大神殿長の愚行
「秋の感謝祭の祭司は承りました」
ほんの数年前までは垢抜けない田舎のハナタレ小僧だったくせに。
いつのまにやら身につけた感情を見せぬ笑みを張り付け、成人したばかりのクソガキが言葉を続ける。
「ですが、その仕事が終わり次第、神官職は辞させていただきます」
「……なんと?」
「職を辞す、と」
「神子ともあろうお方が、大神殿を出る、と?」
大神殿――神々の加護を授かった(ことになっている)子どもを集め動力源とする、魔素浄化装置の要であり国で最も重要な施設である。
その重要施設が役目を果たすために必要な神々の加護を授かったとされる加護者の中でも、目の前に居るこの小僧は特殊な存在だった。
なにせ、この世界を創造したという創世四神の一柱・武神の寵愛を賜った神子なのだから。
たとえ寵愛しているのが下位神であっても、神子の浄化能力は他の加護者よりもずっと上だ。それが最高神の寵愛なら――?
考えるまでもなく、他に並び立つ存在などいるわけがない。
「神々への祈りが、最も届くこの地を離れるとおっしゃるのか……?」
「祈りはどこからでも届きますゆえ」
「では」と、言いたいことだけ言って話を切り上げると、田舎者の神子は頭も下げずにその場を去っていく。その背の下で上機嫌で揺れるひょろ長い尾が憎たらしい。ワシなど、短いカギ尻尾だというのにっ!!
音もなく神子の守護につく従者の姿に舌打ちしたい気分だったが、ここは拝殿。一般の参拝者も多い場で悪態をつくわけにもいかず、ただ黙して怒りに身を震わせた。
そして、そのひと月後――神子は、言葉通り秋の感謝祭の直後に大神殿から姿を消した。
「では、すぐに神子の身柄を押さえてます」
「よきにはからえ」
すでに、先手は打ってある。
大神殿を出たところで、逃げ込む先などしれている。ならば逃げ込む先である田舎村など潰してやれば良い。あの生意気な小僧が、故郷の惨状を見て取り乱す様を想像すると、それだけでも胸がスッとする気がした。
大神殿長であるばかりか王弟でもある自分に対して、あのように不敬な態度さえ取らなければ故郷を失うことになどならなかったのに。
連れ戻したあとは、どうしてくれようか。
どうやってあの生意気な小僧を屈服させてやろうかとほくそ笑んだその数日後――突然、破滅がやってきた。
「で――だ。なんぞ、申し開きはあるか?」
玉座の間。
原因不明の病により体中の毛という毛が抜け落ち、寒さに震えつづける私を閉じ込めたまま運び込まれた檻の向こう側から兄が問う。
「あ、あにうえ……。ワシは、ワシは病にかかったようなのです。なのに、なぜこのようなところに――」
「ほう? 病、とな」
「そうです! 突然、全身の毛が抜け落ちるなど、病しか考えられませんっ!!」
それは秋の感謝祭が終わった三日後のことだった。
私の体中の毛――髪やヒゲどころか、尻尾や鼻毛までもがごっそりと一斉に抜け落ちたのだ。このような奇病を耳にしたこともない。だが、病でもなければこんなことが起きるはずもないだろう。
「このウツケが」
鉄格子から手を伸ばし医者の手配を乞うと、兄はそう言って顔をしかめる。たったふたりきりの兄弟だと言うのに、その反応はひどいと喚くと眉間のシワが深くなった。
「それは神罰だ。同族殺しは神々の決めた禁忌である。この禁を破ったものは、すべての体毛とともにスキルを失う。――幼子でも知っていて然るべきことすらも忘れ果てたか」
「あ、あんなものはっ! ただの子供だまし――」
そう、子供だましの寓話であるはずだ。先代の神殿長もそう言っていたし、なんなら母上からもそう教わっている。
だが、兄の口から出たのは思いもよらぬ追撃だった。
「神々が禁じずとも、我が国の法でも許されておらんわ。このタワケ」
「ですが、ですがワシは――」
王族であり、王の弟である私は、そのような下々の者を縛るための法など関係ないはずだ。そう続けようとしたところで、苛立たしげに兄の尾が空を切る音に身をすくめた。
「そう言えばお前は王弟だとうそぶき、大神殿で好き勝手していたようだな。だがその地位は、神殿に官吏として入った時点ですでに王族としての籍は抜けておる」
「――なっ!?」
「何故かと問うか。簡単な話よ。巫女や神官に仕える立場になる者が、妙な勘違いをせぬように、だ」
「っ!?」
「神々から特別に愛された者たちに無理を強いることも許されてはおらぬ。それは、たとえ国を統べる立場にある者であっても、だ」
『ありえないっ!!』そう、叫びだしたかった。
だが、兄の――国王の温度のない瞳に射すくめられて言葉に詰まる。
私は、加護者どものような下賤の者とは違う!!
私は先王の息子で、生まれながらにして傅かれるのが当然の存在だからこそ、加護者どもを管理してやる立場に在った。そのはずだ。そのはずなのに、国王ともあろう者がなにを……
「ああ……神殿長という仕事についても都合の良い勘違いをこじらせておるのだな。神殿長は加護者の皆さまが神々以外の事物に煩わされぬよう、雑事を担う官吏でしかない。『大』神殿長も同じだ。ただ、管理を任された神殿が大きいだけのことよ」
呆れ果てて言葉もないとばかりの長いため息が兄王の口から吐き出された。
「もう良い」
体毛ばかりかすべてのスキルも失った此奴になんの価値もない。そう続けてから、兄王は私の指示に従っていた者たちの捕縛を命じている。
「ワシは、ワシは……」
間違ったことはしていない。
その言葉に耳を傾けるものはすでにおらず、数日後には辺境にあった焼け落ちた村落の跡地へと送り出されることになった。流刑地として選ばれたのが、元大神官長が水源に毒を仕込ませた神子の故郷だったのは偶然か故意かを王に問うたものはいない。
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大神官長の罪状
・毒物による村人の殺害指示(男女合わせて五十名強)
・特殊毒物生成(村人の殺害に使用)
・加護者の暴行・強姦
・加護者の自由侵害(子作りの強制・自らへの服従etc……)
・神殿勤務官の暴行・強姦
・神殿経営予算の横領
・身分詐称
など
大神殿長にとってのグラジオラスの存在は、無理強いをして手に入れたはずだった初恋の女性の子供でした。




