閑話 動き出す最強の魔王
「あー、つまらねぇな。勇者っつっても、所詮この程度かよ」
艶のある真紅の髪を掻きながら、男はそう呟いた。
髪は適度に乱れているが、不思議とこの男の容姿と雰囲気にマッチしており、その鋭い目つきは、気性の荒い獣を連想させる。
その男の前には、死屍累々たる光景が作られており、倒れている者の数は、百は下らない。
この惨状を一人で作り出した男の後ろには、一人の侍従が佇んでおり、その侍従は、赤髪の主が作った光景に目を向ける。
この死体の元は、魔王討伐のために派遣されてきた兵たちだ。
世界連合と呼ばれる、僅かな例外を除く、この世界の全ての国が所属している組織から、派遣されてきた精鋭たちである。
その中には、魔族である侍従よりも強い、屈強な者もいた。レベルは100をも超えていただろう。
それでも、この兵たちは全滅した。
他でもない、赤髪の主の手によって。
主の名は、クレス・グラムード。
世界連合に『魔王』の称号を与えられた、この時代最強の魔族である。
クレイは死体の山に自ら足を運び、その中で唯一息がある者の頭を引き上げ、その人物と視線を交錯させる。
その人物は周りから勇者と呼ばれていた、この軍団の中では最も強かった戦士だ。
他の人間とは違う、真っ黒な肌色。
これだけボロボロにされても、未だ闘志が衰えぬことのない瞳。
そしてその手に握る、淡い光を放つ聖剣。
そのどれをとっても、他の者たちとは違う。
クレスは好戦的な笑みを浮かべながら、その勇者にこう言い放った。
「あー? どんな気分だ? あれだけご立派な前口上を叩いておきながら、今無様に地面を這い蹲ってる気分はよ?」
「……お、お前は……」
「聞こえねぇなぁ。あれだけ元気だった威勢は、一体どこにいっちまったんだぁ?」
クレスは、戦う前とはかけ離れた様子の勇者を前に、嗤う。
それを見た黒人の勇者は、悔しさから歯を食いしばり、こう口にした。
「お前は……必ず倒される。……俺を倒したとしても……必ずお前は……倒される」
「はっはぁ。面白いことを言うもんだな。だったら教えてくれよ。勇者のてめぇを始めとした、雑魚の中ではましな雑魚を倒したこの俺に、一体誰が勝てるっていうんだぁ?」
「……ここにはいない……別の戦士に、だ」
「その戦士は誰だ? 前魔王を殺した『勇者』ハガネか? その仲間の『龍殺し』のデフリーや、『精霊姫』の名を持つエルフ、セレナか? それとも『覇者』を謳う、ゼルドーグか? もしかしたら『死神』を謳う、レイシクルってこともあるかも知れねぇなぁ。確かにそのどれもが、レベル100を超えた人外の化け物だ」
だが、とクレスは続けた。
「それでも、俺の方が強い。これは、確信だぜ、勇者ゾマホン。最強の王の力を継ぐこの俺が、負けるはずがねぇだろぉ? この力がある限り、例え精霊や竜族が敵だとしても、後れを取ることなんかありえねぇ」
「最強の……王の力……だと?」
「おっと、俺様としたことが喋りすぎたな。まあ、今から死に行くてめぇに、何を言ったところで、何かが変わるわけでもねぇし、構わねぇよなぁ」
クレスはそう嗤うと、右手に魔力を集中させる。
クレスの黒の魔力は、それを向けられている勇者に、まるで全てを喰らう捕食者の牙を連想させた。
=========
「どうして、どうして僕がこんな目に!」
石造りの回廊の上を必死で走りながら、この世界に召喚された勇者である、小野寺信二は、そう言い放った。
場所は、ロービン王国に存在する唯一の地下迷宮。
その存在は一般には公開されておらず、知っているのは王国上層部を始めとした、一部の人間のみ。
その迷宮の名は、選別宮。
国の暗部候補や勇者たちを、文字通り選別することから、その名がついたのだ。
事の始まりは、昨日のある時である。
いつも通りの訓練が終わると、騎士団長であるデフリーが、希望した勇者全員を連れて、ダンジョンへ行くことになったのだ。
数名は辞退したが、ほとんどの勇者はそれに参加した。訓練ばかりで、その実践を行うことが皆無だったからである。
