閑話 ドメニコの行く末
「なしてこがいなこつに……」
奴隷商の手先に攫われ、船に乗せられたときにも確かに絶望した。
でも、最低限の飯は食えるだろうって思っていたから、まだ希望はあったんだと思う。今にして思えばってヤツだけど。
奴隷船から逃げられるなんて、思いもしなかった。
なのに、そこから連れ出したのは一個下のチビ猫。オラの目から見ても、造作が整っていて高く売れそうな猫人のメスだった。
そいつはちゃーんと【加護の儀】を受けられていて、その上、お偉い神サマの加護まで授かったらしい。
持っている奴は、どこまでも持っているっていう見本みたいな女だ。
気に食わない。
とはいえ、ソレはそれとして寄生する先としては極上だ。
加護をくれた女神サマとやらから貰ったっちゅー【お庭】は、まるで天国みたいな場所だった。
チビ猫の従魔がアチコチ飛び回っちゃいるが、別にオラたちを攻撃してくるわけでもなく、【お庭】の中に実る食料を集めまわるだけ。害がないなら、気にもならないっちゅーヤツだ。
むしろ、勝手に食べ物を運んできてくれるんだから大歓迎だ。
こんなん、奴隷商にバレたら好き放題に使いつぶされるのは分かり切ってる。
チビ猫が、大慌てで奴隷船からずらかろうとしたってのも納得だ。
しかも――チビ猫は、オラたちまで奴隷船から連れ出した。
コレは、これから一生、チビ猫がオラたちのことを養うってことだよな?
そう考えたオラは、もう有頂天だった。
なにせ、逃げ出した先は魔獣領域だという割に出くわす魔獣は少ない。たまに視界に入ったヤツは、オラと一緒に連れ出された孤児ふたりで処理できている。
なんだ、魔獣ってのは大したことないんだな。
なんて、そう思うのも当然だろう。
チビ猫が儀式をやったから、オラもスキルは手に入れたけど、【体術】Gランクなんて言うしょぼいものだった。まあ、チビどもを黙らせるくらいならこのランクでも問題ないらしいからランクの低さは問題ない。
旅の間、ミルギューの背に揺られ続けなければいけないのはゲンナリしたが、一日に三食も食えるし、好きなことをして遊んでいれば甘いものも食い放題だ。差し引きで考えれば、何の不満もなかった。
「オレ、助けてもらいっぱなしじゃダメだと思うんだ」
なんて、イイ奴ぶった猫ガキが恩返し宣言をブチかましていたが、オラにそんな気はない。
チビ猫が勝手にやっていることだからな。
せいぜい、『人の役に立っている自分すごい』的な勘違いをしたまま、オラに尽くさせてやればいいだろう。チビ猫の自己満足に付き合って、役に立ててやるオラ、優しすぎだろう。
ま、今更この待遇を改めるなんて言い出すようなら、ぶん殴ってだまらせりゃーいい。
チビ猫はどんくさくって、加護を授かる前のガキと身体能力も変わらないんだから。
「な、お前もそう思うだろ?」
「やりでぇやづがやんのは止めねぇけんど、おらぁのことさまぎこむんはやめてけろ」
「なっ……!?」
猫ガキが文句を言うのには耳をふさいで、毛皮を被る。
ほんと、自分の考えを押し付けようなんざ片腹痛いったらないな。
のんびりと食べて遊んで眠りこける――そんな生活が続いたのは、魔獣領域を出て、最初の村にたどり着くまでのことだった。
チビ猫はあろうことか、オラたちを放り出す話をし始めたのだ。とてもじゃないが許せない。
「オラとミケーレは、フェリシアさと一緒だべ」
オラのことを兄と慕う同属のミケーレを足したのは、年下に弱いらしいチビ猫の弱点を突こうと思ったから。なのに、チビ猫はあっさりとデンティゴルという町に着いたら、オラたちを放り出すつもりらしい。
なんとか言いくるめて現状維持させようとしてみたものの、意思を変えることなく説得は失敗して――結局、古着屋で賭けに出た。
勝算はあった、はず。
なのに――チビ猫はおろか、オラを慕っていたはずのミケーレですらも追いかけてはこなかった。
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結局、チビ猫の借りた宿に戻り損ねたオラは、ハテノナカ村を出て、一番近くにある街に入った。
金はなかったけど、チビ猫に買わせた使いもしない雑貨でなんとか入街税を支払う。
だけれども、壁を越え、街中に出たとたんにオラの足がピタリと止まった。
故郷から遠く離れた土地の、見知らぬ街にいることに、ふと、気づいてしまったから。
「オラ……どこさ行けばええんだべ」
土地勘なんてあるわけもない。
右を見て、左を見て、それから前方に視線を戻す。
分からない。
ねぐらにするのに丁度いい安全な場所も、食料をちょろまかしやすい屋台の場所も。おだてあげると、たまに小遣いをくれるマヌケのいそうな場所も、なにもかも。
……やらかした。
つい、勢いのままに飛び出してきたものの、先のことを考えてなさすぎだ。
かといって、すでに町には入っている。今更、ハテノナカ村に戻るなんて現実的じゃない。というか、なけなしのアイテム手放して、やっとのことで入り込んだ場所から何も得ずに出るなんてありえない。
オラは、慣れ親しんだ雰囲気を感じる方向へと足を向けた。
古巣と似た場所になら溶け込めると、そう思ったから。
だからこそ、最初は何が起きたのか全く理解できなかった。
チビ猫のところで毎日風呂に入るようになり、自分の見た目が以前と違っていたことは理解していた――はずだったのに。そんな単純なことを思い出したのは、自分よりも体のデカい奴らにボコられ、身ぐるみをはがされた後のことだった。




