にぃにとの再会
腹が立つことに、乳母車を押しながら半日以上かけてえっちらおっちら歩いた道は、荷物がなければあっという間に戻れる程度の距離だった。
あんまりにも短時間で村に戻れたものだから、乳母車を持ち出すことを思いついた過去の自分に一言モノ申したい気分だよ。余分な荷物がなければ、今頃、お隣り村についてたはずっ。
ぷんすかぷんぷんぷんっ!
あ、そうそう。荷物はピニャーシュさんが背負ってくれた。
ピニャーシュさんも小柄な人なんだけど、まがりなりにも大人なのでわたしよりはましな状態で背負えたので。
焦げ臭いにおいが充満する中、どことなくオトンに似た男の子が小神殿の前で膝をついてぼんやりしていた。
その姿を見たピニャーシュさんが、荷物を下ろして走っていく。
彼がひと言かふた言何かを言うと、にぃにらしき人がバッとこっちに向き直る。
「フェリシア……?」
知らないお兄さんの声だ。
そんでもって、ちょっぴり震えている。
「うにゃ」
肯定すると、彼はふらりと上体が揺らして立ち上がった。
「ホントに?」
「うにゃうにゃ。フェリシアだよ」
にぃにがいたのは知っているし、名前はきちんと覚えてる。(ウソです。割とガッツリ忘れてた)
でも、どんな人だったのかは分からない。
イジメられた記憶はないから、普通?
可愛がってくれてたのかもしれないけど、特別扱いではなかったんじゃないかと思う。
なので、どういう反応をしたらいいか分からなくって、ただ名前を名乗り返した。
気が付いたら、にぃにはギャン泣きしながらわたしのことを抱きすくめてて。しゃくり上げながら謝罪の言葉を繰り返してた。「ごめん、早く帰ってこれなくて」「もっと早く帰ってくればよかった」「ひとりにして、ごめん」「フェリシアに僕の役目を押し付けてごめん」
そして、これからはずっと一緒にいると保証する言葉に、フッと体から力が抜けていく。
――そっか。
もう、ひとりで頑張らなくっていいんだ。
オトンもオカンも、村の大人もみーんないなくなってしまって、これからはわたし。ひとりで全部なんとかしなくっちゃダメなんだって思ってた。
でも、違うんだ。
にぃにが帰って来たから。
帰ってきて、くれたから。
にぃにも一緒。
一緒に悩んで、一緒に笑って、一緒に泣いていいんだ。
ホントはね、わたし、ずっとずっと怖かった。
わたしよりも小さいさんが。
みんなのジィジが。
あじさんやおばさんが。
おっきくて強かったクマのにぃにが。
オトンが倒れ、オカンも熱病に冒された。
バタバタと倒れていく人たちの中、わたしだけがずっと元気で。
わたしがなんとかしなくっちゃって思ったの。
だから、みんなを安心させなきゃと思って自分に嘘を吐いたんだ。
「大丈夫だよ」
大丈夫って、なにが?
「平気だよ」
平気じゃない。怖くてたまらないよ。
「お姉さんだもの」
加護の儀だってまだのチビだもの、ちっともお姉さんなんかじゃない。
でも――
「リーシャ、もう、お姉さんじゃなくてもいい……?」
「まだ、九歳でしょ。お姉さんになるのは早いよ」
でもね、にぃに。あと半年で、十歳になるんだよ?
ほんとは、もうすぐお姉さんの年齢だよね。
「リーシャ、もう、平気って言わなくてもいい……?」
「むしろ、こんな状態になってて平気な方がおかしいから」
「そっか……」
「そうだよ」
なら、きっと。
もう無理して笑わなくっても平気、だよね?
「じゃあ……そしたら、泣いても大丈夫……?」
「いいに決まってる!」
にぃにの力強く肯定する勢いに、ちょっぴり口元が緩む。
ついでに涙腺も。
「あのねぇ、にぃに」
「ん……」
涙がポロポロコロリと頬から落ちる。
のどがギュッと詰まって、うまく声が出てこない。
「あの、ね、にぃ、にぃ……」
「うん」
オトンにオカン、それから村のみんながどんどん熱病に倒れていって、ほんとはすごくすごくこわかったの。ひとり目を見送ったら、そこからはほんとうにあっという間だったよ。昨日までは元気だったひとが、翌々日には冷たくなってるの。加護者は病気になりづらいって言っていたのに、オトンもオカンも発症してしまって、心細くて仕方なくって、隠れて泣いた。ふたりとも必死に病魔と戦ったけど、看病の甲斐なく三日後には儚くなって――
「ごめん……」
「っ! にぃに、悪くないもんっ」
むしろ、病魔を焼き払った今、帰ってきてくれて良かったと思う。
でなきゃわたしは、帰ってきたばかりのにぃにまで失うことになってたかもしれない。




