かかさま
夕飯の後片付け後、明日の朝ご飯の用意をしつつかかさまとお話する方法を考える。
今までは小神殿で暮らしていたから、こんなことで悩む必要はなかったんだけど……
お社……は、武神様限定だよね。タブン。
にぃにに加護を授けてくれたのは創世四神が一柱・武神様。
最高位の神様だ。
そんな武神様がにぃにに授けた【鍛冶場】にあるお社は、自らの愛子と対話するために用意したものだろう。ということは、だ。
「むぅ……。あのお社をかかさまと連絡を取るために使わせてもらうのは良くないよね……」
「ふぅん、かかさまって、オトンの側女ってわけじゃなかったんだ?」
「ぴゃぅ!?」
囲炉裏を離れたときと打って変わって、スッキリした表情のにぃにが、いつの間にか隣りにいた。全然気づいてなかったのにいきなり声がして、ビックリしたよっ!
「わたし、オトンがもう一人娶ったなんて言ってないよ」
にぃにを振り仰ぎ、ちょっぴり言い訳。
一応ね、申し訳ないなーとは思ってたんだよ。勘違いとはいえ、オトンがもう一人奥さんを娶ったと思ってショックを受けてるのはわかってたからね。
「たしかにね。僕が勝手に一人合点しただけだけど、気づいてて指摘しないのはちょっとどうかと思う」
にぃにとしても、オトンが浮気者じゃなかったことにホッとしたものの、わたしが気づいていながら口をつぐんでいたことに関してはご不満らしい。文句をひとこと口にしながら、フンと鼻を鳴らしてる。
「ソレはそうだけど、説明、むずかしいんだもの」
特に、わたしは【加護の儀】をまだ受けてないからね。
ふつうなら、ご加護を授かれた人のごくごく一部だけが、神々と対話できるようになるのだ。儀式もまだのわたしが、かかさま=女神さまだなんて言ったところで、その言葉が信用されるとは思えない。そもそもわたし自身、かかさまの正体――というか、司るモノがなんなのか知らないんだもの。うっかり「何神さま?」と尋ねられたところで応えることもできないし……うん、そりゃあごまかすよね?
総結論を出したわたしは、騙す意図なんてなかったし悪いことなんてしてないよ、とばかりに胸を張ってみせた。にぃにはそんなわたしのことをしばらくの間、黙ってじっと見つめてから目を伏せて小さく息を吐く。
「フェリシアは、自分がかかさまの愛子だって知ってたんだね」
――おこってるぅ!!
ジットリと昏い目で平坦な声を返してくるにぃにに、内心震え上がる。
というか、実際に体が震えた。
「いつから?」
そう問われて、視線を落として考える。
「そうかなぁって思ったのは、二~三年くらい前、かな……」
愈食の手ほどきを受けていたり、フルーツトレントの収穫を手伝ってたりすると、どうすれば良いのか指示してくれる声が聞こえるの。声の主が女神様だと理解したのはそのくらいの時期だった。
最初に聞こえたのがいつかなんて覚えてないよ。
でも、たぶんにぃにが村を出たあとのことだと思う。いつもそばに居た誰かが居なくなって、さみしんぼだった気持ちが満たされたことだけは覚えてるので。
「なんで、かかさまなんて呼んでるの?」
「本人からのご要望」
ホントだよ。
わりと最初の頃だったと思うんだけど、かかさまのこと、なんて呼んだら良いか悩んでいたら、『母親のようによんでほしいなー』みたいな空気を感じたんだもの。そんでもって、いくつか思いつく呼び方を口にしていった中でお気に召したっぽいのが『かかさま』だったのだ。
わたしが勝手にかかさまなんて呼び始めたんじゃないですよ?
「なんか、ツボらしい」
こう――ポワポワ~っとするっていうか、ウヒウヒってするっていうか……?
すごく、すごく気に入ったっぽかったのだ。
「そう……ツボなんだ」
どこか疲れた様子で、にぃにがわたしの言葉を繰り返す。それから「もう、いいや……」と、何かを諦めた顔で呟いて、おっきなため息ひとつ吐いた。
「ソレ、時間かかりそう?」
視線の先には、下処理中の野菜籠。
「朝ご飯の下ごしらえのことなら、銀麦が炊ければいつでも中断できるよ」
ただ、今のうちに作っておいて、明日の朝になったらいつでも食べれるようにしときたい。
「じゃあ、ひと区切りついたらお社で加護の儀を執り行おう」
「っ!?」
「神々にとって、半年なんて誤差だからね……随分と早い時期から気にかけてくださっているようだから、なる早で終わらせといたほうが良さそげ」
ということで、突然のことながらにぃにがわたしのために【加護の儀】を執り行ってくれることになった。
やったね! かかさまに、初お目見えだ!!
ただ、初めて御目文字するにあたって、にぃににひとつだけワガママを言わせてもらった。だって、いまのわたしって、こう言っちゃなんだけど、だいぶキチャナイ。
そりゃあ、顔や手足は洗ったけどね、ここしばらくお風呂に入ってないんですよ。そんな余裕もなかったし。なので、わたし自身をお清めする時間がほしいと駄々をこねたのだ。
女の子だからね、身だしなみは大事ですよ?
そんなこんなで、わたしは今、ウキウキしながら入浴中!
鍛冶場のお風呂はひとりで使うことを想定してか、洗い場はあまり広くない。でも、そのかわりに体の大きい人でも足を伸ばして入れる湯船だけでなく、少し小さめの水風呂まである。
――せっかく湯船があるのに残念だけど、今日はお預けだね。
目が覚めてから、まだ三~四時間しか経ってないと思うんだけど、もうすでにちょっぴり眠い。きっと、お湯に浸かったら寝落ちてしまうことだろう。
思った以上にホコリまみれだった髪と体を、コレならかかさまの前に出ても恥ずかしくないと思える状態に磨き上げた。
――予定より時間がかかっちゃったけど、にぃに、寝ちゃってないよね?
にぃにだって、大神殿からここまで歩きっぱなしだったはずだ。それだけでも、けっこう疲れてるよね?
ちょっぴりドギマギしながらお社に向かう。
囲炉裏のそばで、ピニャーシュさんとロイさんはすでに寝てるみたいだったからね。そーっとそーっと、できるだけ音を立てないように向かったよ。
修練場に出ると、そこはすでに暗闇に包まれていた。
お空には、たくさんの小さな星たちがキラキラチカチカ光ってる。
もう夜も遅い時間になっているから、高いところに理神さまを示す黄色い月と、魔神さまを示す月白色の月が揃って浮かんでいるのが見えた。
黄色のお月さまがちょっぴり欠けたほぼ真円で、月白色のお月さまがシュッとした三日月形なのは、秋から冬へと季節が移り変わろうとしている時期だから。二色の半月が並ぶようになったら、もう冬が――新しい年が始まる。
「へぷちっ」
ポケ―っと口を開けたままお空を見上げていたら、大きなくしゃみが飛び出した。
洗ったばかりの髪の毛からは、まだ水が滴っている。ブンブンと頭を振って水滴を撒き散らしてから、大急ぎでにぃにが待っているはずのオヤシロに駆け込んだ。




