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暁の盾 〜分け合う者と、背負う者〜  作者: 旬花祝桃
第六章 鉄の値段

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第98話 取引

三日目の朝、議会の広間の秤は、やはり空のまま釣り合っていた。

左の椅子には、もう黒い外套の男たちが座っていた。前腕に布を巻いた若い男は、ハルトが入ってきても、こちらを見なかった。

真ん中の議長が、紙を一枚、手に取った。

「同盟は、焼け跡の方と、取引をします」

広間が少しざわめいた。

左の椅子の男は、動かなかった。

「鉄、百本。麦を荷車で十二台、塩を樽で六つ、布を二十反。……使いの言った値の、とおりです」

議長は、卓の端のタデオを見た。タデオは小さく頭を下げた。

「値は、変えません。同盟の秤は、重さと、質と、危うさを量るものです」

ハルトは、膝の上で左手を握った。

隣のノエラは、身じろぎもしなかった。

「ただし」

議長は、紙をめくった。

「二度目からの荷の値を、今日の値で、据え置きます。……東の谷が続くかぎり」

ノエラの指が、帳面の上で止まった。

「数えられないものは、秤には載りません。ですから、値を足すことはできません。……ですが、値を動かさないことは、できます」

議長は、ノエラを見た。

「あなたの数え方を、同盟は、聞かなかったことにはしません。軍師どの」


「代わりに」

議長は続けた。

「同盟の荷は、同盟の護衛では、東の陣の近くを通れません。帝国に睨まれますので」

左の椅子の男が、初めて、薄く笑った。

「最初の荷には、焼け跡の方の腕を、つけていただきます。荷が焼け跡に着くまで。……荷を守る腕の値は、同盟が払います」

後ろの壁ぎわで、サビナが口笛を吹きかけて、やめた。

ハルトは、振り返った。

サビナは、肩をすくめた。

「うちの団の三人で、いいなら」

サビナは言った。

「値段は、昨日、酒場で決めてきた。……雇い主の値段とは、別だよ」

ハルトは、議長に向き直った。

「……いいですか」

自分に聞いたのではなかった。ノエラに。サビナに。後ろのカーラに。

ノエラが頷いた。カーラが笑った。サビナは、もう一度、肩をすくめた。

「はい」

ハルトは言った。

「お願いします」


左の椅子の男が、立ち上がった。

「帝国は、この取引を、覚えておきます」

丁寧な声だった。

それだけ言って、男は広間を出ていった。後ろの二人が続いた。

黒い外套の裾が、扉の向こうに消えた。

秤が、かすかに、きしんだ。


広間の外の廊下で、ハルトはタデオを呼び止めた。

「タデオさん」

タデオは振り返った。

「……窪地の、ことです」

ハルトは言った。

言い方を考えてきたのに、うまく言えなかった。

タデオは、しばらくハルトを見ていた。

それから、首の分銅に指を触れた。

「帝国の方は、私のところにも、聞きにいらっしゃいました」

タデオは言った。

「焼け跡の東の外れに、黒い髪の方がいるか、と。……議会の前の晩です」

「それで」

「値をつけませんでした」

タデオは、分銅から指を離した。

「答えないことが、答えになることも、あります。ですが、今度は、あちらが先に知っておいででした。斥候の方が、ご自分の目で、見てきたそうで」

ハルトは、息を吐いた。

(……ニコの、言ったとおりだ)

「疑われたでしょう」

タデオは言った。

責める声ではなかった。

「……はい。少し」

「それで、よろしいのです」

タデオは微笑んだ。

「中立の者は、両方から、疑われるのが、仕事です。……両方から信じられたら、それはもう、どちらかの味方ですので」


宿に戻ると、入口の前に、荷を背負った小柄な影が座っていた。

赤茶の髪に、鉛筆が一本。

コレットだった。

背中の荷は、ハルトの荷の倍はあった。巻尺と墨壺が、前掛けの腰で揺れていた。

「遅い」

コレットは立ち上がった。

「取引、まとまったんでしょ。……壁、見せてくれるんでしょ」

ハルトは、何か言おうとした。

その前に、ネリが宿から出てきた。

「来たの」

「来たよ」

二人は、それだけ言って、並んで荷の紐を締め直しはじめた。

ハルトは、ノエラを見た。

「……一人、増えます」

ノエラは帳面を開いた。

「食べる人が、一人。……壁を積む人が、一人」

それから、少しだけ、言葉を足した。

「どちらも、数えます」


ポルタを出る朝、東の門の前に、もう一人いた。

橋のたもとの、ニコだった。

肩に、小さな袋を一つ。手に、三枚の札。

「よう、ハルト」

「……どうしたんですか」

「どうもしないよ」

ニコは札を一枚、指でくるくる回した。

「橋の上、飽きたんだ。毎日、同じ顔ばっかり。……焼け跡ってとこには、負けたことのない顔が、いっぱい、いそうだろ」

リュネが、露骨に顔をしかめた。

「いかさま師」

「元、だよ。元」

ニコは笑った。

ハルトは、少し考えた。

「……みんなに、聞きます」

ニコの手が止まった。

「え、聞くの?」

「聞きます」

ハルトは、振り返った。

ノエラ。カーラ。ネリ。コレット。ヤン。ユノ。リュネ。サビナの団の三人は、ポルタに残る。最初の荷と一緒に来るのだ。

「いいと思う」

最初に言ったのは、ユノだった。

「子供たちに、好かれてたもの」

「面白いじゃない」

カーラが言った。

「裏通りの耳は、高いのよ。ただで、ついてくるなら」

「ただじゃないよ」

ニコが言った。

「飯は、食う」

「食べる人が、一人」

ノエラが言った。

「……数えます」

リュネは、まだ顔をしかめていた。

「札は、使わないこと。旗団の中で」

「使わない」

「理論的に?」

「……たぶん」

リュネが、ため息をついた。

それが、答えだった。

ハルトは、ニコを見た。

「焼け跡の門で、もう一度、聞かれます。トマさんに。……どこから来た、って」

「何て、答えればいいの」

「来たところを、そのまま」

ニコは、少し黙った。

それから、札を袖にしまった。

左の袖に。

「……橋から、って、言うよ」


帰りの道は、来た時より、少しだけ重かった。

麦の荷は、まだない。ポルタが荷を揃えるのに十日かかる。最初の荷はその後、サビナの団の三人と一緒に来る。

重いのは、コレットの荷だった。

それから、ハルトの胸の中の何かだった。

帝国は、この取引を、覚えておきます。

二日目の昼、街道が細くなった。

両側が、低い崖のようになっていた。道は一本きり。荷車が一台、やっと通れる幅だった。

コレットが、足を止めた。

巻尺を出して、道の幅を測った。崖の高さを、目で測った。

「ここ」

コレットは言った。

「荷を狙うなら、ここだよ。……私が帝国の側なら、ここに柵を引く」

ノエラが、崖の上を見上げた。

長いあいだ、黙っていた。

炭筆が、帳面の上で動いていた。

それから、ノエラは、帳面を閉じた。

「……私でも、ここを、選びます」

小さな声だった。

崖の上を、風が渡っていった。

ハルトは、左手で盾の縁に触れた。

四つのへこみが、指に当たった。

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