ヌンツィオさんの願い事
トリーはにぃににお説教を三周聞かせてから、明日の約束をして帰っていった。
「フェリシアはいいお友達を持ったね」
手を振り帰路につく彼女を見送りつつ、にぃにが小さく呟く。
「にぃにって、女の子ダメじゃなかったっけ?」
「それは、変な色目を使ってくる人限定。フェリシアより年下の子にそういう目で見てくる子はいないからね」
……色目、とは?
よく分からなかったけれど、分かったふりして聞き流す。とりあえず、トリーが遊びに来ても大丈夫ならば問題ない。
「ところでフェリシア?」
「うにゃ」
「今日はおんぶの日なの?」
トリーのお説教が終わったおかげで揺れなくなった背中に張り付き直したのは、そうしているとなんとなく落ち着くからなんだけど……
「…………だめ?」
「ダメじゃないけど、フェリシアの顔が見えないのがさみしいなぁ」
「にぃには、しばらくガマンしてください」
たくさんたくさん、わたしに心配かけたバツということで。
ギュウっと首に回した腕に力を込めて、落ちないように足も締め付ける。ちゃんと、にぃにがここにいるんだなと再認識して、ホッと息を吐く。にぃにが落っこちないようにおしりを支えてくれたから、さらに安心。
「あの子の言う通り、ダメなにぃにでごめん」
「否定できない」
「事実だからねぇ」
あははと乾いた声で笑いつつ、にぃにの背中がゆらゆら揺れる。
これじゃあまるで、赤ちゃんを寝かしつけようとしてるみたいだと抗議の声を上げようとしたはずなのに、口から出たのは大きなあくび。
「ちゃんとにぃにがそばにいるから、ゆっくりお眠り。フェリシア」
「うにゃ……」
そういや、ちょっぴり眠いかも。
かるぅく体を揺すられながら目を閉じると、誰かが背中をポンポン叩く。コレはアレですね。
赤ちゃんの寝かしつけ。
わたし、ソコまで小さいさんじゃないから寝かしつけなくて大丈夫ですよ?
☆★☆★☆★☆★
あくる日の朝。
予告通りに現れたトリーに連れられ、にぃにと揃って神殿に向かう。あ、別にわたしは呼ばれてないんですよ? トリーが連れてくるように言われてるのはにぃにだけなので。わたしは離れるとパニクる可能性があるからにぃにの背中に引っ付いてるだけです。
「フェリシアの引っ付き虫、治るのかしら……」
「帰ってきた日よりはマシになってる。時間経過で良くなっていくんじゃないかな」
「そう。それなら良いんだけど、あなたはもっと反省しなさい」
「……ハイ」
並んでいるのを見ると、トリーとにぃにの身長差は頭ひとつ分。
改めて、トリーは背が高いことを認識しましたよ、わたしは。わたしと並ぶと、トリーのほうが頭ひとつ分高いもんね。同い年なのにこの身長差、謎すぎる。
「あたし、リーシャのことが心配。こんなのといたら、元気になってもすぐひどい目に合わされそう」
……否定しきれないね。
『こんなの』呼ばわりされてショックを受けてるにぃにの頭を撫でつつ、心の中で独りごちる。
現状、離れるという選択肢をとれないわたしが言うのもなんだけど、にぃにはやる。
絶対に、また似たようなことをするはずだ。
その度に今回みたいになるとは限らないけど、精神安定上あんまりよろしくないのはたしかだよね。
そうこうするうちに神殿に到着し、狐巫女さまとヌンツィオさんの歓迎を受けた。
トリーは、【加護の儀】で魔石神さまの愛し子の位を授かったから丁寧な扱いを受けていて、なんだか居た堪れなそうな表情を浮かべてる。今まで敬う対象だった相手に敬われるって、絶対落ち着かないもんね。
頑張れ、トリー!
あ、ちなみに。
神子だと名乗っていないので『加護者かな?』って扱いになってるにぃにと、【加護の儀】前の子供扱いなわたしは普段通りですよ。
気持ち、にぃにへの態度がトリーへの対応を引きずってるのはご愛嬌ってやつだよね。
寄付代わりに持ってきたミルクパック入りのカゴを渡すとトリーたちとは別れて、ヌンツィオさんの後に続いて小神殿の奥にある小部屋に入る。
普段は寄り合いなんかで使ってる部屋なんだろう。
大きなテーブルの周りには、複数の椅子が並べられている。奥の椅子にヌンツィオさんが座り、対面の席をわたしとにぃにが勧められた。こっそりと暖炉が近い席なのは、タブン、ヌンツィオさんがにぃにに気を使ったんだろう。
「グラジオラスさま。わざわざ足労いただき、御礼申し上げます」
「いいよ。それより、要件は?」
「先日、グラジオラスさまが発見なさった【邪神の傷跡】の件でお願いがあります」
「【邪神の傷跡】の討伐でしょう?」
にぃにの言葉に、一瞬、眼の前が真っ暗になる。
「はい。お伺いした内容からして、グラジオラスさまと従者の三人で十分対処可能なようなので、妹君の不安症を改善するためにも、ぜひお願いいたしたいのです」
「不安症……たしかにね。実際の現場を見せたほうが落ち着くかも」
「知らないというのは不安を増大させますからね」
にぃにとヌンツィオさんが頷きあう。わたしは尻尾の毛がブワッと逆立つのを感じながら、ふたりのことをじっと見つめた。




