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暁の盾 〜分け合う者と、背負う者〜  作者: 旬花祝桃
第四章 冬の門

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第76話 どこから来た

雪の上に、斧槍の男が横たわっていた。

サビナの団の一番年下の男だった。

ゆうべ、鍋の列で名前を聞いた。鼻の頭が赤くて、椀を受け取る時に、ピムに多めに入れろと笑って言った。

ハルトは、その名前をもう一度言った。

男は、答えなかった。

胸に、短い矢が、一本、立っていた。


日が傾く前に、焼け跡の北の雪の浅いところに穴を掘った。

サビナの団の男たちが、黙って掘った。

ロブと、帝国の靴の男たちが手伝った。誰も頼まなかった。

サビナは、穴の縁に立っていた。斧槍を雪に突き立てて。

「名前を、呼ばれたのは、初めてだったろうね」

サビナが言った。

「傭兵は、死ぬと、数で数えられる。十一が十になる。それだけだ」

ハルトは、何も言えなかった。

ノエラが帳面を開いた。

契約の頁。十一の名前が並んでいた。

ノエラは、一番下の名前に線を引かなかった。

名前の横に小さく日付を書いた。

それだけだった。

サビナは、それをのぞき込んだ。

しばらく、黙っていた。

「……線は、引かないのか」

「引きません」

ノエラは、言った。

「門を出た人の頁にも、引いていません。……数えるのを、やめないので」

サビナは、鼻を鳴らした。

それから、横を向いた。


アガタの天幕では、二人が眠っていた。

壁の上で、名前を呼び続けた、帝国の靴の男。

門をくぐる時に、背中を、撃たれた、若い男。

「二人とも助かるの」

アガタが言った。

「肩のほうは、矢が、骨の手前で止まっとった。背中のほうは、厚着が効いた。……冬でよかったの」

リュネが、天幕の隅で長杖を抱えていた。唇が少し青かった。

「数えるの途中でやめた」

リュネは、ハルトの顔を見て、先に言った。

「霧と、氷と、さっきの背中の人。……六回か、七回」

「……七回」

「一人の時なら、三回で歯が鳴ってた。今日は、唇が、ちょっと、青いだけ」

リュネは、長杖を抱え直した。

「一人で使うより、ずっと軽い。……理論的には、こんなに、軽くなるはず、ないのに」

それから、ふん、と、鼻を鳴らした。

「だから、調べる。盟主の右手の次に」


日が沈む頃、森から、人が出てきた。

街道の脇の、昼に前の列が逃げ込んだ森だった。

最初は、三人だった。

両手を上げていた。

その後ろにまた何人か。

門柱の上でヤンが数えた。

「……十二人」

先頭の男が門の前で止まった。

壁の上で、最初に名前を呼ばれた男だった。

「谷へ帰ろうとした」

男は、言った。

「でも、谷には、もう誰もいねえ。徴発で、全部、持っていかれた。麦も男も」

男は、門の内側を見た。

鍋の湯気。炉の火。

「……あいつは、生きてるか。俺の名前を呼んだ奴は」

「生きてます」

ハルトは、言った。

男の肩から、力が抜けた。

門柱の横でトマが言った。

「どこから来た」

「東の谷から」

「なら、入れ」

十二人が、門柱の間をくぐった。

昼の七人が、竈の前で立ち上がった。抱き合う者がいた。黙って肩を叩く者がいた。

ノエラが、帳面の戦える人の頁を開いた。

「七と、十二」

ノエラは、炭筆を動かした。

「槍の持ち方は、ベックに教わってください。……百九十六」

杖をついたベックが天を仰いだ。

「教わる側がまた増えた」

それでも、ベックの口の端は、少し上がっていた。


最後の光が尾根に残っていた。

その光の中を、一人、下りてきた。

青い、外套だった。

裾が、雪で白くなっていた。腰には、何も下げていなかった。

黒い髪を高い位置で結んでいた。

ハルトは、門の前で動けなくなった。

トマが門柱の横に立った。

外套の女は、門の前で止まった。

トマを見下ろした。

トマは、見上げた。

「どこから来た」

女は、少し黙った。

それから、言った。

「……ベルナから」

「なら、入れ」

トマは、半歩どいた。

女は、動かなかった。

門柱の間を、くぐる前にハルトを見た。

深い、青い目だった。

前より、少し疲れていた。

前より、少し、冷たく、なかった。

「セラさん」

