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暁の盾 〜分け合う者と、背負う者〜  作者: 旬花祝桃
第六章 鉄の値段

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103/104

第103話 拠点

十二台の荷車が、焼け跡の門の前に並んだ。

牛が鼻を鳴らしていた。麦の袋が、荷台の上で日に白く光っていた。

トマが、門柱の横に立っていた。

荷車を一台ずつ見た。それから、御者の顔を一人ずつ。

「どこから来た」

「ポルタから」

若い御者が言った。崖の裏の牛の道を教えた、あの御者だった。

トマは、しばらく黙っていた。

「なら、入れ」

荷車が門をくぐった。

一台ずつ。トマは、全部の車輪を見ていた。

最後の荷車の後ろを、ハルトが歩いていた。

「……行ってきます、って、言ったな」

「ただいま」

「おう」

トマは、それから、少しだけ付け足した。

「重そうな、ただいま、だな」

ハルトは、何も言えなかった。

荷車の一台に、布で包んだものが二つ載っていた。


二人は、焼け跡の北の斜面に埋めた。

冬に、サビナの団の一番年下の男を埋めた場所の隣だった。

帝国の靴の二人が、黙って穴を掘った。もう一人の分まで。ラースは、まだ谷から戻っていなかった。

ポルタの御者たちも掘った。

髭の御者の牛は、ポルタへは帰らなかった。若い御者が、手綱を引いて、斜面の下で待たせていた。

ハルトは、二人の名前を呼んだ。

一人ずつ。

全員が繰り返した。

ウルリクも。ベックも。ゴードンも座ったまま。

窪地から来たイゾルデと、古い兵たちも。

「……フーゴは、鞴(ふいご)を引いた奴だ」

ウルリクが言った。

杖で土を一度突いた。

「一緒に引いた。冬に。……忘れねえ」

帝国の靴の二人が顔を伏せた。

ノエラが帳面を開いていた。

名前の横の日付を、指でなぞっていた。

それから、帳面を閉じた。

何も言わなかった。


延べ棒を百本荷車に積んだ。

ネリが一本ずつ選んだ。印のない端の鉄から。山の印の延べ棒は、倉の奥に残した。

「持っていけ」

ウルリクが言った。

前に、売るのか、と言った男だった。

「冬に守った鉄だ。……守った分、ちゃんと、値段になった」

ウルリクは、麦の荷車のほうを顎で示した。

「なら、もう文句はねえ」

若い御者が頷いた。

荷を下ろした荷車に鉄を積んで、ポルタへ帰る。林へ走った五人も、戦いの後に、名前を言いながら戻ってきていた。御者は、十三人。

そのうちの三人は、焼け跡に残ると言った。

若い御者とあと二人。

「親父の牛もいるし」

若い御者は、斜面の下の牛を見た。

「ここの荷を、ポルタへ運ぶ者が、要るだろ。……二度目の荷から」

ノエラが帳面に書いた。

御者の頁の下に。

焼け跡。三。


その夜、ノエラは、鍋の明かりの下で帳面を開いた。

ハルトは、横に座った。

「戦える人の頁」

ノエラは言った。

「二百、十四」

減っていなかった。

戦える人の頁からは。

「契約の頁。十。……サビナさんの団の三人は、今日、戻りました。同盟から、値をもらって」

「横の頁。十八」

ノエラは、もう一枚、めくった。

新しい頁だった。

「焼け跡に来た人の頁。……コレットさん。ニコさん。御者の三人」

それから、また一枚。

「麦の頁」

ノエラは、指で数字をなぞった。

「十一台。……秋の刈り入れまで、届きます。塩は、樽が四つ。冬の前に、二度目の荷が、来れば」

ノエラは、少し黙った。

「足ります」

ハルトは、その言葉を聞いた。

足ります。

ノエラが、足りる、と言うのを初めて聞いた気がした。


倉の裏で水が出た。

コレットの二つ目の井戸だった。

ニコが、泥だらけになって、桶を引き上げていた。

「出たよ! 出た!」

ニコの声が、焼け跡の端まで響いた。

コレットが、桶の水を手ですくって、飲んだ。

「……まずい」

コレットは言った。

それから、笑った。

大きな口で。

「でも、水だ」

一つ目の井戸は、昨日、もう水が出ていた。

二つ目が出たので、もう一つが潰れても、終わらない。

ネリが、炉の前から、それを見ていた。

「堀は、明日から」

コレットは、鉛筆を髪に挿し直した。

「柵は、半分まで。……杭が足りない。森から、切ってこないと」

若い御者が手を上げた。

「牛で引ける」

コレットは、御者を見た。

「あんた、名前は」

御者が名前を言った。

コレットは、それを、墨壺の糸を巻く板に鉛筆で書いた。


鍋の列で若い御者が言った。

ポルタの話の続きのように。何でもないことのように。

「帰りの街道、気をつけたほうが、いいよ。……最近、狼が多い」

「狼?」

ハルトは聞いた。

「群れがでかい。前は、五、六頭だったのに。……春から、十頭を、超える群れを見たって、話がある」

ニコが椀から顔を上げた。

「橋の下でも、聞いた。……東の村のほうで、羊が、やられたって」

リュネが匙を止めた。

ハルトは、リュネを見た。

リュネは、何も言わなかった。

でも、手帳を膝の上に出していた。


焼け跡が拠点になった。

ハルトは、そう思った。

門がある。壁がある。堀が明日からできる。井戸が二つある。麦がある。鉄を打つ炉がある。帰ってくる場所がある。

横にいる者もいる。

それは、ハルトが一人で作ったものではなかった。

トマの門。ウルリクの預かり。ネリの炉。コレットの井戸。ノエラの帳面。

全員のものだった。

ゴードンが、樽に座って、盾の前でハルトを見ていた。

ハルトは、その前にしゃがんだ。

「……いい、とこになったな」

ゴードンは言った。

「はい」

「おまえが、作ったんじゃ、ねえぞ」

「わかってます」

ゴードンの口の端が上がった。

「なら、いい」


ラースが戻ってきたのは、三日後の夜明けだった。

走ってきたのではなかった。

歩いてきた。

ゆっくりと。何かを、何度も確かめるような足取りで。

トマが門の前に出た。

「どこから、来た」

「……谷から」

ラースは言った。

それから、門柱に手をついた。

「丘の砦に別の連中が入った」

ハルトは、門へ走った。

ノエラも。セラも。

ラースは、ハルトを見た。

「銀の鎖じゃ、ねえ。……東の陣の兵でも、ねえ」

「じゃあ、誰が」

「わからねえ」

ラースは、首を振った。

「揃ってねえんだ。鎧も外套もばらばらだ。……手首に、鎖の跡がある奴もいた。焼き印のある奴も」

ラースの声が低くなった。

「でも、逃げてきた顔じゃ、なかった」

誰も何も言わなかった。

「笑ってたんだよ」

ラースは言った。

「丘を登りながら。……誰も、命令してねえのに。自分から、登っていく、みたいに」

ラースは、門柱から、手を離した。

「銀の鎖の連中が、そいつらに道をあけてた」

ノエラの炭筆が止まっていた。

セラの左手が、外套の脇で震えていた。

「旗は」

セラが聞いた。

「黒い旗だった」

ラースは言った。

「紋は、なかった。……何も描いて、なかった」

東の空が白みはじめていた。

そのずっと向こうに東の谷がある。

種麦の芽が出た谷が。

(第六章 鉄の値段 了)

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