だが、ダンジョンに足を踏み入れ、攻略を始めようというところで、異常事態が勇者たちを襲った。
いきなり足元に魔法陣が現れたと思ったら、次の瞬間には洞窟は光に包まれ、小野寺の視界が戻った時、そこには誰もいなかった。
そして、今のこの状況になったのである。
全力疾走を続ける小野寺の後ろには、全長五メートルほどの怪物がいた。怪物と小野寺の距離はまだ10メートルほど空いているが、小野寺を追う怪物の速度は、小野寺の走る速度とは比べ物にならない。小野寺もそれを分かっているのか、その顔は恐怖に染まっていた。
=========
種族:ミノタウロス
性別:男
Lv:58
HP:2532
MP:137
STR:351
GRD:351
AGI:243
DEX:86
INT:89
MPR:178
スキル
戦闘術
威圧
剛の一撃
称号
ダンジョンの魔物
=========
剛の一撃
スキル使用時、魔力を消費して、次の一撃の攻撃時のSTRを二倍にすることができる。
ただし使用後、三十秒間ステータスが0,8倍になる。
=========
「ひぃい!」
後ろの怪物を鑑定した小野寺から、そんな声が漏れる。
薄々気づいてはいたが、小野寺のステータスとは比べ物にならないほど強いからだ。
小野寺は必至に逃げるが、今までないほどの恐怖のせいか、走っているときに躓いてしまい、その場に倒れる。後ろを振り向くと、そこには悪魔のような顔を浮かべたミノタウロスが待っていた。
「フシュゥウウ」
ミノタウロスが鼻を鳴らし、まるで丸太のような腕を振り上げる。小野寺は既に腰を抜かしており、もう逃げれるような状態ではなかった。かといって、小野寺のGRDでは、ミノタウロスの攻撃を受けてただで済むはずがない。
「そんな……嘘だ。この僕が、こんなところで死んでいいわけがない」
目の前の現実を受け入れられないのか、小野寺がそう呟いた。
小野寺が異世界転移をしてこの世界にやってきたとき、ようやく僕のチーレム無双が始まると、信じて疑わなかった。
例えスペシャルスキルが勇者の中で一番弱く、戦闘訓練の結果も男子で最底辺だったとしても、ラノベの主人公たちはここからチート能力に目覚める。それまでの辛抱だ、と、心の底から己が主人公として生きることを疑うことはなかった。
だが、現実は残酷だ。
そんな都合のいいことは、それこそ万が一、いや、億が一といった可能性だろう。そんな妄想に囚われている高校生が主人公になれるほど、世界は優しく創られていない。
それでも、幸か不幸か、小野寺はその、億が一に選ばれていた。
世界を牛耳ることができる、正に物語の主人公のような、絶対的な力に。
ミノタウロスが拳を振り上げ、血走った目で小野寺を見る。それを小野寺は、まるで己の命を刈りに来た死神を見るような、虚ろな眼差しで待った。
だが、ここで予想外のことが起きる。
『――力が欲しいか?』
死が目前まで迫った小野寺の耳に、突然そんな声が響いた。
困惑の余り何も返せない小野寺を置いて、声の主は続ける。
『――この世の、ありとあらゆる全てを喰らう力を。どんな奴でも、お前の前にひれ伏すほどの力を。それを望むなら、俺様が力を与えてやるよ』
その言葉には、形容することができない力が籠っていると感じた。
ふと小野寺が周りをよく見ると、あらゆる動きが遅くなっていることに気づく。これは所謂、走馬灯が見せている幻聴のようなものなのだろうか。
しかし、どこか理性的な己がそう考えていると、小野寺の本能的な部分が、この声に耳を傾けろと強く訴える。
思い出すのは、今までの小野寺の人生。
小学校では太っているから、根暗だから、気持ち悪いから、といじめられ続けた。高校ではいじめられはしなかったが、気味悪がられていることくらい、小野寺にだって分かった。そしてそれは、異世界に来ても変わりはしなかった。
クラスメイトはおろか、己を呼んだ世界の兵士、最後には自分の部屋のメイドにまで、嫌悪の色が籠った視線を向けられる。そして最後には、誰もいない迷宮の回廊で、ミノタウロスに殺されそうになっていた。
本当に、これでいいのだろうか?
