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自分だけ魔法が使えない世界で、俺は呪術でこの世界の均衡を破壊して周る。〜俺を無能だと貶してきた奴らの顔がどう歪むのか楽しみです〜  作者: 沢田美


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3/4

虚偽

 地上へ戻った頃には、空はすでに赤く染まり始めていた。

 夕焼けに照らされた魔法科学校の尖塔は、まるで俺を見下ろす巨大な墓標みたいに冷たく立っている。


 ダンジョン帰還者の報告窓口は、校舎西棟の一階にある。

 魔物の討伐記録、採取素材、魔力反応の提出。それらを照合し、単位として反映するための場所だ。普段なら上級生や冒険科の生徒で多少は賑わっているが、その日はちょうど夕刻の切れ目で、人影はまばらだった。


 俺が扉を押し開けると、受付の奥にいた眼鏡の教師が、面倒そうに顔を上げた。


「……なんだ、ウィリスか。また生きて帰ってきたのか」


 歓迎の言葉としては最低だが、この学校ではいつものことだ。

 俺は何も言わず、記録結晶と冥角鬼の核を机の上に置いた。


「本日の討伐報告です」


「三級を数体程度だろう。後で確認して――」


 教師の言葉が止まる。

 彼の視線は、俺の置いた黒紅色の核に釘付けになっていた。


「……これは、どこで拾った?」


「拾ったんじゃありません。討伐したんです」


「馬鹿を言うな」


 即答だった。

 まあ、そうだろう。魔法を使えない無能が、一級災害種の核を持ち帰る。普通なら冗談にもならない。


 教師は鼻で笑いながら、記録結晶へ手をかざした。

 淡い光が結晶を走り、登録された本日の記録が空中に展開される。


 三級デビル・ビースト五十体。

 一級災害種《冥角鬼バロウズ》一体。

 取得単位、上限到達。


 沈黙が落ちた。


「……偽装か」


 教師の口から出たのは、驚嘆ではなく疑念だった。


「記録術式を騙したか、誰かの討伐記録を盗んだか。そうでなければ説明がつかん」


「説明がつかないことは、全部不正ですか」


「貴様のような落ちこぼれに、一級討伐ができるわけがないだろう!」


 声が大きくなったせいで、周囲の視線が集まり始める。

 別の窓口にいた生徒たちも、何事かとこちらを振り返っていた。


「何だ? ウィリスが騒ぎ起こしたのか?」


「また課題未達で怒鳴られてんだろ」


「いや……あいつ、何か出してるぞ」


 ざわつきが広がる。

 教師はなおも怒りを露わにし、結晶を乱暴に掴み上げた。


「この記録は一旦保留だ! 正式な鑑定に回す! それまでは単位も認めん!」


「規則では、核と記録結晶が一致した時点で仮認定のはずですが」


「口答えするな!」


 その瞬間、背後から聞き慣れた声がした。


「何の騒ぎかしら」


 凛とした響きに、周囲の空気が少し変わる。

 振り返ると、そこにはアイリスが立っていた。金髪を揺らしながら、真っ直ぐこちらを見ている。その隣には、いかにも機嫌の悪そうなケレンの姿もあった。


 どうやら帰り際にでも鉢合わせたらしい。

 だが、アイリスの視線はケレンではなく、まっすぐ俺のほうに向いていた。


「アイリス様、ちょうどいいところに」

 教師はすぐに態度を改め、「この無能が、一級災害種を討伐したなどと虚言を吐いておりまして」と告げた。


「虚言?」


 アイリスの眉がぴくりと動く。

 彼女は俺の前の机に置かれた核と記録結晶を見て、すぐに表情を引き締めた。


「……これ、本物の核よ」


「は?」


「少なくとも偽物じゃない。魔力の残滓が濃すぎるもの」


 教師が言葉を失う。

 ケレンは鼻で笑った。


「核が本物でも、こいつが倒した証拠にはならないだろ。どうせどこかで拾ったか、たまたま死体を見つけて持ってきただけだ」


 その言い方に、アイリスが露骨に顔をしかめる。


「アンタね……」


「何かおかしいことを言ったか? 魔法も使えないゴミが一級を倒したなんて、誰が信じる」


 周囲の生徒たちも、さすがに半信半疑だった。

 視線の中に浮かぶのは、驚きじゃない。嘲りと、不信と、認めたくないという感情だ。


 だが、それでいい。


 俺は別に、今ここで賞賛されたくて帰ってきたわけじゃない。

 必要なのは結果だけだ。単位という数字だけが、今の俺にとっては価値を持つ。


「正式鑑定をすれば分かりますよ」


 俺が淡々と口にすると、教師は癪に障ったのか、奥歯を噛み締めた。


「……いいだろう。なら今ここでやってやる」


 教師は部屋の中央に据えられた大型の判定水晶へ歩み寄った。

 実技課題や高難度討伐の鑑定に使われる、公的な魔導具だ。虚偽申告、魔力残滓、討伐者との因果接続まで強制的に照合する。誤魔化しはまず不可能だ。


 室内の生徒たちが固唾を呑んで見守る中、教師は核と記録結晶を水晶台へ置き、起動の詠唱を始める。青白い光が核を包み、やがて幾本もの線となって宙へ伸びた。


 その線が、まっすぐ俺の胸元へ突き刺さる。


 ざわめきが止んだ。


 判定水晶の表面に、赤い文字が浮かび上がる。


 ――討伐者、ウィリス・アストレア。

 ――記録、真正。

 ――単位認定、最大値。


 数秒前まで騒がしかった部屋が、信じられないほど静まり返った。

 誰も口を開けない。呼吸の音だけが妙に大きく聞こえる。


「な……」


 最初に声を漏らしたのは教師だった。

 顔色が、見て分かるほど青ざめている。


「そんな……あり得ん……」


 ケレンの表情からも余裕が消えていた。

