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暁の盾 〜分け合う者と、背負う者〜  作者: 旬花祝桃
第一章 夜明け前の橋

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第3話 凛とした騎士

ベルナの城門に着いたのは、夕暮れの鐘が鳴り終わる頃だった。

石造りの高い城壁。門の前には、荷馬車と旅人の長い列ができている。

ただ、その空気は妙に重かった。

誰もが口数少なく、時々、背後の街道を振り返っている。

「……みんな、ぴりぴりしてるね」

ハルトが小声で言うと、カインは前を向いたまま頷いた。

「街道で魔物を見たのは、俺たちだけじゃなさそうだ」

列の脇を、担架が通っていった。

二人がかりで運ばれているのは、鎧を着た兵士だった。脇腹が赤く染まっている。

その後ろから、別の兵が駆け寄ってきた。

「セラ様! 東門の巡回隊、収容しました。重傷三、軽傷五です!」

「重傷者は西の治療所へ。軽傷は詰所で応急手当だ。門は半刻、閉じる。列の者には私から説明する」

凛とした声だった。

声の主は、城門の脇に立っていた。

黒髪を高い位置で結んだ、青い外套の女騎士だった。胸には銀の鎧。腰には、細身の長剣。

肩にも頬にも、乾いていない泥が跳ねている。

だが、立ち姿には一分の乱れもなかった。

「承知しました。……セラ様、お顔の色が優れません。少しお休みになられては」

「休まない」

セラは、短く言った。

「私が休めば、この門は誰が見る」

それだけだった。

怒っているわけでも、強がっているわけでもない。ただ、事実を述べているだけの声だった。

兵は、何も言い返せずに頭を下げて走っていった。

「かっこいいね」

ユノが、感心したように呟いた。

「……ああ」

ハルトも、思わず頷いた。


列に並んでいる者たちに、セラが順に声をかけていく。

やがて、その足がハルトたちの前で止まった。

「旅の者か」

「はい。ソーヌ村から、薬を届けに来ました」

カインが前に出て答えた。

セラの視線が、三人を順に撫でた。

背丈ほどもある大剣を背負ったカイン。短い杖と弓を持ったユノ。

そして、最後に、ハルトの左腕に向けられた。

「その盾は」

「あ、あの……村の守備隊長から、借りたもので」

「守備隊の古い型だな。縁の鉄が丁寧に打たれている」

セラは、わずかに目を細めた。

「良い盾だ。大切に使え」

「は、はい」

ハルトは、なぜか背筋が伸びた。

(隊長の盾、褒められた)

セラは視線を戻して、三人に告げた。

「聞いておけ。ここ数日、街道の近くまで魔物が降りてきている。山にいるはずの種まで、だ。日没後は、町の外に出るな」

「俺たちも、道中で岩牙猪の死骸を見ました」

カインが言った。

セラの表情が、わずかに動いた。

「……どこで」

「丘をひとつ越えたあたりの、麦畑の脇です。頭が潰されていました」

「そうか」

セラは短く呟いて、少し黙った。

それから、小さな息を吐く。

「報告、感謝する。宿は東通りに取れ。西は今、治療所で埋まっている」

それだけ言って、セラは次の列へ歩いていった。

その背中は、一度も揺れなかった。

ただ、ハルトは気づいてしまった。

セラの左手が、外套の下で、ほんの少しだけ震えていたことに。

(寒い……わけ、ないよな)


商人組合は、城門から大通りを少し入ったところにあった。

応対に出てきた中年の男は、ハルトが差し出した五本の瓶と、事情を聞くと、苦い顔で頭を掻いた。

「橋で転んだのかい。そりゃ災難だったな」

「すみません。村の人たちが、作ってくれたのに」

「いや、気にしなさんな。五本も無事なら上出来だ。最近は、街道の途中で荷ごと魔物にやられる荷車も多い」

男は声を落とした。

「ここだけの話だ。魔物の数が、ここ半年で目に見えて増えてる。もともと山の奥にしか出なかったのが、麦畑にまで降りてくる」

「半年で……?」

「原因は、誰にもわからん。疫病の前触れだって言う奴もいれば、遺跡の祟りだって言う奴もいる」

男は肩をすくめた。

「帝国の連中が、なんかやらかしてるんじゃないか、なんて噂もあるがな。まあ、俺たち商人には関係のない話だ」

代金の半分と、荷受けの証文を受け取って、三人は組合を出た。

外はもう、夕焼けが紫に変わり始めていた。

「帝国……」

ハルトが、ぽつりと呟いた。

「ハル?」

「ううん。ちょっと、気になっただけ」

この大陸は、ヴァルディア帝国が治めている。大人たちが口にする名前だ。ただ、ハルトにとって帝国は、遠い、ただの名前でしかなかった。


東通りの宿は、小さいが清潔だった。

一階の食堂で、三人は固いパンと豆のスープをもらった。

「お金、足りるかしら」

「依頼の残りと、薬代の精算があるからな。三日は持つ」

カインは、帳面代わりの紙に、手早く数字を書き込んでいた。

その横顔を、ハルトはパンをかじりながら、ぼんやりと眺めた。

橋の上で、カインは嘘をついた。

昼間の戦いでは、土の壁を立てて、何事もなかったように前に出た。

それから、あの頬の傷。

(あれも、本当に、浅かったのかな)

「ねえ、ハル。指、まだ痺れてる?」

ユノが、隣から顔を覗き込んだ。

「あ、うん。少しだけ。でも、もうほとんど平気」

「ほんとに?」

「ほんと」

ユノは、疑わしそうに目を細めてから、ふっと笑った。

「じゃあ、明日の朝、もう一度見るわね」

その時だった。

どん、と、遠くで鈍い音がした。

窓ガラスが、かすかに震える。

三人は、同時に顔を上げた。

窓の外、町の北のはずれ。古い塔の窓から、青白い光が、一瞬だけ弾けた。

そして、すぐに消えた。

「……なんだ、今の」

「魔物?」

「いや」

カインは、窓の外をじっと見つめていた。

「魔物の気配じゃない。誰かが、何かを試した音だ」

夜の静けさが、再び町を包んだ。

だが、ハルトの胸の奥には、さっきの青い光が、いつまでも消えずに残っていた。

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