もし、力があれば。
いじめっ子たちを、倒せるほどの力があれば。嫌悪の視線を向けてくるクラスメイト、兵士たちを、黙らせることができるほどの力があれば。こんな牛頭の怪物を、簡単に殺せるほどの力があれば。
「……僕に、寄越せ……」
その声は、自然と出た。
「僕に、力を寄越せ……! この怪物を殺す力を! 僕の邪魔をする奴らを殺す力を! こんな世界を壊す力を!」
『こういう時に躊躇なく選べる奴は、嫌いじゃない』
その瞬間、小野寺の体から魔力による衝撃波が放たれる。
その強さはかなりのもので、攻撃を当てる直前であったミノタウロスを、まるで神のように容易く吹き飛ばす。
十メートルほど先で、吹き飛ばされたことに怒りを感じたであろうミノタウロスが、先ほどまでとは比べ物にならないほど恐ろしい形相を向ける。
だが、小野寺は既に、ミノタウロスのことなど眼中になかった。その顔は、まるで夢を叶えた少年のような、そんな歓喜の色で満ち溢れていた。
「ヴォロォオオオ!」
怒りの咆哮をあげ、ミノタウロスが小野寺に突進する。
だが今の小野寺にとってミノタウロスなど、まるで脅威ではなかった。
先ほどまでの魔力とは似ても似つかない、全てを飲み込む黒の魔力をミノタウロスに向ける。
「『喰らえ』」
小野寺の左手から、極太の黒の光線が放たれる。
それはミノタウロスの頭部に直撃し、命中した頭部は小野寺の黒の魔力に飲み込まれた。やがて光線が収まると、ミノタウロスの頭部は消えており、ただ筋肉の胴体のみが残される。
『立ち上がりは上々といったところか。まあ、俺様の力を使ってんだから、当たり前ってところだな』
先ほど小野寺の耳に響いた声が、小野寺に語り掛けてくる。小野寺は険しい表情を浮かべながらも、その声に対して問いかけた。
「お前は一体、何者なんだ?」
『さて。何者だろうな? 強いて言うなら、お前のスキルに宿る者、とでも言っておこうか』
「それは、暴食のことを言っているのか?」
暴食。
小野寺が異世界に来た時に与えられた、スペシャルスキルの名だ。
『その通りだ。もっというなら俺様は、先代暴食の持ち主の思念の集合みたいなもんだろ』
「先代暴食の持ち主の思念?」
『聞いたことはないかぁ? ベルゼブブの名を』
異世界から来たばかりの小野寺でも、その名前には聞き覚えがあった。
王城でベルゼブブのことを言っていた騎士曰く、魔王の中でも最強の魔王。ステータスが全て2000越えの化け物。
「だが、そいつは既に死んでるんじゃないのか?」
『だから、その思念みたいなものだっつてんだろ。言わば、怨念ってやつだな』
そんなことが、あり得るのだろうか。
だが、小野寺は既に体感してしまっている。このベルゼブブの怨念を名乗る者に与えられた、絶対的な力を。もしこいつの話が本当ならば、辻褄は合う。
「怨念が、こんな力を持っているのか?」
『それはナンセンスな質問だろ。この世界には人智の及ばないようなことなんか、一つや二つじゃねぇんだぜ。それに実際、アンデットやレイスがいる以上、死んでも力は失われないって言ってるもんだろ?』
確かに、そう言われてしまえば、そうかもしれない。
魔法なんてものがある時点で、己の常識は通用しないだろう。
「なるほど。確かに、あり得ることだな」
『だろ?』
「それならそれで、一つ疑問がある。どうしてベルゼブブの怨念であるお前は、僕を助けたんだ? お前にしてみれば、スキルが同じだけっていう、何の関わりもない他人だろう?」
『はっ、一つ違いがあるぜ、ガキ』
ベルゼブブの怨念は、小野寺の言葉を鼻で笑うと、小野寺の認識を正す。
