そして、妹は目覚めない ―SIDE にぃに―
妹のフェリシアは、泣いて泣いて、たくさん泣いて。
それから、プツリと糸が切れて知ったかのように眠りに落ちた。
意識を失った妹を改めてよく見てみると、その目元が疲労のせいで濃いクマに覆われていることに気付いて、胸がツキンと傷む。
この小さな妹は、一体いくつの眠れぬ夜を一人、平気なふりをして過ごしたのだろう。
「ピニャーシュは?」
気づけばすでに日は暮れて、空には黄色い月が昇り始めている。
そばに残って周囲を警戒してくれていたロイに訊ねると、夜風をしのげる場所を探しに行ったという返事が返ってきた。なるほどとひとつ頷き、妹をかかえて立ち上がる。
「……お嬢が無事で良かったな」
必死に言葉を探したのだろう。
少しでも僕の気持ちを引き立てようという心遣いを感じて、小さく息を吐く。
「ありがとう、ロイ」
村の外に向かうロイの背中を追いながら、わずかな光源の中に沈む村を見回した。
僕の心に浮かぶのは、燃え落ち、崩れた家々と荒れた畑じゃない。
ご加護を授かり、大神殿に連れて行かれる直前に見た光景だ。
父も母も、村のおじいやおばば。おいちゃんにおばちゃん達と、共に育った幼馴染たちも、みんな元気で……
まさか、こんな風に失われてしまうだなんて思いもしなかった。
「再建、すんのか?」
「いや……」
僕が帰りたかったのは、『場所』じゃない。
ただ、家族の元に戻りたかっただけ。
「フェリシアも、ここに留まるつもりはないでしょ」
持てるだけの荷物を持って、村から出ていたのだから。
親の指示があったとしても、生まれ育った場所に火を放つだなんてそう出来ることじゃない。
「生き延びるためとはいえ、なかなかの行動力だよね」
「違いない」
「大神殿に戻る気はないし、フェリシアが行きたいところがないか聞かないと」
「あっちとしちゃあ、坊っちゃんが戻ってきたら万々歳だろうがな」
「やだよ。あんな人さらいと痴女だらけの場所に一生を縛られるなんて」
ハーレム願望がある人なら別だろうけど、と心のなかで独りごちる。
異性関係は、本当に本当にほんっとうに!! 酷かったのだ。
そもそも大神殿に行くことになったのだって、加護を授かる瞬間をたまたま滞在していた神殿関係者に目撃されたせいだったし。
加護の儀は季節始まりの日に執り行うと決まっている。実際には、都合の良いたまたまがあったわけじゃないのだろう。やってることが、ほとんど人さらいだったのは言うまでもない
大神殿であったアレコレを思い出し、ロイとふたりで示し合わせたようにため息を吐く。
「大神殿に戻んねーってことは、国から出るってことだろ?」
「そうなるね」
「んじゃ、いくつか候補を考えんと」
「たしかに。武神様におススメを聞いてみようか」
とりあえず、西には大神殿があるから、そっちは却下。
僕だけでなく、血筋からして加護者の可能性が高いフェリシアを近づける気は毛頭ない。
男の加護者は種馬扱いだけど、女の加護者は有力者の権威を固める道具にされがちだ。なぜか、男女の加護者を掛け合わせようとはしないんだよね。加護者を増やしたいと言ってるくせに、矛盾してる。
なにはともあれ、フェリシアのことは絶対に隠し通さねば。
今となっては、たったひとりの肉親だからね。
東の方は、北から南へと深い谷が横たわっている。
でも、谷を越えられさえすれば人族の支配領域だったはず。ウチの国とは交流がないけど、たしかそう習った。
北に向かうと急峻な山々が連なる人跡未踏の地だ。
これから冬に向かうというのに、寒い地域に向かう気に離れないから却下、かな。フェリシアがどうしてもっていうなら、がんば……れないな。凍死するのがオチだと思う。
やっぱ、北は無理。
そんでもって南に向かえば数多の魔獣が住まう大森林……と。
なんか、あんまり選択肢がないような……?
いっそ、グルッと外周を回って西の国に向かう方がいいかもしれない。
「行き先を考えるの、案外楽しいかも」
「そうか?」
「考えてみたら、僕が実際に知っているのはハズレ村と大神殿くらいしだし」
この五年間というもの、大神殿の敷地内からは結局出られなかった。
ほとんどが大神殿内の部屋を移動するだけ。年に四回ある神事のときに舞台に上がるのが唯一、外の風を感じる機会だ。王都に住んでいたくせに、街歩きをしたこともないなんて、ホント異常だと思う。
里帰りの途中で足りなくなった食料を買いに町や村に立ち寄ることはあったものの、のんびりと周りを見回すような心理的な余裕はなかった。こう……手紙も残さずに抜け出してきたからね。大神殿から追手が来るかもしれないって気が気じゃなかったんだよ。
「坊っちゃんも、結構な箱入りだからなぁ」
「好きで入った箱じゃないよ」
本当なら、ご加護を授かっても一番近い町の神殿でせいぜい一~二年くらい神学の勉強をするだけですむはずだったんだから。
「ちがいない」
訳知り顔でウンウンと頷くロイになんとなく腹が立って、脇腹に一発ヒジを入れてやった。
結局、翌日の朝になってもフェリシアはコンコンと眠り続け――その意見を聞くことを諦めて南回りで移動を開始することになるのは、昼食を摂ってすぐのことだった。




