閑話 商人夫婦は子煩悩
仕入れの旅に同行などさせるのではなかった――一人娘のマリアが攫われたとき、真っ先に考えたのはそんな今更過ぎる後悔だった。
私は、バッジ王国の王都に本店を置く商会を営んでいる。
国内にあるすべての町および、モリエロ王国とソルベル王国にも支店があるため、豪商などと呼ばれてはいるものの代々少しずつ手を広げ続けた結果であり、私一人の功績ではない。
何が言いたいのかというと、我が家には金があるということだ。
そして、ソレをかすめ取ろうと狙う輩もまた多い。街中に出没する泥棒だけでなく、移動中の商品を狙う野盗に人さらい――そう、人さらいだ。
まだ幼く【加護の儀】前の娘は、人さらいの格好の標的である。
実際、何度か誘拐されかけたこともあるし、そういった輩から守るための護衛も常時つけていた。
だが、だがしかし! である。
娘は、生まれつき人の目を盗んで抜け出す才に恵まれていたらしい。
モリザイカイ町の露店で、見た目は幼いもののやり手の魔道具師見習いの少女が話題を集めているというウワサを聞きつけて、興味本位に町へと繰り出してしまったのだ。
ちなみに、その日は私も同じウワサを聞いて魔道具師見習いの少女を探していた。
残念なことに少女は旅人で、すでに何日も前にモリザイカイ町を出てしまったあとだった。湖経由で王都から海辺を巡るつもりだという情報まで手に入れたものの、囲い込むのは諦めた。
どう考えても、旅人であり、なおかつ【加護の儀】前の幼子にしか見えない娘を『猫人の魔道具師見習いの少女』という大雑把すぎる情報で見つけることなど無理すぎる。不可能だ。
できうることなら、囲い込みたかったのだが……無念である。
そして徒労に終わった失意を、娘を愛でていやそうと思っていたところで、当の本人の脱走の情報だ。
一瞬、気が遠くなったものの根性で踏みとどまり、四方に訴えかけ娘の捜索に乗り出したのは言うまでもない。当然ながら、身代金目的の可能性も考えたが、そういった要求もなく。
あっという間に、娘が行方知れずになって半月が経った。
☆★☆★☆★☆★☆★☆
相変わらず、娘の行方を捜してはいたものの、半月も経てば諦念もまた生まれてくる。
そんな中、たまにフラッと情報を売りに来る男が現れて、思いもよらぬ話を始めた。
「……は?」
「ですから、大神殿の大神官長が免職になりました」
「突然、なぜ?」
「なんでも、大神官長としても資格を喪失していたとか……」
大神官長の資格は、【愛し子】であること。
下級神の場合は【神子】でないとなれないが、中級神以上の【愛し子】であれば資格が生じるものだ。実際には神殿勤めを望んだ高位神の【愛し子】が務めることになる役職である。
「俗物だ、俗物だとは思っていたが……だが、大神官長を免職にできるような者は大神殿に居なかっただろう」
「それが、ブラン王国から流れてきた神子の告発により、国神さまが免職を認められたようです」
「国神さま!? 国神さまも、ここ十数年お隠れになってたのでは!?」
「ビックリですよね~」
いや、ビックリじゃないだろう。
感想が軽すぎる。
「ブラン王国というと、大神殿で不祥事があったね」
「はい。大神殿管理官長が、自分の立場をはき違えて巫女や神官を奴隷扱いしていたとか」
「それで昨年末、神子殿以下数十名の神職が国を出たのだったか……」
「まさか、ウチの国に来ていたなんてビックリです」
いや、だから。感想が軽すぎる……っ!
「あ、そうそう」
「まだあるのか」
「失踪した子供が、一部保護されたそうです」
「保護された子はどこにっ!?」
神殿のことなんかより、そっちの方が優先だろう!?
思わず立ち上がった私に、情報屋は楽し気に笑う。
「保護されたものの、今はどうやら魔獣領域にいるらしい」
「魔獣領域……!!」
「ソルベルとベルチーニの間にある魔獣領域で、ソルベルに近いからそちらに向かうそうだよ。運が良ければ、大神殿で保護した子の似姿を見せてもらえるそうだから見に行くと良いんじゃないかな」
速攻で見に行った。
追い返された。次の日もまた見に行って追い返されるのを繰り返し、五日目にやっと似顔絵を持ち歩いていた人物に会うことができた。なんでも彼は、現在進行形で誘拐組織に捕らわれた子供たちを解放してまわっているらしく、多忙だったのだ。
私とこうして会ってくれたのも、保護した子供の親だと認められたからに他ならない。
幾人もの子供とともに描かれた似姿には、しっかりと娘のマリアの姿もあった。少々みすぼらしい服を着ているようだが、同属の幼い少女に抱き着いてご機嫌な様子。
あまり表情の変わらない娘の口元に浮かぶかすかな笑みに、思わず知らず涙があふれる。
どうやって親子関係を確認したのかは分からないが、帰りしなに娘からの手紙とやらを渡され、首を傾げつつ帰宅した。
「あなた、この字、本当にマリアのものよ……」
中を検めた妻が泣き崩れたが、私にはちょっと解読ができない代物だ。
娘が戻ったら、少し厳しめに文字の練習をさせなくてはと心に刻む。
それはそれとして、手紙が届けられるんだったら娘本体も連れてこれるのではないだろうかと思わずにはいられない。似姿を所持していた彼いわく、昨日の時点でソルベル王国の東端の村にたどり着いたらしいとのことだったが――
「マリアは十数日でデンティゴル港に着くらしいから、大急ぎで仕事を片付けて迎えに行こう」
「そうねっ! 今すぐ取り掛かるわっ!!」
疑問は尽きないけれど、今は、娘を迎えに行くための努力をはじめねば。
とりあえず、お気に入りのワンピースは必ず荷物に入れておかないとな。
☆★☆★☆★☆★☆★☆
その後、無事に娘は私たち夫婦のもとへ戻ってきた。
共に保護されていた子供たちとは、その後も何かと連絡を取り合い(手紙の仲介は私が手配した)仲良くやっているようだ。
何年か経ち、娘は【加護の儀】を執り行った。
その際に隠密神さまからの祝福を授かり、加護者となったのは良いのだが――ちょっと、商会の跡取りとしてはナンでアレな神の加護だなと思ってしまったのは口には出していない。
ちなみに、娘と相変わらず仲良くしている当時の子どもたちの中にも加護者となった者が多く、私はひそかに、かの違法奴隷商に加護を授かりそうな子供を見分ける秘術でも編み出していたのではないかと疑っている。




