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暁の盾 〜分け合う者と、背負う者〜  作者: 旬花祝桃
第三章 借り物の盾

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第59話 ねむれない夜の花

--- ミア視点 ---

カインお兄ちゃんは、わらわなくなった。

前から、あんまり、わらわなかった。

でも、今は、ぜんぜん、わらわない。

ミアは、それを見ていた。


あさごはんのパンが、ひとつ、のこっていた。

カインお兄ちゃんの、おさらの上に。

ちぎってもいなかった。

イゾルデおねえちゃんが、それを見て、なにか言おうとして、やめた。

ミアは、じぶんのパンを、はんぶんに、ちぎった。

ハル兄が、むかし、そうしていた。ユノお姉ちゃんも。

はんぶんを、カインお兄ちゃんの、おさらにのせた。

カインお兄ちゃんは、それを見た。

それから、ミアを見た。

「……ありがとう」

カインお兄ちゃんは、はんぶんの、はんぶんだけ、たべた。

のこりは、おさらの上にあった。

ミアは、それを見ていた。


ぎんの、くさりの人たちは、きゃくまにいた。

くろい、がいとう。むねに、ほそい、ぎんのくさり。

ろうかで、その人たちの、こえがきこえた。

ミアは、はしらの、かげにかくれた。

そのこえを、しっていた。

なつのはじめ。おにわで、きいたこえ。

ミアは、いきをとめた。

こえは、ろうかの、むこうへいった。

ミアは、しばらく、はしらの、かげから、でられなかった。

イゾルデおねえちゃんが、さがしにきた。

「ミア。どうしたの」

ミアは、くびをふった。

いえなかった。

いわないことが、ミアには、あった。


しゅっぱつの日のあさ。

まだくらかった。

カインお兄ちゃんが、ミアのへやの、とびらを、たたいた。

「おにわにいこう」

ミアは、くつをはいた。

カインお兄ちゃんの、ひだりての、ゆびをにぎった。

みぎてじゃ、なかった。

みぎては、はいいろで、つめたい。カインお兄ちゃんは、みぎてでミアの手をにぎらない。


やくそうの、おにわは、しずかだった。

つちの、においがした。

しょうぐんの、おにわ。

しょうぐんは、いない。

みんな、さがしている。まだ、みつからない。

カインお兄ちゃんは、はたけのまえに、しゃがんだ。

ミアも、となりに、しゃがんだ。

カインお兄ちゃんは、くさを、ひとつずつ、ゆびでさした。

「これは、ねつをさげる」

「これは、きずに、ぬる」

それから、さいごのひとつ。

ちいさな、しろい、花。

「これは、ねむれない夜に。花を、かわかして、まくらの、したにいれる」

カインお兄ちゃんは、その花のなまえを言った。

ミアのしらない、ことば。

ながくて、まるい、ひびき。

「いってみろ」

ミアは、言った。

まちがえた。

カインお兄ちゃんが、もういちど、言った。

ゆっくり。

ミアは、もういちど、言った。

こんどは、あっていた。

カインお兄ちゃんが、うなずいた。

「しょうぐんが、おしえてくれた。……しょうぐんは、この花のなまえを、わすれたんだ」

ミアは、カインお兄ちゃんを見た。

「なんで」

「わからない」

カインお兄ちゃんは、花を見ていた。

「だから、おれがおぼえた。しょうぐんが、わすれたら、おれが、おしえる、って、やくそくした」

カインお兄ちゃんは、ミアを見た。

「おれが、わすれたら」

ことばが、そこでとまった。

カインお兄ちゃんのくちが、ちょっとだけ、うごかなかった。

「……ミアが、おしえてくれ」

ミアは、うなずいた。

なにも言わなかった。

言わないで、もういちど、こころの、なかでなまえを言った。

ながくて、まるい、ひびき。

おぼえた。


カインお兄ちゃんは、白い花を、ひとつ、つんだ。

ミアのてのひらに、のせた。

「かわかして、まくらのしたに」

ミアは、てのひらの花を見た。

ちいさくて、かるかった。

「カインお兄ちゃんの、ぶんは」

ミアは、言った。

カインお兄ちゃんは、くびをふった。

「おれは、いい」

ミアは、花を見た。

それから、カインお兄ちゃんを見た。

カインお兄ちゃんの目の下がくろかった。

ずっと、くろかった。

ミアは、なにも言わなかった。


もんのまえに、うまがいた。

くさりの人たちのうま。

それから、カインお兄ちゃんのうま。

イゾルデおねえちゃんが、もんのまえに立っていた。

けんを、こしにさげて。

目があかかった。でも、ないていなかった。

カインお兄ちゃんは、イゾルデおねえちゃんの、まえでとまった。

まえ、だった。

よこじゃ、なかった。

「……ミアを」

「わかってる」

イゾルデおねえちゃんは、言った。

「あなたに言われなくても」

カインお兄ちゃんは、すこしだけ、下を見た。

それから、イゾルデおねえちゃんの、よこに、すこしだけ、ずれた。

よこに立った。

ほんの、すこしのあいだ。

ふたりとも、なにも言わなかった。


カインお兄ちゃんが、ミアのまえに、しゃがんだ。

ミアのてくびを見た。

ぎんはいいろの、くみひも。

カインお兄ちゃんの、てくびにも、おなじのが、あった。

「きれたら、ねがいがかなう」

カインお兄ちゃんが言った。

ミアが、むかし、言ったことば。

「……まだ、きれてないな」

ミアは、くびをふった。

きれて、ない。

ミアの、ねがいは、まだ、かなって、ない。

カインお兄ちゃんの、ねがいも。

カインお兄ちゃんは、ひだりての、ゆびで、ミアのあたまを、いちど、なでた。

かるかった。

それから、たちあがった。

うまにのった。

ふりかえらなかった。

ミアは、それを見ていた。

ずっと見ていた。

うまのせなかが、ちいさく、なって。

みちの、まがりかどで、見えなく、なるまで。

ひとりで、いかないで。

あの夜、そう言った。

ミアは、今は、言わなかった。

言っても、カインお兄ちゃんは、いく。

それを、ミアは、もうしっていた。


その夜、ミアは、白い花を、まどべに、ならべた。

かわかすために。

イゾルデおねえちゃんが、それを見た。

「なに、それ」

ミアは、花のなまえを言った。

ながくて、まるい、ひびき。

イゾルデおねえちゃんの目が、おおきく、なった。

「……それ、父上のおにわの」

イゾルデおねえちゃんは、まどべに、しゃがんだ。

ミアのとなりに。

「その、なまえ。……父上が、言ってたの、きいたこと、ある。ずっとむかし。母上が、いたころ」

イゾルデおねえちゃんは、花を見ていた。

ながいこと。

「わすれてた。わたしも」

ミアは、もういちど、なまえを言った。

イゾルデおねえちゃんが、それを、くりかえした。

まちがえた。

ミアが、もういちど、言った。

ゆっくり。

カインお兄ちゃんが、そうしてくれたように。


ミアのまくらの、したには、あした、花がはいる。

かわいたら、いれる。そう、きめていた。

カインお兄ちゃんの、まくらの、したには、なにもなかった。

カインお兄ちゃんは、今夜、どこで、ねるんだろう。

ミアは、まどの、そとを見た。

みちの、むこうは、くらかった。

ミアは、なまえを言った。

だれにも、きこえない、こえで。

わすれない、ように。

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