口には出せない
なんとなく分かっていたことだけれども、弟は結局、【加護の儀】で革細工スキルを授かることはなかった。
代わりに授かったのは皮なめしスキルで、素質ランクはF。
まぁまぁ悪くない素質で、父さんも僕もホッと一安心。家業に役立つあたりも高ポイントだ。
弟は早速、知り合いのなめし職人の元へ修行に出るようになった。
僕はと言えば、交代する予定だった弟が修行に出ているので相変わらず【駆け出しマーケット】で露店を開く日々を続けている。
「なあなあ兄ちゃん。コレとその袋、交換できない?」
まだまだ子供っぽさが抜けない少年が差し出してきたのは、解体したばかりだと思われるびしょ濡れの生皮一枚。ウノピョンのモノだと思われるソレは、交換を持ち掛けられた肩掛けカバンに使った資材の量には全く足りない。
「その皮と交換できるのはこのへんかな。ご希望のものと交換するなら、同等品の皮が四枚は必要だね」
「うええ……あと三枚も?」
最近になって【駆け出しマーケット】内に限り、物々交換制度が導入された。
交換品は食べ物でも素材でも良いけれど、売り手が欲しいものに限られる。その上で互いの合意が必要なんだけど、ここで案外引っかかることが多い。
売り手側は【駆け出しマーケット】内で金額の指定を受けているから、そのラインを超える取引はしないんだけど――買う側が無理な値引きを試みてくるんだよね。見習い世代にはそれほどいないけど、見習いを卒業したくらいの世代に多いのがすごく迷惑。
「現金との合算も可能だけど」
「今日の食い扶持が……」
「分納&お取り置きって手もあるよ」
「えっ、アリなんですか!?」
「ウチではアリです。というか、生皮だと腐っちゃうし」
細長い革の端切れに彼の名前を刻み、右上に必要納品数を、右下に『/4』と刻んでからその左に小さな穴をひとつ開ける。それから、刻んだ名前が上下半分になるように二つに分けて、左側に切り込みを入れた。
「上半分を渡すから手首に巻いといて。下半分は僕の方の控えとしてお取り置きするカバンに付けておくから。皮が持ち込まれるたびに穴を増やすから、これが四つになったらカバンのお引渡しってことで」
「はいっ! がんばります!」
メチャクチャいい返事を返して、弟と同じくらいの年齢の少年は駆け出して行った。
「おう、オレも納品に来たぞー」
入れ替わるようにやってきたのは羊人のゲイツさん。その手には、まだ熱そうな包み焼きを持っている。
「うわぁ、待ってました!」
「今回で支払いは満了だったな」
受け取ったばかりの包み焼きを口に突っ込み、その熱さに涙を浮かべつつうんうん頷く。
「ふょっとまっへぇ」
「猫人のお前さんにはまだ熱いだろうに……そんなに腹が減ってたか。すまんな、遅くなって」
心配してくれるゲイツさんに頷き返しつつ、水を一口流し込んでから頼まれていた品を取り出した。
「はい、おニューの革手袋。ご注文通り、指先は厚めで、ほかの部分は薄く作ってあります」
サイズはつけ外しが楽なようにちょっと緩めで、指先だけ暑いのは鍋つかみ代わりに使われることが分かり切っているから。
「それにしても、【駆け出しマーケット】もだいぶ雰囲気が変わったな」
「あのふたりが居たのって、一週間にも満たない期間だったのにずいぶんと影響力がありましたね」
あのふたり――にぃにさんとフェリシアちゃんが残していった影響は大きかった。
まず、物々交換なんてフェリシアちゃんが言い出すまでは誰もやろうとしなかった。
だって、交換品の価値をだれが決めるのかって考えたら面倒だから。誰だって、交換を持ち掛ける側が持ってきたゴミを、自分の商品と交換なんてしたくない。
だけど彼女がやったのは、自分が持ち出す品の市場価格を示した上での交換だった。しかも、こちらが損するような交換を持ち掛けたりは一切しない。
彼女が持ち出してきたペシェの実は、本人いわく『市場価格十ラーメ』だそうだけれども、実際に市場で下取りを頼んだらなんと十五ラーメの値が付いた。
それを指摘したら、『わたしが公言したのは生産地価格だよ』と当たり前の顔して返してきたから、本人も分かっていたのだと思う。
彼女がいなくなってしばらくしてから、【駆け出しマーケット】仲間のあいだで物々交換がひっそりと流行りだし、今ではルールもきちんと決まり大きなもめごともなく運用されるようにまでなった。
それから、見習い連中のなかで廃品の再利用について見直され始めたのはにぃにさんの功績だ。
スイスイと涼しい顔で、錆びだらけのナイフを使用可能な状態にまで再生する彼の技術は、金属製品を扱う連中のなかですごい話題になっていたらしい。
今は、自分たちの手でその神業を再現しようと励んだ成果が【駆け出しマーケット】の賑わす一要素となっている。
「フェリシアちゃんをリスペクトして、魔石師や魔道具師の卵も増えたって言うしな」
「彼女、毎日二セットくらいは売ってましたしね」
その売り上げは、一日に三百ラーメ越え。
低ランクの魔道具でも、売り方を考えれば商売になることを示して見せたのだ。
授かったスキルのランクが低くて実用できないと、魔石師や魔道具師の道をあきらめた人たちも励むことにしたらしい。
「彼女の口ぶりだと、Dランク以下の魔道具はもっと値下げが可能らしいですよ」
「ほぉ~ん?」
「魔石師の卵たちに期待、ですね」
あまり品の動かなかった【駆け出しマーケット】に生まれた新しい動きに、ちょっとだけ明るい未来を感じつつ口元を緩める。
「――だな。お前さんも、そろそろ【駆け出しマーケット】を卒業して普通の露店に移動したらどうだ? あっちなら、ランク制限はなしだぞ」
「そうですねぇ、せめて【駆け出しマーケット】ランクの品が半分に減ってから考えます」
件の彼女が買っていったから、Gランク品はすでにない。
自作の品も、Fランクになるものはだいぶ減ってEランク品が増えてきた。そろそろ売り場を変える頃合いなのは分かっているのだけれども――
「もうちょっと、この空気感を楽しみたい気分なので」
短い間だったけれど、一緒に過ごした時間にもう少し浸っていたいなんて、とてもじゃないけど口には出せなかった。




