やがてそれぞれの暗殺者は動き出す
「ここがオブザ様の言っていたダンジョンか」
「ああ、その通りだ」
あの襲撃から二日後。
途中、国境付近の町、グラノーゼに立ち寄り、ダンジョンの情報をばら撒いたり、食料の補給、バルバでは購入しなかった資材などを購入したが、それ以外は特に特別なこともなく、ダンジョンにたどり着いた。
辿り着いたその場所には、雑草が生い茂る荒れ果てた土地に、一つの地下に繋がる大きい穴があった。
それが俺と玲奈がいるダンジョンで、穴を少し進むと、そこには初めて見た時と変わらない、真新しい石が敷き詰められている。
「確かに、ここが例のダンジョンみたいだね~。名前はなんていうの~?」
「名前?」
いきなり予想もしていなかったことを聞かれ、俺はミュディガに聞き返してしまう。ミュディガはその質問を想定していたのか、表情を変えずにこう口にした。
「普通ダンジョンの名前は~、ある程度周りにそのダンジョンが、知られるようになってから、ギルドが勝手に付けるんだけど~、今回は発見とほぼ同時に、迷宮都市が造られることになっちゃって~、ほとんど知られてないんだ」
「それで?」
「でも~、ギルドに提出する迷宮都市関係の書類に、ダンジョンの名前を記入する欄があるんだ~。このままだとそれが書けないから、オブザに決めてもらおうと思って~」
「なるほど」
理由を聞き終えた俺は、少しの間そのことについて思考する。
だがそんなに簡単には名前なんて浮かばず、ミュディガに視線を戻す。
「少し時間を貰ってもいいか?」
「全然構わないよ~。でも他のギルド職員が来るまでには決めてほしいかな~」
「分かった。他に何かやって欲しいことはないか?」
「ああ、迷宮都市の施設建設の計画とかも教えてほしいかな~。概要みたいなので構わないから~」
「そうか」
俺はミュディガと話し終えると、次は奴隷たちの方を向く。
そこには手持ち無沙汰な様子で、その場に待機している奴隷たちがいるので、簡単な指示を出す。
「よし、早速だが働いてもらうぞ。まずイネアはミュディガに渡す施設建設の計画書を作り始めろ。スミギナはこの辺りにいる魔物の殲滅。他の奴隷たちはテントを組み立てを始めろ。終わったらそれを報告。次の仕事はその都度指示を出す。報告を怠ったり、仕事をサボったりしたら、隷属魔法で苦痛を受けることになるから、それが嫌ならきちんとやれ。分かったか?」
「「「はい」」」
「そうか、じゃあ取り掛かれ」
俺がそう言い終えると、各奴隷たちは動き始める。
正直、イネアはここから軽い地獄を見ると思うし、かなり無茶難題な仕事を与えると思うが、そんなものは俺の知ったことではない。それにクレムも、ギルドの紹介で来た人物に、使えない奴隷を高額で渡す、ということはしないだろう。恨むのなら奴隷になってしまった己を恨んでほしい。
だが大雑把な内容や、初期の予定なんかは、既に伝えてあるし、このダンジョンについて最低限の知識も与えているので、きっと大丈夫だろう。
俺はその場で腰を下ろし、既に焼け爛れた真っ赤な空を仰ぐ。
不思議なことに、この世界にも太陽があるため、夕方という概念が存在するのだ。人間以外の知的生命体、魔法やスキル、レベルという概念を除けば、この世界は非常に地球に類似している。
この世界が地球に似ているのか、又は地球の方がこの世界に似たのか、それは俺には分からない。エフィドスに聞けば、分かるのかもしれないが。
俺は思考を一旦中断させると、迷宮都市の監察官として派遣された、ミュディガに視線を向ける。その顔には初対面の時と同じ笑顔が張り付いており、内心を読み取らせない。
俺の中でミュディガは、現時点で最も警戒している人物だ。
実力は不明だが、レベル88ということと、襲撃の時に見せた探知能力、魔法などを踏まえれば、今まで俺が見た人間の中では最強クラスだろう。
それに加えて、先日の襲撃。
俺が狙われていた、という可能性もあるにはあるが、俺がこの世界で人前に出たのは今回が初めてで、特に身に覚えもない。
勇者ということがばれた、ということも考えづらい。ダンジョンマスターの力で、俺の偽装は最上位鑑定でないと破ることはできないからだ。確かにそんな人物と会った、という可能性は捨てきれないが、そんな人物会う確率は、日本でいえば交通事故に合う確率のようなものだ。