 笑みが引きつり、目だけが落ち着きなく揺れている。


「何かの間違いだ。判定水晶が――」


「公的鑑定を疑うの?」


 アイリスが冷たく言い放つ。

 その一言で、ケレンは口を噤んだ。


 俺は水晶に映る自分の名前を、黙って見つめた。

 無能。役立たず。アストレアの恥。

 そうやって散々踏みにじられてきた俺の名前が、今は最大単位取得者として公に示されている。


 胸の奥に、黒い熱がじわりと滲んだ。


 気分は悪くない。

 だが、まだ足りない。


 これくらいで世界は変わらない。連中も、明日になれば都合のいい理屈を捏ねて俺をまた見下すだろう。偶然だ、まぐれだ、何か裏がある――そう言って、自分たちの信じる秩序を守ろうとする。


 だからこそ、壊す価値がある。


「……単位の処理をお願いします」


 俺がそう告げると、教師はびくりと肩を震わせた。

 さっきまで虫けらでも見るような目をしていたくせに、今は俺と視線を合わせることすらできないらしい。


「あ、ああ……本日の課題は達成。追加認定により、今月分の上限単位も付与される」


 絞り出すような声だった。

 周囲から、信じられないというざわめきが再び広がる。


「本当にウィリスが……?」


「一級って、上級生でもそうそう無理だろ……」


「なんで今まで隠れて……」


 その中で、アイリスだけがまっすぐ俺を見ていた。

 驚きもある。安堵もある。けれどそれ以上に、何かを確信したような目だ。


「……やっぱり、ウィリスはウィリスだね」


 小さな声だったが、不思議なくらいよく聞こえた。


 俺は何も返さない。

 返せば、余計なものまで零れ落ちそうだったからだ。


 代わりに、判定の終わった核を受け取り、背を向ける。

 その瞬間、すぐ横をアイリスが一歩踏み出した。


「ちょ、ちょっと待って」


 呼び止められて足を止める。

 周囲の視線が集まる中、アイリスはなぜか少しだけ落ち着かなさそうに視線を泳がせたあと、小さく咳払いした。


「その……朝、言ったでしょ。帰ってきたら、私に最初に報告するって」


「報告はしたつもりだけど」


「してない。私に、ちゃんと」


 真面目な顔で言っているくせに、耳だけがほんのり赤い。

 どうしてそこで照れるのか分からない。


「……課題達成。ついでに最大単位も取った」


「ついでって規模じゃないでしょ、それ」


 呆れたように返しながらも、アイリスの口元は少しだけ緩んでいた。

 それから彼女は、周囲に聞こえないくらいの小さな声で続ける。


「でも……ちゃんと帰ってきてくれてよかった」


 その一言だけ、妙に真っ直ぐだった。

 俺が返事に詰まると、アイリスは我に返ったようにぱっと顔を逸らす。


「べ、別に深い意味はないから! 幼馴染として当然っていうか、あんたが勝手にどこかで死なれたら後味悪いし!」


「言い方がひどいな」


「う、うるさい!」


 さっきまで静まり返っていた部屋の空気が、別の意味でざわついた。


「今の、かなり距離近くなかったか……?」

「フィッツ様、ウィリスにだけ態度違くない?」

「いやでもあれ、どう見ても……」


「黙れ」


 俺が低く言うと、生徒たちは慌てて目を逸らした。

 その隣でアイリスがさらに真っ赤になっている。どうやら自分でも多少はまずいと思ったらしい。


 そこへ、ずっと黙っていたケレンが低い声で言った。


「調子に乗るなよ、ウィリス」


 場の空気が一気に冷える。

 俺は振り返らずに立ち止まる。


「一回結果を出したくらいで、お前が俺たちと同じ場所に立てると思うな。次の実戦演習で、化けの皮を剥いでやる」


 周囲が息を呑む。

 露骨な敵意。だが、俺はむしろ口元をわずかに歪めた。


「そうか」


 それだけ答えて、今度こそ歩き出す。


 背中に突き刺さる視線は、もう前までのものとは違っていた。

 侮蔑だけじゃない。そこには警戒がある。恐れがある。認めたくない相手に対する、不快なざらつきがある。


 ようやく、一歩だ。


 魔法しか価値のないこの世界で。

 魔法を持たない俺が、呪いという異物で最初の爪痕を刻んだ。


 次は実戦演習。

 次は、もっと大勢の前だ。


 見下してきた連中の顔を、今度は真正面から歪ませてやる。

 そう思いながら夕闇に沈みかけた廊下へ踏み出した、そのときだった。


「ウィリス!」


 背後からまた声が飛ぶ。

 振り返ると、アイリスが少し怒ったような顔でこちらを見ていた。


「……なに」


「褒めてもいいと思うんだけど」


「は?」


「だから、その……今日くらい、自分で自分のこと無能って思わなくていいんじゃない?」


 不意打ちみたいな言葉だった。

 しかも本人は言い終えた瞬間に照れたのか、視線を逸らしている。


「すごかったよ、ウィリス」


 今度は、はっきりと。

 周りの誰に向けたものでもない、俺だけに向けられた声だった。


 胸の奥で、さっきとは別の熱が小さく灯る。

 黒く、冷たく燃えるはずの熱に混じるには、あまりにも不釣り合いな温度だった。


「……そうか」


 それだけ言って歩き出す。

 なのに、背中越しでも分かるくらい、アイリスが少し嬉しそうに息をついた気がした。


 廊下の先は相変わらず薄暗い。

 それでも、ほんの少しだけ。


 今までより、前が見える気がした。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!

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