でガブリエーレさんの動画を見ていない人はいないですよ? あ、サイン貰えます?」


「もちもち」


 ガブリエルは渡された色紙にサインを書きながら、三本目の腕を生やしてメモ帳を捲る。


「で話戻るけど、深海トリュフのスープ・ド・ポワソンについて。あのトリュフ、本来致死性の猛毒を溜める種類だよね? どうやって毒抜きしたの?」


「よく知っていますね。あれはカイロモナス・アビスティスという熱水噴出孔付近に生息する菌類の一種です。

 彼らは受けたストレスを毒に変換する特殊な菌細胞を持っているのです。通常は現地でしか採れませんが、我々は海底ドームの培養施設での無毒化と人工栽培に成功しました。アデノシン系香気成分が強く、熱を加えると香ばしさが出るのですよ」


「はぇ〜、後で見学できる?」


「勿論」


「ありがと! はいサイン」


「ありがとうございます。家宝にします」


「ギャハっ、大袈裟。あれだけの香りの立ち上がりを、他の食材と調和させて活かすのは至難の業だよね。ベースの出汁は?」


「深海魚デルギリアのあらと、イセエビの甲殻を合わせて十二時間煮込みました」


「ギャハハッ、デルギリアって危険度S級モンスターだよね? それを魚扱いかぁ」


「勿論我々だけでは狩れませんよ。たまに縄張りを超えて喧嘩を仕掛けてくるので、軍隊が狩ってきてくれるのです。ここでは高級魚ですよ」


「地上では数十倍の値段が付くだろうね」


 ガブリエルはメモ帳を閉じ、紫色のシャンパンで喉を潤す。


「……素材も技術も、文句の付け所がない。地上の料理を元にしているから共通点も多いし、すんなりと受け入れられる。でも調理法やアプローチの仕方が全く異なるから、未知ので溢れてる。いや〜本当に面白い。常識が覆った!」


「有り難きお言葉。ここでは水圧、光量、重金属濃度、生物構造に至るまで、全てが地上とは違う環境だからこそ、本能に訴える原始の味覚を再現することができるのです。

 そしてその新たな美食の道を追求することが、我々深海キュイジニエの誇りなのです」


 ガブリエルは嬉しそうな副料理長にシャンパングラスを渡し、乾杯する。


「今カメラを持っていないのが悔やまれるね。深化してどっかに走っていっちゃったし、次はリードでもつけてくるよ」


「我々としても、地上のキュイジニエとコンタクトを取ってみたいと常々思っているのです。そこでなのですが、私からもいくつか質問よろしいでしょうか?」


「もち。何でも聞いて!」


「ノエル様やお客様を見ていて気づきました。深海料理の見た目が、どうやら地上の方々には好評ではないらしく」


「あ〜……まぁ、俺っちは好きだけどね」


「地上の料理について、色々とご教示いただきたい」




 思い思いの晩餐会を楽しむ、愛しの我が子達。ベヒモスは片頬に手を添えながら、糸のように細い目をふにゃふにゃと緩ませる。


「……はぁ〜。幸せ〜」


 ベヒモスの純白の頬は、ほんのりと薄桃色に染まっている。彼女専属のメイドがせこせこと動き回り、四十一本目のシャンパンを運んでくる。


「ぽーん!」と陽気に栓を開けるベヒモスを見て、隣に座っていたオルカが溜息を吐いた。


「水の君、まだ飲むのですかい?」


「ん〜? あらあら〜、オルカ君も飲みたいの〜? はいど〜〜ダメ〜! うふふふっ」


 ボトルを抱いて楽しそうに揺れているベヒモスを見て、オルカは何とも言えない顔になる。


「……もしかして、酔ってらっしゃるので?」


「うふふふっ、私が酔うわけないじゃな〜いのっ。あらっ! これ美味しいわ〜! 今までに飲んだことない味! ねぇねぇ、どうやって作っているの?」


 ベヒモスはグラスを揺らし、青白く発光するシャンパンをうっとりと見つめる。


 隣に控えていたソムリエが、話しかけてもらえて笑顔になる。


「流石ベヒモス様、お目が高い」


「うふふ〜」


「このルミエール・デ・ラビスは、アトランティス近海の深海でしか咲かない発光花、ラビス・ノクティルカのエキスを使った、幻のシャンパンでございます」


「あらあら、お花なのね〜。道理で私の口に合うわけだわ〜」


「水圧振動によって熟成することで、ワインと花の成分が滑らかに融合するのです。ライチのような爽やかな甘みの中に、仄かな潮の香りが重なり、グラスに注げば空気と反応して淡い光をたたえます。