ハルトは、言った。

「……ハルト」

セラは、言った。

その声で名前を呼ばれるのは、ベルナ以来だった。


竈の前に人が集まった。

セラは、勧められた椀を両手で受け取った。

左手が震えていた。

湯気が揺れた。

セラは、それを隠さなかった。

「右だ、と言ったのは、私だ」

セラは、言った。

サビナを見ていた。

「止まれ、と言ったのも、私だ。……一人、間に合わなかった」

サビナは、腕を、組んだまま、セラを見返した。

「あんたの声が、なかったら、三人は、死んでた」

サビナは、言った。

「止まったのは、私の団だ。分けたのは、私だ。……一人分は、私の判断だよ。あんたが、持っていくもんじゃない」

「それでも」

セラが言いかけた。

「じゃあ」

ハルトが言った。

二人がハルトを見た。

「分けて、持ちませんか。セラさんと、サビナさんと、……俺と」

ハルトは、言った。

「門を開けたのは、俺です。追うな、って言ったのも」

サビナが短く笑った。

「……変な、雇い主だ」

セラは、笑わなかった。

ただ、椀を両手で持ち直した。

震えは、止まっていなかった。でも、湯気は、こぼれなかった。


「穀物蔵の、ことは」

セラが言った。

「知ってます」

ハルトは、言った。

「百八十六。……三十八」

セラの目が、少しだけ大きくなった。

竈の陰でカーラが肩をすくめた。

「高く売ったわよ」

「……そうか」

セラは、カーラを見た。それから、ハルトを見た。

「跡は、運河で消えた。それでも、川を下った。……ここに、来たのは、三十八人の跡じゃない」

セラは、言った。

「君たちの話を聞いたからだ」


マーサが、竈の向こうから、出てきた。

セラの前で止まった。

何も言わずに、セラの手を、椀ごと、両手で包んだ。

「……数えてくれて、ありがとう」

マーサは、言った。

セラは、何か言おうとして、言えなかった。

その横にゴードンが来た。

大きな体を少し前にかがめていた。息が、まだ整っていなかった。

「ベルナの騎士だな」

「……もう、騎士では、ありません」

「そうか」

ゴードンは、言った。

「なら、頼みがある」

ゴードンは、竈の向こうの若い者たちを顎で指した。

川下の村の六人。東の谷の十九人。槍を、鍬のように、持つ者たち。

「稽古を、つけてやってくれ。……俺は、もう二十歩で息が上がる」

ゴードンは、それを平らな声で言った。

ハルトは、ゴードンの横顔を見た。

(隊長)

声には、ならなかった。

セラは、しばらく黙っていた。

「剣は、ありません。ベルナに置いてきました」

「木の棒でいい。ネリに削らせる」

「……冬の、あいだだけなら」

セラは、言った。

「布は、まだ巻けません」

「それで、いい」

ゴードンは、言った。

それから、背を向けた。ゆっくりと天幕のほうへ歩いていった。

一度も振り返らなかった。


夜、ノエラが帳面を開いた。

戦える人の頁。百九十六。

門を出た人の頁。

カーラの頁。

契約の頁。十。日付の書かれた、一つの名前。

ノエラは、炭筆を、持ったまま、少し止まった。

セラの分をどこに書くか。

ノエラは、何も書かなかった。

炭筆を、帳面に、挟んで、閉じた。

「布を巻いた日に書きます」

ノエラは、言った。

「それまでは、私が覚えておきます」


ハルトは、門柱の横で雪を見ていた。

勝った。

鉄は、取られなかった。十九人が門をくぐった。セラが来た。

それでも、笑えなかった。

北の雪の浅いところに、新しい土の山が、一つ、あった。

名前を知っている男だった。

ハルトは、もう一度その名前を口の中で言った。

背中で足音がした。

セラだった。

外套の前を、合わせて、ハルトの横に立った。

二人とも、しばらく何も言わなかった。

「君は」

セラが言った。

「一人で門を見ていなかったな」

ハルトは、少し考えた。

「見てる人が、多いので」

ハルトは、言った。

「誰かが、いなくなっても、わかるように」

セラは、北の土の山を見た。

それから、自分の左手を見た。

震えていた。

セラは、その手で、外套の前をもう一度合わせた。

「明日の朝から、稽古だ」

セラは、言った。

「君も来なさい。……その盾の持ち方は、見ていられない」

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