海の上にいる
ザザ……ン
ザザ……ン
床がきしむ音。
揺れる床。
聞きなれない、不思議な音が聞こえる。
意識が浮上してくると同時に、ひどい不快感を感じた。
のどが渇いていがらっぽくって、ケホケホと小さくせき込む。
いがらっぽさはマシになったけれど、代わりにほんのりと血の味を感じる。
もう、目隠しも猿ぐつわもされていない。
手足も自由になっている。
そろりと倒れた身を起こし、手を握って開いて、きちんと動くことを確認した。
その次に、薄暗い閉じられた空間で視線を巡らせ、手が届きそうにない上の方に小さな窓を見つける。頭も通りそうにない小窓の向こうに見えるのは夏の終わりが近いことを示す、太った黄色くなりかけた赤い三日月。
意識を奪われていた時間が長かったように感じるけれど、短くて三日。長くてもその倍程度の時間しかたっていないのだろう。
秋になるにはあと十八日はあったはずだし、月の赤みの強さから、完全な黄色に変わるには十日はかかる。
あと、三回だけほとんど水分しかない麦がゆがでたし。なので、たぶん三日だと思う。
ゆらゆら揺れる床の上、ほかにも人がいるみたい。小さくすすり泣く声と、わたしと同じようにせき込む音が聞こえた。
にぃに、心配してるだろうな……
痛むのどをさすろうとすると、首に巻きつく三つの首輪手が触れた。息苦しさの原因、その二である。
最初に目が覚めた時には着けられていたんだけど、スキル・魔法・魅了をそれぞれ発動しづらくする能力制御系の魔道具だと聞かされた。おかげで魔法が使いづらくなっていて、とてもとてもめんどくさい。
『フェリシアちゃん、今は大丈夫?』
《うにゃ》
かかさまからのご神託に、念話で答える。
念話だなんて言っても、そんなスキルがあるわけじゃないので頭の中で考えるだけなんだけど。
かかさまの話によると、今、わたしがいるのは海の上。
陸地からはだいぶ離れているので、おそらく眠らされている間に船に乗せられて移動中だろうとのことだった。攫われてから、目が覚めるとトイレに行かされ、薄い麦がゆ(睡眠薬入り)を飲まされるの繰り返し。逃げるすきなんて全くなかった。ずいぶんと手馴れていらっしゃる。
ことの発端は、数日前。
お宿の斜め裏にあった雑貨屋さんを覗きに行こうとしたことが今でも悔やまれる。
だってね、それくらいの距離ならピニャーシュさんが居なくても大丈夫だと思ったんだもの……。思い立ったときには、ちょうど見当たらなかったし。
にぃにも含めて、ものすごく心配かけているようなので申し訳なくて仕方ない。
四回目の挑戦で、やっとのこと水を出すことに成功。手のひらに少しづつ生成される水を舐めつつ、かかさまの言葉に耳を傾ける。
にぃににわたしが攫われたことに気づいたのは、思ったよりも早かった。
攫われてから三〇分くらいで気づいて、すぐに探し回ったそうなんだけど、同じ時間帯に貧民街の子供たちが攫われる事件が起きていたらしい。
そいつらが怪しいと思い追いかけようとしたものの、人さらいが逃げたと思われる方向はバラバラだった。
その挙句、よそ者のにぃにたちはむしろ人さらい側の人間だと疑われて、今もまだ拘束中。
土地神さま経由で武神さまが神殿に、鉱山で神子が拘束していることを抗議したそうで……
今は大神官さまが鉱山にに向かっているから、近日中に拘束は解かれる予定っぽい。
あ、土地神さまは別名・国神さまのこと。
正確に言うと、大神殿を中心に決まった範囲の魔素管理を行っている半神半人の神様の卵なのだそう。神様にも見習い制度があるんだなと、ちょっとビックリ。
『神子はさらにその見習いだよ』 とのかかさまのお言葉に、さらにビックリ。
他人事じゃない模様です。
にぃにの現状を理解したところで、次は自分の状況確認だね。
現在、わたしはお船で海の上を移動中。お仲間は――ひぃふぅみぃよぉ……全部で十四人。たぶん、男女の区別なしにお世辞にも広くない空間に閉じ込められている。いや、十四人も入っているんだから、そこそこ広い部屋なのかも?
奴隷船だと思われるこの船の移動先は北寄りだそうで、ありがたい(?)ことに、元々行くつもりのトニエ神国方面だ。
どこに出荷するつもりかは知らないけれど、そっちの方に奴隷売買が盛んな国があるというのはあまり嬉しくないよね。
「チビども、餌の時間だ」
ドカドカと乱暴な足音が近づいてきて、ダミ声が薄闇の中に響いた。
どうやら、人さらいさんの一人が現れた模様なので、かかさまとのご相談は一時中断です。




