再会と精神疲労
帰還組が船出するまでの約二日間、わたしは『なにもしない』を楽しんだ。
なぜかピニャーシュさんたちには「なにもしないの意味を考えろ」的なことを言われたけれど、ご飯も作っていないし、これといってスキルも使っていない。
なにせやったことと言えば、従魔たちの毛繕いとダニーロとパオロが挑戦している魔石づくりの指導くらいなものだもの。
コレは何もしていないに定義していいはずです。
なにはともあれ、今日はチビたちのお見送りをするためにみんな揃って港までやってきた。
もう出発しちゃったけど、みんな元気で笑っていたので一安心。おうちに帰っても、きっと元気にやっていける。
「みなさん、この後のご予定はありますか?」
わたしたちと一緒に船を見送っていたお役人さんが不意に訊ねてきて、目をまたたく。
予定はあるといえばあるけれど、ないと言えなくもない。でも、特別かかわりたい相手でもないんだよね、お役人さん。
ピニャーシュさんの袖を引いてからシッポで地面を打つふりをして見せると、やんわりとお断りしてくれたんだけど、お役人さんが案外食い下がってきた。まあ、最終的には諦めてもらったんだけど。
「フェリシア嬢、食事の前に神殿に寄らぬか?」
「いいけど、中央神殿?」
「いや、港神殿の方じゃ」
デンティゴルは中央神殿のほかに小神殿が四つある、変則型季節門を擁する町だ。
北から時計回りで冬・春・夏・秋と一回りする形で町を囲い、魔素の調整をする結界が張られている。
本来ならグルーっと町を丸く囲うために東西南北に配置するんだけど、この町の場合は港がある関係上、形がちょっといびつなんだよね。南に配置されるべき夏門の位置が水中になってしまうため、だいぶ北寄りの陸にある。
なので、たぶん結界の形は楕円形か、ひし形っぽい形になっているはず。まあ、それはそれとして――
「港神殿なら、問題ないね」
なにせ、割と目と鼻の先にあるんだもの。それほど予定(お昼ご飯)に障りはない。
一緒にお見送りに来ていたマルコ君たちにはお店を見繕いつつ、小ぶりな貝やエビカニ魚の買い出しをお願いして、お金とマジックバッグを渡しておく。コルルーポが獲ってきてくれる貝やエビカニはどれも、少し大きすぎるのでちょっと使いづらいときも多いんだよね。その点、市場ならお手頃サイズが投げ売りされていることも多いみたいなのでたくさん買えることに期待です。
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港神殿は、小神殿。
神殿の中でも一番規模が小さいものだけれど、他国との海の窓口になっているだけあって参拝者の数は多いらしい。ハズレ村の小神殿と規模は変わらないのに、神殿守護兵はいるし、神殿管理官らしき姿もチラホラ見える。
船乗りらしき人のあとに続いて拝殿に入室するとちょうどお昼の祈祷が始まり、新たに入ってきた参拝者たちが次々と膝をつき始めた。
背の高い大人たちが膝をつくことによって視界が開く。
拝殿の奥、祝詞を謳い上げる赤い神官服の後ろ姿に、わたしは小さく息をのんだ。
「やはり、な……」
港神殿に行きたいと告げた時にはすでに想定していたことなんだろう。
ピニャーシュさんが小さく呟き、祈りの姿勢をとる。わたしもそれに続いて膝をついたけれど、頭の中は不満でいっぱいだった。
にぃにがいるかもしれないって思ってたなら、言ってくれても良かったのに。
心の内で悪態をついてから目を閉じ、雑念を散らす。
神々への祈りを捧げる時間に、余計な思考は必要ない。ただただ真摯に、感謝と崇敬の気持ちを届けるための時間なのだから。
軽やかな鈴の音が拝殿内に鳴り響き、祈りの時の終わりを告げる。
祭壇に祈りを捧げていた神官さまが拝殿を出ていくと、それまでの厳かな空気が少し緩む。武神さまの眷属神さま方もご退場なさられたのだろう。
立ち上がって軽く身なりを整えていると、神殿管理官の衣装をまとった狼人の青年が目の前で頭を下げる。
「フェリシアさまで間違い有りませんでしょうか」
「はい」
「グラジオラスさまがお待ちしておりますのでご同行願います。ピニャーシュ殿もご一緒にどうぞ」
再度、慇懃に下げられる頭に頷きを返し、ついさっきにぃにと神官さまが向かった拝殿の奥へと足を進めた。
季節門がある小神殿は、村に建立される小神殿とは構造が違うようで三階建てになっている。
一番上の三階が拝殿で、二階が神官や巫女の暮らす居住層。独身の管理官や守護兵は一階で暮らしているのだろう。
拝殿の奥の扉をくぐると、そこは小さな控室になっており、奥の方に下り階段が設置されている。階段を下りれば神官さまの居住区に入るのだけれど――下の方から小さく言い争う声が聞こえてきた。
「ぼ…………シア……」
「いやでも――」
にぃにの声だ!
わたしに聞こえるということは、当然、案内してくれているお兄さんやピニャーシュさんにも聞こえているという訳で。苛立たし気にシッポを会談にたたきつけた次の瞬間には、狼人のお兄さんの姿が目の前から消えた。
「グラジオラスさま~っ!! 応接室でチッチョさまとご歓談しながらお待ちくださいと、あれほど申し上げましたのにっ!!」
「いや、だって、フェリシアが、フェリシアがそこにいるんだよ!?」
「だってじゃありません。グラジオラスさまは、もうすこし礼儀を学ばれますよう常々申し上げているではありませんか――」
思わず振り向き、ピニャーシュさんの虚無顔を見上げてから残りの階段を下りていく。
想定通り――というか、聞こえてくる声からほかの状態はあり得ないとは思っていたんだけれど、にぃにはロイさんと一緒に、狼人のお兄さんに正座でお説教されている。
わたしに気づいて、イカ耳がピンと立ち、シッポまたそれに続いてお空を指す。
立ち上がりかける様子を察して「にぃに、おすわり」と告げると、ひどくショックを受けた様子でピタリと止まる。
「聞こえた範囲からすると、兄さまが全面的に悪いと思います。まずは神官さまに無作法をお詫びを」
「え、でも――」
「今すぐ!」
後ろを指さし、キッと睨み付けると、にぃには泣きそうな顔で立ち上がり、何度も振り返りながら応接室があると思われる方角に去っていった。
「……お見事」
いや、お見事じゃないよ。
ちょっと前まで、やっとにぃにに会えると思って感じていた胸の高鳴りを返してほしい。




