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暁の盾 〜分け合う者と、背負う者〜  作者: 旬花祝桃
第六章 鉄の値段

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第93話 剪定

--- カイン視点 ---

石の台の向こうに、五人が座っていた。

右から、十七。それから、二十三、三十一。あとの二人は、扉の数字だけ、覚えていた。名前は、ゆうべ、ゼノビアが読んだ。

五人目は、若かった。

ハルと同じくらいか。もう少し、下か。

鉄の板に置いた手が震えていた。

カインは、それを見た。

見て、灰色の右手を自分の板に置いた。

技師が紙を広げた。

数字を読み上げようとして、口を開いた。

その前に、床の石が盛り上がっていた。

一本。二本。

三本目で技師が数字を読んだ。

カインは、それを聞いて、四本目を立てた。

溝が光った。

光は、五つに分かれて、流れていった。

台の向こうで、誰かが短く声を上げた。

若い声だった。

カインは、顔を上げなかった。

上げなくても、もう止まらないことは、知っていた。


部屋へ戻される途中だった。

回廊の角で、技師が黒い外套の男と話していた。胸に細い銀の鎖。

カインは、足を止めなかった。

止めなくても、声は、聞こえた。

「板の溝が、浅く、なる」

技師の声だった。

「倍で、流せば、倍ですり減る。……冬の終わりから、二枚替えた。次の鉄が要る」

「焼け跡の鉄は」

「取り返せなかった。……知っているだろう」

黒い外套の男は、少し黙った。

「なら、買う」

「どこから」

「東の商人どもから。……ポルタに人をやってある。あそこは、誰にでも、売る」

カインは、回廊の唯一の窓の前を通りすぎた。

焼け跡、という、言葉だけが耳に残った。

あそこに鉄がある。

あそこに誰がいるのか。

カインは、知っていた。

知っていて、何も考えないことにした。

それも、前より上手くなっていた。


昼の粥は、全部、食べた。

もう、空の椀を見つめることはなかった。

食べ終わって、匙を置いて、それから、思い出す。食べたことを。

扉が叩かれた。

ゼノビアが、帳簿を抱えて、立っていた。

「読みますか」

「ああ」

ゼノビアは、五つの名前を読んだ。

カインは、全部、聞いた。

一度で。

五つ目の名前を口の中で繰り返した。若い声の主の名前だった。

覚えた。

ゼノビアは、帳簿を閉じなかった。

カインの顔を見ていた。

いつもより、少し長く。

「……何だ」

「いいえ」

ゼノビアは、言った。

「今日は、一度で、聞かれたので」

それだけ、言って、扉を閉めた。

回廊でペンの音がした。

短かった。


流した日の夕方は、中庭でミアに会える。

それが条件だった。

花壇の芽は、膝の高さまで伸びていた。

茎が、一本の根元から、何本も分かれていた。細い茎ばかりだった。

十七が、花壇の縁に座っていた。

ガルドの鋏を膝に置いて。

ミアが、その横に、しゃがんでいた。

ミアは、カインを見て、立ち上がった。

走らなかった。

「……カインお兄ちゃん」

「ああ」

ミアは、カインの外套の端をつかんだ。

それから、花壇の前へ引っぱった。

「これ」

ミアは、芽を指さした。

「ふえたの」

「増えたな」

「いっぱい」

十七が鼻を鳴らした。

「増えすぎだ」

十七は、鋏をカインに差し出した。

左手で。

人差し指の灰色は、二節目を越えていた。中指は、一節目まで。薬指の先が白くくすんでいた。

カインは、その手を見た。

目を、そらさなかった。

鋏を受け取った。


「一本にしろ」

十七が言った。

「この太いのを残す。ほかは、根元から、切る」

カインは、茎を見た。

どれも細かった。どれが太いのか、よくわからなかった。

「全部、育てたら、全部、細くなる」

十七は、言った。

「根っこが、吸う水は、決まってる。……分けたら、一本ずつは、痩せる。花は、つかねえ」

「全部、切るのか」

「一本残す」

十七は、指で一本の茎を示した。

ほかとほとんど変わらない茎だった。

「これだ。……ほかは、切れ」

カインは、鋏を開いた。

一本目の細い、茎の根元に刃を当てた。

切った。

二本目。三本目。

四本目。

鋏の音が、中庭に小さく響いた。

七本目を、切った時、十七が言った。

「……迷わねえな」

カインの手が止まった。

「最初の冬は」

十七は、言った。

「枯れた、茎、一本、切るのに、あんた、ずいぶん、かかった。……俺が、止めた、くらいだ」

カインは、鋏を見た。

ガルドの鋏。

刃の間に細い緑の汁がついていた。

「上手く、なったよ。若いの」

十七は、そう言って、灰色の指で膝を掻いた。

褒めたのだと、思う。

カインは、何も言えなかった。


足もとに、切った、茎が落ちていた。

七本。

ミアが、しゃがんで、それを拾った。

一本ずつ。

小さな手に七本全部。

それから、花壇の隅へ行った。

土を指で掘った。

小さな穴を七つ。

切った茎を、一本ずつそこに差した。

「……ミア」

カインは、言った。

ミアは、振り返らなかった。

土を茎の根元に寄せていた。両手で。丁寧に。

「つかねえよ」

十七が言った。

「根が、ねえ。……枯れる」

ミアは、手を止めなかった。

七本目を差して、土を寄せて。

それから、立ち上がって、カインを見た。

「これも」

ミアは、言った。

「いきてるよ」

それだけ、だった。

それ以上、何も言わなかった。

ミアは、またカインの外套の端をつかんだ。

花壇の真ん中の一本と、隅の七本を見ていた。

かわるがわる。

カインは、ミアの目を見られなかった。

見られなかったことに、驚かなかった。


夜、窓のない部屋で、カインは寝台に座っていた。

眠れるはずだった。

流した日は、眠れる。体が軽い。もう、何日もそうだった。

眠れなかった。

右手を見た。

肘までの灰色。

肘から、上へは、のぼっていない。冬から、ずっと。

今朝のことを思い出した。

技師が、数字を読む前に石が立っていた。

自分が立てた。

読み上げを待たなかった。

いつから、だ。

カインは、考えた。

最初の日は、待った。十七の指を見て、手が止まりそうになった。

ミアが、来た日は、待った。窓枠をつかんで、手を離して、それから、待った。

その後は。

思い出せなかった。

いつ、待つのを、やめたのか。

いつ、五人目の震える手を見ても、手が止まらなくなったのか。

(……慣れた、のか)

その考えは、静かに来た。

驚くほど、静かに。

鋏の音が耳に残っていた。一本目と、七本目が同じ音だった。

『……迷わねえな』

(一人で、決めるな)

いつかの声を思い出そうとした。

声は、来なかった。

来なかったことに、気づくまで少しかかった。


カインは、寝台に横になった。

天井の石を見ていた。

明日は、流さない、日だった。

二日に一度。明日は、流さない。

だから、明日は、ミアに会えない。

カインは、目を閉じた。

閉じて、気づいた。

自分が、明後日を、数えていることに。

流す、日を。

待っている、ことに。

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