戦いのその後
殺しをすると、あの頃のことを思い出す。
父親に命じられるまま、殺しの技術を学び、それを実行していた頃の日々を。
俺は昔の、まるで機械みたいな顔、と言われた表情のまま、最下層に戻った。
「お疲れさま」
最下層に戻ってきた俺を、玲奈はそう言って迎え入れた。そして同時にメロンソーダを差し出してくる。
「ありがとう」
俺は礼を言って受け取り、ぐぐっと飲んだ。
そのメロンソーダは炭酸が強く、乾いた喉と舌に、心地よい刺激が走った。
ある程度飲むと俺はコップから口を外し、改めて玲奈の方を向く。すると玲奈の方から話しかけてきた。
「どうだった? 久しぶりの戦闘は」
「特に感慨はないな。強いて言うならこういう戦闘は俺の専門じゃないなって思った位か」
本来、暗殺者とは戦闘をする職業ではない。戦闘になる前に不意打ちや毒を用いて対象を殺す職業だ。
戦闘が皆無とはいわないが、こんな武器を構えての正面戦闘はしない。
俺だって、両手じゃ数えられない位の人間を殺しているが、こんな正面きって戦うことは片手の指で数えられる位しかしたことがない。
「まぁ、暗殺者はこんなやり方はしないもんね」
玲奈もそれを分かっているのか、素直に頷いていた。
「それにしても、やっぱり勇者に与えられたチートスキルは異常のレベルだな。魔力を使うとはいえ、人の五感を惑わすって相当だぞ」
「そうね。私の超越者の瞳も異常のレベルよ。ナノレベルで物を見るなんて、最新の科学技術を詰め込ませた顕微鏡でなければ不可能でしょうから」
まあ、こんなスキルを持ってくるから俺達は勇者と呼ばれるんだろうけどな。
「でも、正直幻惑が無くても倒せたけどな。ステータスもかなり差がついてたし」
「そうね。レベル1の時点の私達でも倒せたでしょう」
というか、俺でなくてもクラスメイトなら理論上誰でも勝てるだろう。二対一とはいえ、ステータスの差は歴然。おまけにチートスキルまであるのだ。
まあ、実際にやってみれば負ける奴も必ずいると断言出来るが。
「あいつらそこそこの冒険者らしかったし、これからは冒険者がちらほら来ることになりそうだな」
「ええ、そろそろ本格的なダンジョン運営が始まりそうね」
恐らくメフォール達が死んだことで、また新たに調査の冒険者が来るはずだ。
だが、次の冒険者を殺すつもりはない。
というか、殺しすぎると恐らく俺達が困る状況になるからだ。
どういう状況になるかというと、簡単に挙げて二つ。
一つは、このダンジョンを攻略するために、この世界の精鋭冒険者が押し寄せてくる可能性。
もう一つは、危険なダンジョンと決まり放置される可能性だ。
何故困るかというと、一つ目は単純にこの世界の最精鋭の人間が来たらこのダンジョンが詰むから。
もう一つは、適度に人が来てくれないと、DPが得られなくなるのだ。
二つ目なら俺達に直接的な害はないが、このダンジョンの強化も出来ない。
一応俺の魔力で一日1000DPは入れることが出来るが、勇者達クラスの奴らでも攻略不可にするには、何年かかるか分からない。
もしその準備中に、いつか強い奴がここを通りかかった時に詰む危険がある。
この状況にならないためにも、次の冒険者は殺さないようにする。まあ、来た奴がアコアン達みたいな奴らだったら殺すかもしれないが。
「雷、とりあえずメフォール達をDPにしましょう」
俺が考え込んでいると、玲奈が話しかけてくる。
「そうだな、それじゃあ始めるとするか。《迷宮改造》」
スキルを発動させると、目の前にボードが現れる。
俺はそれの『DP増加』を選択し、メフォールとぺルペラの死体と装備をDPに変える。
そしてメニューを操作し『ダンジョン情報』をタップする。
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名前:名もなきダンジョン
階層:11
DP:1731
難易度:B
記述:生まれて二週間というまだまだ青臭いダンジョン。だがその成長は目覚ましい。難易度は既にBランクほど。しかし、姑息なダンジョンマスターの神チートは使えないので、攻略不可というほどではない。
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情報や分析は確かだと思うが、俺になんの恨みがあるんだこの記述は。
いつかこれを創った人物を問い詰めてやりたい。
ちなみに、メフォール達から得たDPはおおよそ1000。悪くはないが、少数の冒険者では大した収入にはなりえない。
「やっぱり一人や二人だけじゃ大したことないわね。もっとたくさん人を呼び込めるようにしないと」
玲奈が今回増えたDPを見てそう呟いた。
俺もその意見には全面的に同意なので、これからもっと人を呼び込める案を考える。
調査の冒険者は間違いなく近いうちに来るだろう。
それによってこのダンジョンの存在が認識され、そこそこ冒険者も来るようになるかもしれない。それでそこそこのDPは手に入れることが出来るかもしれない。
だがそれだけでは、このダンジョンに人がたくさん来るようになるわけがない。
俺はこのダンジョンを安住の地にするため、少しでも多くのDPが欲しい。
何か、ここのダンジョンにしかない強みがなければ、人は、冒険者は来ないだろう。
そして、それをどうやって有名にしていくかも問題だ。
有名にした後も、冒険者が来やすいように、この辺の開拓をしなければならない。
やれやれ、こう考えると冒険者を呼ぶってのも楽じゃないな。
だが、殺ししか考えていなかった、否、殺ししか考えることが出来なかったあの頃に比べれば、遥かに充実している。
それに、隣には一緒にいてて楽しい奴もいることだしな。
そんなことを考えていると、ふと玲奈を顔を見たくなる。
俺はその感情に従い玲奈の顔をじっと見る。すると向こうも俺がずっと自分を見ていることに気付いたようだ。
玲奈は少し頬を赤らめながら、こちらをジト目で見てきた。
「な、何よ」
「いや、なんか玲奈が一緒に来てくれてよかったなって思ってな」
「きゅ、急に何よ。気持ち悪い」
玲奈はそう言ってそっぽを向いた。
俺としては偽らざる本心を言ったつもりなんだけどな。
玲奈はしばらく黙っていたが、そっぽを向いたままやがてこう呟いた。
「……でも、私も雷と一緒に来て、色々出来てよかったわ」
玲奈は再び俺の方を見て、赤らめた頬のままこう言った。
「……これからもよろしくね、雷」
俺はその顔を見て、玲奈のことを素直に可愛いなと思った。
そして、俺は玲奈への感謝の念を込め、こう返した。
「ああ。こちらこそよろしくな、玲奈」
殺しを終えた直後の、冷めた心からなる機械のような表情は、この頃にはなくなっていた。