『スキルだけじゃねぇ。俺様とお前は、多人数で召喚された勇者ってことも、周りの召喚者と比べ落ちこぼれ扱いされたことも、この選別宮に運ばれたことも、そして、ここでミノタウロスに殺されかけたって経緯まで、ほとんど同じなんだよ。唯一違う点をあげるとするなら、俺はあのミノタウロスを、自力で殺したことぐらいか』
「だから、僕を助けたのか?」
『ああ』
小野寺はそれを聞き終えると、沈黙に入る。
頭の中では、山ほど聞きたいことがあった。
どうして勇者が魔王になったとか、その後他の勇者たちはどうしたとか、どうして僕のことをそこまで詳しく知っているとか。そもそも、それは全て作り話なのではという疑問も沸いた。
だが、不思議と小野寺には、怨念が嘘をついているようには思えなかったのだ。それに、一応は力を渡し、命を助けてくれた恩人でもある。この場で今、これ以上質問攻めするのは無粋だろう。
「分かった。僕はお前の言うことを信じよう」
『……おいおい。そんな簡単に信じちまっていいのかよ?』
「ああ。なんとなく、だけどな。……ところで、僕はこれからどうすればいいんだ?」
小野寺がそう聞くと、怨念は暫く沈黙を保ったが、やがて呟くように言葉を紡ぐ。
『取りあえずは、俺様の渡した力に慣れることだな。それに、てめぇ自身の力で暴食を使えるようにしたほうがいい。幸い、この場所の敵のレベルは40~60程度。今のてめぇならわけねぇはずだ』
「そうか。だが一先ず寝ていいか? 走り回ったせいか、酷く眠気がするんだ」
『そうか。敵が来たら俺様が起こしてやるから、てめぇはぐっすり寝てな』
「ああ、助かる」
小野寺はそれを最後に、その場に横になり、寝息をかき始めた。
その様子を見た怨念、いや、最強の勇者であり魔王、ベルゼブブはこう思う。
(確かに、てめぇの言う通り、最後の話には嘘はねぇ。俺様は勇者で、この迷宮で死にかけたのは事実だ。だが、その前の話には嘘がある。まず、俺様は俺様と同じスキルを持つお前のことを、この世界に来た段階から把握していた。何より、俺様はベルゼブブの思念、怨念なんかじゃねぇ。本物だよ。人の言うことは、そう簡単に信じるもんじゃねぇ)
といっても、と、ベルゼブブは思考を続ける。
(個人的には、てめぇみたいなのは嫌いじゃねぇ。だからこそ残念だ。俺様の目的のために、てめぇを殺さなければならないことが、な)
だが、ベルゼブブに止まる気は更々ない。
既に記憶も薄れかけているが、――の墓前に誓った約束を果たすまで、ベルゼブブは走り続ける。
例えその先に待つのが、何の救いも無い世界だとしても。
=========
種族:人間
名前:シンジ・オノデラ
性別:男性
Lv:6
HP:3560
MP:1480
STR:712
GRD:712
AGI:712
DEX:712
INT:712
MPR:712
スキル
暴食
魔王の眷属
魔王の依り代
魔王の加護超極大
鑑定
言語理解
称号
ベルゼブブの眷属
ベルゼブブの依り代
魔王の加護超極大を受けし者
異界より召喚されし者
=========
暴食
どこでも、無限に、喰らうことができる。
喰らった物は、消化することも、吐き出すことも可能。
=========
魔王の眷属
魔王の強さに応じて、ステータスが強化され、魔王が扱うスキルのいくつかを使用することができる。
=========
魔王の依り代
魔王の力を扱うことができる。
魔力は勿論のこと、スキル、魔法なども、魔王が扱っていたものと同じものを使うことが可能。
ただし、魔王の許可なく使用することはできない。
=========
魔王の加護超極大
魔王の強さに応じて、ステータスが強化され、魔王が扱うスキルのいくつかを使用することができる。
ただし、加護を維持するためには、定期的に、魔王に魔力を付与して貰わねばならない。
=========




