ピニャーシュさん
今夜の宿は、案外すぐに見つかった。
わたしが何とかよじ登って出入りすることが出来そうな大きさの木のウロがソレ。ちょっぴり高い位置にあって、ランチュウみたいな小型の魔獣が入り込めないのがイイ。
ウロが大きすぎないし、ぶっとい木だから体の大きな魔獣に気づかれても安全そう。荷物も、ウロのちょっと上にある枝に引っ掛けておけば良さそうだ。
全財産入ってるからね。
荷物の確保は大事です。
乳母車を押していくのはちょっと厳しそうな場所だから、オトンのマジックバックを引きずらないように背負い、そこまで運ぶ。背負いひもは長すぎるけれど、短い距離ならなんとかなる。なんとかなるんですよ。でも、ずっとは無理ぷー。
寝床にする予定の場所に向かう道中で手ごろなツタも手に入れた。このツタをロープ代わりに、枝の上まで引っぱり上げる。
「ソレは“イエノキ”じゃ。寝床にすれば、二度と目覚めぬ」
その人は、荷物を引き上げて一息ついたところに現れた。
「……だあれ?」
見たことのない、兎人のちょっぴり小柄なおじさん。
腰のベルトに小さな袋と、刃の長めな短剣を差しただけの軽装だ。年齢は、オトンよりちょっと年上かも。
――旅人さん、だよね。
胸の奥がギュッとして、シッポの毛が逆立つ。
だって、わたし。
ちょっと前に村を訪れた旅人さんのお陰で、家族をみーんな失ったばかりだもの。警戒するのは当たり前だ。前回はたまたまわたしは無事だったけれど、今度はダメかも。そう思うと、とてもじゃないけど友好的になんてできない。
「ワシはピニャーシュ。王都からハズレ村に向かう途中じゃ。幼子は、なぜこのような場所に一人でおる?」
「ハズレ村なら、熱病で全滅したよ」
「熱病で……?」
兎人のおじさんは視線を落として小さな声でなにか呟くと、わたしを見上げて「娘、名は?」と、名前を聞いてきた。
「フェリシアです」
「なんということだ……」
王都から来たのだったら、この間の旅人さんとはちがうだろう。ちょっぴり警戒を緩めつつ答えると、兎人のピニャーシュさんは驚いたように長い耳を震わせた。
「フェリックス様の娘御のフェリシア嬢か」
「? おとんのこと、知ってるの?」
「フェリシア嬢の父君の古馴染みゆえ」
――なんか、聞いたことがあるかも。
たしか、にぃにが大神殿に行くことになったとき、おじさんがふたり一緒に王都に付き添ってくれたんだよね。たしか……そう。かたっぽがオトンのお師匠様だった兎人で、もうひとりは弟弟子の獅子人だったハズ。
「ということは、にぃにもご一緒?」
「グラ坊――グラジオラスとともに、王都から戻ってきたところじゃ」
「おおう……」
にぃにってば、なんてツイてない人なんだろう。よりにもよって、熱病で村が全滅した直後に帰ってくるなんて!
「手紙のお返事こないから、村のことなんて忘れちゃってるものだとばかり思ってたよ」
にぃにが村のことを覚えていたとはビックリだ。
「病の拡散防止のために、火をかけてきたとこなのに……タイミングが悪すぎる」
「なんと」
「うにゃ。オカンの指示だったので」
病気の出た家——今回の場合は全部のおうちに火を点けた。病気は、基本的に火に弱いらしい。熱病にも火は効くのかなと疑問に思いつつ、オカンの遺言に従ったのだ。
火を点けてすぐに村を出たから、きちんと燃えたかはしらないけれど、大体燃えたんじゃないかな。
「あ、備蓄庫はのこってるかも」
備蓄庫は、状態保存の加護結界がかかってるからね。
結界を張った巫女が亡くなっても、しばらくの間――一年くらいは保護されているはずだ。
「小神殿は……」
「念入りに薪を用意しました」
なにせ、症状が出た人が救いを求めて集まってきたんだもの。
間違いなく病の元が固まっている場所だ。一生懸命、薪を運びましたとも。
「フェリシア嬢。申し訳ないのだが、一旦、村に戻ってはいただけないだろうか」
「なぜに?」
「グラ坊がそちらに向かっているので」
「あー……」
――そういや、言ってたね。
帰郷のためなら、にぃにが村に向かうのは当然なワケで。人気もなく、火の放たれた村を見たら、きっとショックを受けてるだろう。
「イヤだけど、ほんっとうにイヤだけど、仕方ないかぁ……」
何がイヤって、苦労して歩いてきた道を戻るのが憂鬱すぎるんですよ。
すでに疲れすぎているし。
とは言え、ピニャーシュさんにひとりで行けと言える状況でもない。
わたしは大きなため息をひとつ吐いてから、引き上げたばかりの荷物を地面に降ろした。
次辺りから『のんびり』とか『ほのぼの』っぽいものがお仕事始める……はず。