金狙いの犯行、という線も捨てきれないが、それについては、まず金があることがばれるタイミングは冒険者ギルドの時しかあり得ない。まさか身内の犯行、というわけではないだろう。
それらを踏まえると、あの襲撃、もとい尾行は、誰が標的だったのか。
言うまでもない、ミュディガ・ジークリンスだ。あの黒マントは、確かに強いが、実力は精々スミギナと互角程度。ミュディガを討つには役不足だ。だから、尾行という役割に徹していたのだろう。
そして、あの黒マントが尾行役であると仮定すれば、こうも考えられないだろうか。黒マントの背後にはまだ仲間がいて、元Aランク冒険者、ミュディガ・ジークリンスを討てるほどの、襲撃の実行犯となるであろう実力者がいる、ということを。
勿論これは、推測の域を出ないものだ。
だが黒マントが自爆した時に見せた、ミュディガの狂気をおびた笑み。あれが俺の不安を誘う。
それに加えて、もしこの推測が正しいのならば、黒マントの魔法の隠密性の高さ、身に覚えのない、そしてスミギナでも気づかなかった練度の高い尾行、そして、黒マントが自爆した理由、全てが一本の線として繋がる。
考えすぎ、だろうか。
だが、こういう時の嫌な予感は外れないものだ。前の世界でも、そうだった。
俺はテントを組み立てている、奴隷たちの声を意識の端で捉えながら、再び空を仰ぐ。その空は、先ほどよりも、闇が濃くなっているように感じた。
=========
「あれから、もう一年か」
とある屋敷の一室で、ワイングラスを傾けながら、男はそう独白する。
その男の後ろには、何人もの美女が佇んでいるが、その顔にはもはや何の感情も映ってはいない。その美女たちの首には、奴隷の証である首輪が付けられており、その主人である男が、どれほどの財力を有しているのかが伺える。
やがてその部屋の扉が、ガチャリ、という音と共に開く。
失礼します、という言葉と同時に入室したのは、ねずみ色のコートを着た、みすぼらしい風貌の男だ。その顔には若干伸びている髭があり、浮浪者と間違えられてもおかしくない身なりをしている。
だがその男は、迷宮都市の領主の館に入っているというのに、まるで緊張した様子はない。そんな様子からも、彼が只者ではないことが伺える。
男の名は、レイクシル・ハイリンヒア。
暗殺者ギルドの、現ギルドマスターであり『死神』の異名を持つ最強の暗殺者である。
「来たか、レイクシル」
「何の御用でしょうか、アイガス様」
レイクシルは笑顔を浮かべて、椅子に座る迷宮都市領主代行である、アイガス・セイフィムを見る。アイガスはそんなレイクシルを見て、小さく笑う。
「なに、依頼の進捗はどんなところだろうと思ってな」
「それについてはお任せを。現在Aランクアサシン『冷徹鬼』を始めとした、幾人かの暗殺者が、依頼を遂行しております」
「……それで、本当に大丈夫なのか?」
アイガスは、低いトーンの声でレイクシルに尋ねる。
その声には懐疑の色が混ざっており、それを察したレイクシルも、言葉を続けた。
「はい。あの『冷徹鬼』ならば、大丈夫でしょう。これまでに、何人かのAランククラスの実力者を葬ってもいますし」
「だがミュディガも元Aランク冒険者だ。それに加え、奴は対人戦闘も得意だ。私の私兵団を半壊させる程度には、な」
「……安心してください。戦闘と暗殺は似て非なるものです。かの『笑顔殺人鬼』も、問題なく殺すことができるでしょう。それに、もし失敗したとしても――」
レイクシルはそこで一度言葉を切り、一瞬だが殺気と魔力を解放する。
それを受けたアイガスは冷や汗を流し、顔に恐れを浮かべてレイクシルを見た。そのレイクシルは既に魔力と殺気を収め、人の良さそうな笑みを浮かべている。
「――その時は、私が出ればいいだけのことです」
「そ、そうか。こちらとしては、ミュディガの殺しが成功するならば、その過程は問わない。好きなようにやってくれ」
「かしこまりました。それでは失礼します」
レイクシルは一度頭を下げ、足音一つたてずに部屋を後にした。
アイガスはそんなレイクシルの様子を見て、あれほどの人間ならば大丈夫だろう、という安堵と、先ほどその身に受けた殺気を思い出し、その底の見えない実力に心の底から恐怖した。




