舞台の裏で
熱狂の渦が体育館に残る中、白雪とカズキは運営スタッフの目を盗んで、舞台裏の静かな通路へと逃げ込んだ。
薄暗い廊下には、遠くで響く閉会式の喧騒が、まるで別世界の出来事のように届いている。
白雪は壁に背を預けると、そのまま崩れ落ちるように床に膝をついた。
カズキから返された私物スマホを、胸元でぎゅっと抱きしめる。
その指先は、今もなお激しく、小刻みに震えていた。
「……白雪」
カズキの声に、彼女はゆっくりと顔を上げた。
完璧だったはずの髪は乱れ、聖女の面影はどこにもない。
そこにあるのは、たった今、自分の人生が断罪される瀬戸際から生還した、一人の少女の素顔だった。
「……あんた、バカじゃないの……?」
掠れた声が、静かな通路に落ちる。
「おいおい、ずいぶんな言われようだな。上手くいっただろ?」
カズキが軽く肩をすくめた。
「……あんなの、演出だって信じる奴ばかりじゃないわ。きっと明日から、あんたの周りは騒がしくなる。変な噂だって立てられるかもしれない。……それなのに、私の身代わりになって、泥を被って……なんで、あそこまで……っ」
彼女の目から、溜まっていた涙が大粒の雫となって溢れ出した。
白雪零奈という偶像を守るために、佐藤カズキは自らの平穏を代償に差し出した。
その事実が、彼女の胸を締め付けていた。
「しょうがないだろ、『契約』したんだから」
「え……?」
カズキの言葉の意味が分からず、白雪がポカンと見つめる。
「『お前の正体を秘密にする』それが契約だろ。……俺はそれを守っただけだ」
「そんな、契約なんて……っ! あんなの、私が勝手に押し付けただけで……っ」
「それに――」
カズキは白雪の前に屈み込み、視線を同じ高さに合わせた。
「お前が、あんなところで終わるのが嫌だったんだよ。白雪零奈は……『セイント・レイ』は俺のライバルだからな」
カズキの言葉は、いつものように無愛想で、それでいてどこまでも誠実だった。
白雪は息を呑み、震える手を伸ばして、カズキの制服の袖を掴んだ。
「……責任、取りなさいよ」
「は?」
「あんなにところ見せられたら、私……これから、どんな顔してあんたの前で『聖女』を演じればいいのよ……」
掴んだ手に力がこもる。
さっきまでの恐怖の震えは、いつしか熱を帯び、カズキへの「依存」へと変わっていた。
「ハハッ、なんだよ今更。表も裏もお前の一部だろ? いつでも好きなことを言えばいいさ」
「カズ、キ……っ」
唯一自分を貶め、自分を理解し、そして救ってくれた男。
世界中を欺いても、この男の前でだけは、汚い言葉を吐き、弱音を零し、ただの「白雪零奈」でいられる。
「だったら……これからは、もっと私の近くにいなさい……っ。ゲームの中でも、学校でも……休みの日も、ずっと私の側でサポートしてよ……!」
「……随分と、重いサポーター契約だな」
「当たり前でしょ。リアルの私がこんなに弱くなっちゃったのは、全部あんたのせいなんだから……っ」
白雪は涙を拭い、無理やり不遜な笑みを作ってみせる。
だが、カズキの袖を掴むその手は、決して離そうとはしなかった。
学園一の聖女と、無愛想なゲーマー。
二人の歪な関係は、この日、壊れようのない強固な「絆」へとアップデートされたのだった。
次回クライマックスです。
最後の更新は20日の予定です。




