邪神の傷跡
魔獣領域に入って二日目、魔石の生成に夢中になっているうちに夕方になってしまっていた日の晩。
にぃにとロイさんは帰ってこなかった。
心配で仕方がなかったけれど、にぃにだって武神様から賜った【鍛冶場】がある。道に迷ったとしても、安全に夜明かしを出来る場所があるなら大丈夫だろうと自分に言い聞かせてなんとか眠った。
翌日の朝になってかかさまから、『【邪神の傷跡】を発見したため、帰還が遅くなる』という伝言が届いて、一瞬気が遠くなもののなんとか踏みとどまってピニャーシュさんにご報告。
「遅くなるということは、邪神の傷跡に入ったということじゃな」
「どうしよう……。わた、わた、わたし、わたしが、わがまま言ったから……」
「いやいや、ただの巡り合わせじゃろうて。フェリシア嬢が責任を感じることではあるまい」
「でも――」
【邪神の傷跡】というのは、創世四神の皆さまが創造されたこの世界ノーチェ・ブエナを横取りしに来た邪神の残滓だと言われている。
多くの場合、洞窟型の迷宮として地上に現れるソレの最奥には邪神が封印されてるらしい。
【邪神の傷跡】内部には、邪に堕ちた人族や獣の住処となっている。
迷い込んできた魔獣や人属などの侵入者を屠り喰らうことによって、邪神は力を回復させることができるらしい。当然のことながら、放置しておいて邪神が復活したのなら、再びこの世界を奪わんと暴れまわることになるのだろう。
「にぃにたち、間違いなく中に入ってるよね!?」
「まあ、そうじゃろうな」
「――っ!」
焦るわたしと対象的にのんびりがすぎるピニャーシュさんの態度に、思わず言葉に詰まる。
「とりあえず、グラ坊たちが戻らぬ場合でも予定通りの日程で村に戻ることにしよう」
「にぃにたちのこと、助けに行かなきゃっ」
「フェリシア嬢が行くと、足手まといにしかならなかろうに。グラ坊とロイならば、案ずることはない。ふたりとも、フェリシア嬢が思うよりずっと強いからの」
でも、でも。
ソレを言うなら、オトンだって強くって、加護者でもあったから、そうそう病気にだってかからないはずだった。
オカンもそうだ。
オトンみたいに腕っぷしは強くなかったけれど、やっぱりご加護を授かっていて、普通の人よりも病気には強かったはず。
なのに、ふたりとも熱病にかかって死んでしまった。あっさりと。
だったら、にぃには?
武神さまという最高位の神様のご加護を授かっているけれど、聞いた限りでは実戦経験はほとんどない。今は、これまでの修練の成果を実践に落とし込んでる真っ最中だといっていた。
それなのに、それなのに……
「にぃに、まだ弱いのに、邪神の傷跡に入るなんてっ! にぃにが死んじゃうっ!!」
だってだって、私でも知ってるもん。
邪神の傷跡に巣食う邪獣はとっても強くて、並の狩人では歯が立たないんだって。今のにぃにじゃ、自殺しに行くようなものでしょう?
「にぃにが……、にぃにまで死んじゃったら、わた、わた、わ、たし、どどどどどどうすれば……」
言葉にしようとすればするほど、嫌な想像がどんどん大きく膨らんで焦燥感で居ても立っても居られない気持ちが爆発しそう。
なにか武器になるもの、にぃにを助けるために必要になりそうなものを求めてあたりを見回すと、突然目の前が暗くなる。
「っ!?」
「落ち着くように言うとるはずじゃ、フェリシア嬢」
声に遅れて背中と頭にかかる圧迫感から、ピニャーシュさんに抱きすくめられたことを理解した。
「グラ坊は大丈夫じゃ。フェリシア嬢が思うよりずっと強いからのぅ」
わたしの頭を胸に押し付けるようにして、背中をぽんぽんと優しく叩く。
まるで聞き分けの悪い幼子をさとし、慰めているかのような行動だ。そんな彼の行動より何よりも、聞こえてくる心臓の鼓動と、ソコに混ざる喘鳴音で、少しだけ頭が冷えた。
魔桔腫――長年にわたる辺境での生活によって生じる、肺の結晶化。
結晶化により肥大した肺は十分な空気を体内に取り込むことが出来なくて、常に感じる息苦しさに苦しめられる病気だ。それに、呼吸がままならないということは、健康だった頃のように身体を動かすこともできないということでもある。
――ピニャーシュさんを、巻き込んじゃ、ダメだ。
冷静になるのと同時に、かかさまの声が聞こえてきた。
『ああ、声が届く程度には冷静になったみたいだね』
ホッとしたような声色に、かかさまをいたずらに心配させてしまったことを悟り青くなる。
あと、にぃにが邪神の傷跡に言ったという伝言でお話が終わっていなかった可能性にも気づく。
だって、わたしの頭が少し冷えて、声が届くのを待っていたというのはそういうことだよね?