 まさに海の結晶、ベヒモス様のために作られたと言っても過言ではないかと」


「あらあらあら〜、お上手なんだから〜もう! お土産用はある?」


「本来は持ち出し厳禁の品ですが、ベヒモス様のためならば用意させていただきます」


「まぁ、お優しい人! はいどうぞ」


【ママのお願い券】を一枚手渡されたソムリエは、深々とお辞儀して去っていく。


【ママのお願い券】とは、ベヒモスが手作りしている交換券のような物である。

 俗世から離れているベヒモスに、現金や貴金属の持ち合わせはない。しかし彼女は文化的なものが大好きなので、自身の存在価値を担保とした擬似的な紙幣を作り出したのだ。

 ベヒモスは当初ホイホイとこのママ券を配っていたが、日本国総理大臣の見美に怒られた結果、今は少しだけ配慮しているとはベヒモス談。


 ママ券保有国、及び保有者とその内訳は、ルルイエが十一枚。日本が九枚。ギリシャが七枚。テュポンが三枚。という、身内贔屓がすぎる現状となっている。

 下手すれば核に匹敵するママ券だが、そこは安心。国家間の揉め事や、今回のような事案にベヒモスが介入することはない。

 近海のゴミを一掃したり、大気汚染を解決したり、放射線に侵された土地を回復させたりなどなど、少しだけオーバースペックな肩叩き券、そんな感じの扱いである。


 いつの間にボトルを空にしていたベヒモスに苦笑し、オルカは特大サイズの骨付き肉を齧る。


「オルカ君」


「んぉ? はい?」


「君達は、これからどうしていくつもりなのかな?」


「そうですなぁ」


 骨をバリボリと食べながら、オルカは料理長の接待を受けているペルルを見つめる。


「……今回の大規模な侵攻で、世界は儂らの恐ろしさを知ったわけじゃ。つまり、これで対等。ようやく儂らも発言権を得たわけですな。主要大国には既にコンタクト済みですじゃ」


「うふふ、ペルルちゃん絶対そんなこと考えていなかったわよね?」


「カッカッカッ、お嬢のしたいことに、できるだけ意味を持たせる。それが儂らの仕事でもありますからのぅ」


「あの子は一度決めると、周りが見えなくなってしまうものね〜。そこが可愛いのだけど」


「間違いないですな。それと儂らがどう動くかは、人間共がどう動くかによりますな。これで調子に乗って攻めてくるようならば、今度は我が国の本軍を率いて、徹底的に人間共の生存区域を蹂躙しようと思っておりますよ。

 今回減らされた分の殆どは、意思の疎通もできない元人間ですから。今攻められても何の問題もありません故」


「まあ〜、またノエルちゃんが怒るかもしれないわよ?」


「どうですかな。今回の件で、ノエル様とお嬢の間には王以上の関係が芽生えましたじゃろう? 大義名分がこちらにあれば、ノエル様と敵対することはないと思いますぞ」


 好々爺然とした笑みを浮かべるオルカを、ベヒモスは少しだけ驚いたように見上げる。


「……あら、そこまで考えて?」


「開闢の王に加えて、儂の知る限り最強の選帝者と正面衝突しようってんじゃから、メリットがないと儂らもやってられませんて」


「オルカ君、結構な確率で死んでいたかもしれないのよ?」


「お嬢に友達ができるのなら、致し方なしですなぁ」


 ケラケラ大口を開けて笑うオルカを見つめながら、ベヒモスは嬉しそうに微笑んだ。


「……うふふ。オルカ君は、少しだけ東条君を見習った方が良いわね〜」


「と言いますと?」


「あの子は自分の価値をちゃ〜んと分かっているの。オルカ君は少し、自分を過小評価しすぎね〜。同じ眷属どうし、学べることもあると思うの」


 二人して食事中の東条を眺める。

 当の本人は未だ包帯グルグルの満身創痍だというのに、半ば気絶しながらノエルに「あーん」をしてもらっている。彼の中では、絶対安静よりもノエルの「あーん」が優先事項らしい。


「あらあら、甘えん坊さんね」


「……カッカッカ。あれを見習ったら、余計な物まで学んでしまいそうですな」




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