借家選び2
とりあえず、わたしに会いたい娘さんがいる商人さんのことは脇に置いといて。
午後からはクリスさんが探してきてくれた、他の借家候補を確認しに行くことにした。
一軒目はクリスさんのコメント通り、ちょっとご遠慮したいとみんなの意見が一致する。
「二軒目は悪くないね」
「うにゃ」
なんというか、宿直室が案外悪くない。
小さいながらも台所があるし、ベッドが二台におトイレも付いている。その上、宿直室のとなりのお部屋には長椅子がふたつ置かれていた。小柄な人なら、十分寝れる。
ただ、まあ。
借りたらここでマルコたちがお魚を捌きまくるんだろうなと思ったら、なんかダメな気がした。
ちょっとね、小奇麗すぎるんだよ。この倉庫。
お魚をたくさん捌いて生臭くするのは、ちょっと気が引ける。
「ここは……案外悪くないんじゃない?」
「なつかしの、ハズレ村にあった民家を思わせる佇まい……悪くないと思います」
漁師向けの借家は、想定通り十三人で生活するには狭すぎる。
だけど、昼間はどうせほぼ出かけている。夜だって、ベッドのない人は【お庭】にお泊りすればいい。
なにより良いのは、海に近いこと!
「えええ……なんで、お二人ともそんなに乗り気なんですか?」
クリスさん的には、神子が泊まる場所にそれなりの格式が欲しいそうなんだけど……
今まで泊ってきた場所も、割とこんな感じだったんですがナニカ? と思わずにいられない。そういえば、今のお宿も微妙に不満そうだったね。
ちなみに、リリーさんは最低限雨風防げるなら宿の見た目は気にしないらしい。女性なのに男前です。
「にぃに、クリスさんに【お庭】のこととか話してる?」
「ん? そう言えばまだだね」
バッジ王国に居た時、クリスさんはにぃにと大神殿や国との緩衝役を務めてくれていたそうで、行動を共にしたことはなかったらしい。そのため、にぃにの【鍜治場】に入る機会がなかったんだね。
たぶん、【鍜治場】や【お庭】のことを聞けば、宿の格とかはあまり気になるんじゃないかな?
というわけで、漁師向けの物件を借りることになった。
クリスさんはションボリしていたけれど、彼イチ押しの物件はなんとなく敷居が高いんだもの。
その上、マルコたちが全員で眠れる部屋がなかったんだよね。
鉱山の町の片隅で身を寄せ合って生きてきた彼らは、今でも互いに寄り添い合って眠っている。これはわたしたちを受け入れられないという意思表示とかじゃなく、ただの習慣なんだと思う。
きっとね、ひとりになると眠れないんだよ。そばに誰かがいないことが不安で。
「フェリシアと会いたいっていう子に関しては気に食わないけど、こうしてお断りするために出向いてやるんだからさ。クリスも義理は果たせるでしょう?」
「義理とかそういう話よりも、グラジオラスさまが寝起きする場として適切じゃないほうが気になります」
というか、神子ってそんなにお高い部屋で寝起きするもんなんだろうかと、わたしとしてはそっちの方が気になります。
ハズレ村の小神殿も、漁師向けの借家より少しマシ程度の建物でしたよ?
そこで生まれ育ったんだから、にぃにもわたしもクリスさん基準のちゃんとしたお宿だと、ちょっと気が休まらない気がする。たまになら、ワクテカするんだけどね。
そこそこ広い町だけど、騎獣で行けばあっという間に目的地にたどり着く。
クリスさんに案内された先は、港地区の中心から少し外れた場所にある【カリーノ・マリア商会】という大きな建物の前だった。
「クリスさん、この名前って……」
「娘さんの名前だそうです」
もしかしなくても、わたしが保護したマリアちゃんのおうちなのでは?
☆★☆★☆★☆★☆★☆
確かに、マリアちゃんのお父さんがお店をやっているという話は聞いていた。
まさかこんなに大きなお店をいくつも経営しているとは思わなかったけど、確かに、ウソは言ってないね。応接間に通されてそれほど経たないうちに、「ねぇね!」と叫びつつ飛び込んできたマリアちゃんに抱きすくめられつつそう思う。
どおりでお見送りに行ったとき、マリアちゃんにだけ会えなかったわけだよ。
バッジ王国行きのお船に乗ってなかったんだから。わたしはてっきり、過保護そうなご両親と一足先に乗り込んでしまっていたんだとばかり思ってたんだよね。
「マリアちゃん、どうどう」
わたしを抱え込んでクルクル回るマリアちゃんの背中をポンポンしつつ、マリアちゃんの周りをクルクル回るにぃにに苦笑する。
にぃに、なにやってんだろうね?
まさか、隙を見てマリアちゃんからわたしをひったくるつもりなら、大人げないのでやめてほしい。マリアちゃんがケガをしたら大変だ。
「お待たせして申し訳ありません、神子様っ! せっかくお見えになってくださったのに娘が、娘がどこにもいなくて……っ!?」
「パパ、マリーはここ」
そうこうするうちに駆け込んできた男の人が、あまりにもカオスな状況にピタリと止まる。
お口パッカンで固まったおじさんは、残念なことに役に立ちそうもない。
「ロイさん、へるぷ~」
最終的にロイさんがにぃにを拘束してから、リリーさんが回転し続けるマリアちゃんを止めてくれた。
とはいえ、すでにそこそこの時間回り続けていたものだからわたしもマリアちゃんもすっかり気分が悪くてグッタリさん。復活するまでのあいだ、マリアちゃんのパパが延々と娘の状態を嘆く声が響く部屋には、なんともいえない気まずい空気が流れてた。




