帰郷 ーSIDE にぃにー
故郷の村を出てから五年。
僕は、五年前の加護の儀で最上位の神・武神さまからご加護を授かったおかげで王都にある大神殿で暮らすことになったのだけど……
まぁ……『学び』という点においては良い経験が出来たと思う。
ただしこれは、僕が授かったご加護目当てに付きまとってくる、有力者の子息子女がいなかったならば――という注釈はつくのだけれども。
それというのも、町の維持には神殿でご加護を授かっている神官か巫女――加護者――による神々への祈り必要だから。正確には、大気に満ちる魔素を、加護者の祈りによって浄化しないと人族が生きていけない。
存在しなければそれはそれで問題だけど、濃すぎる魔素は人族の体に有害なので。
そのうえ、神々の寵愛――ご加護は遺伝する。実際には同じ神からのご加護を授かることは少ないので遺伝、というのはちょっと違うのかもしれないそうなんだけど、加護者からは加護者が生まれやすいのは統計上でも認められている。
実際、僕の両親も加護者だ。
なので統計上の数字にひとつの実例として加算されているんじゃないかと思う。
とはいえ、親が加護者だからといっても、子供が必ずご加護を授かれるわけでもないというのが僕の持論。
だって、うちは双子ばかりを三回も産んでいるのに、僕以外で生き残っているのは妹が一人だけ。
加護が遺伝するのなら、生まれてきた弟妹が生まれてすぐに死んでしまうなんてことはなかったはずだ。加護者はみんな、魔素による悪影響を受けづらいんだから。
それでも、加護者が生まれる確率が少しでも上がるのなら――と、一夜の情けを求めてくる女性信徒(という名のハニトラ要員)の多いこと多いこと……夜も安心して眠れないのには、本当に参ってしまった。
おかげで僕は、大絶賛・女性恐怖症気味。
普通の恋なら、してみたくはあるんだけどなぁ……
やたらとがっついてくる女性は怖いけど、そうじゃない女性なら問題ない……はずだ。
たぶん……きっと?
とりあえず、成人したことで『加護者の自由意志を尊重』しなくてはいけないという神々の制約が効力を発揮してくれるようになった。
これでやっ僕は、意に沿わない女性をあてがわれることも、いたくない場所に居続ける必要もなくなった。
自由って、本当に素晴らしい。
「坊っちゃん、この調子で歩けば、完全に日が落ちる前には着くぞ」
近づいてくる故郷での生活に思いを馳せ、胸躍らせている僕に声をかけてきたのは獅子人のロイ。オトンが僕の護衛につけてくれた二人組の片割れで、少々獣相が濃い。大型種だし剣の腕が良いから、盾役として頼りになる。
もう一人は兎人のピニャーシュ。
口数が少ないタイプで、耳が良くて気配に敏感だから斥候役としても有能だ。
オトンが昔、旅して歩いていたころからのお仲間だから経験も豊富。この二人に僕を加えれば、よほど森の深部に踏み入らないかぎりは特に危険はない。
「なら、野営準備は必要なさそうだね」
この道を通ったのは五年も前の話だから、今、自分がどれくらいの位置にいるのかわからなかったけれど、この経験豊富な護衛はきちんと把握してくれているらしい。
「グラ坊」
そのまま進み続け、すこし日が傾き始めた頃合いで、ピニャーシュが口を開いた。
「この先で、野宿を検討している幼子がいるが、どうする?」
「そりゃ、止めるしかねーだろっ」
だよねぇ。
ただ、ピニャーシュがわざわざ確認してきたってことは、相手はきっと女の子なんだろう。とはいえ――
「大人は?」
「おらぬな」
「変だね。ピニャーシュ、とりあえず保護して。僕達はこのまま進んでるよ」
すぐにでも駆け付けようと身構えているロイを押しとどめ、ピニャーシュを送り出す。
ロイに行かせたら、子供を保護するどころか逃げられかねない。獣相が濃いってことは、森の中だとうっかり魔獣と勘違いされやすいってことでもあるんだから。
ロイは不満そうだけど、こういうのは適材適所だと思う。
しばらく歩いて行くと、道の隅に大型の乳母車が放置されていた。
どうやらピニャーシュが保護しに行った子供は、ここから野宿する場所を探しに入ったらしい。
「しかし、なんで子供が一人でこんなとこを……?」
それは、ホントにそう。
それでなくとも、見覚えがあり過ぎる乳母車だ。
四歳になるまでの間、この乳母車に乗せられてニコニコしていた妹のフェリシアを思い出して、僕はひどく落ち着かない気持ちになった。
っていうか、保護者もなくこんなものを持ち出して森歩きをしなきゃならないって、どんな状況?
嫌な予感に胸が苦しくなる。
ひどく落ち着かない気持ちを押し殺しつつ、普通に歩いていたつもりだったのに、気づいたら僕の足はて小走りになっていた。
日が沈み切るよりもずっと早くにたどりついた村には、人の気配が全くない。
村の真ん中にある僕の家から、周囲に焦げ臭い匂いが漏れ出していた。
視界がやたらとガクガク揺れる。
五年前、僕が旅立つ前には綺麗に白く塗られていた小神殿。
見送ってくれたオトンやオカン。それから村の住人達と妹の姿が鮮明に脳裏に浮かぶ。
「なん、で……?」
煤に汚れた小神殿を前に膝が崩れる。
燃え落ちた扉の奥で、微かに燃え残った火が揺らめくのを呆然と見つめた。
一体、何があった?
分からない。
確かなのは僕が帰るはずだった場所が、すでにないということ。
ただ、それだけ。




