第89話 イチャイチャ料理配信
三月上旬。
リリの定期配信——今日は、特別企画だった。
『皆さまこんばんは。リリでございます。本日は——妖精との、共同料理配信を行います』
コメント欄が一瞬で崩壊した。
『きたーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!』
「はい、今日も来ました。妖精です」
『イケボおかわり!!!!!! もっと喋って!!!!!!』
「今日のメニューは——」
『……肉じゃがです。二人で作ります』
「俺が肉と玉ねぎを切ります。鈴——リリさんがじゃがいもとにんじんを」
危なかった。本名を呼びかけた。
『……危ないです。……お気をつけください』
「すみません」
『……では、始めましょう』
二人で台所に立った。カメラが手元を映している。
二本の包丁が、まな板の上で交互に動く。リズミカルに。時々ぶつかりそうになる——台所が狭いから。
「——あ、すみません。肘ぶつけた」
『……大丈夫です。……もう少し右に寄ってください』
「もう壁だ。これ以上寄れない」
『……狭いですね』
「狭い」
『……狭いけど——嫌では、ないです』
コメント欄。
『イチャイチャすんな!!!!!! ここは料理チャンネルだぞ!!!!!!』
『でもイチャイチャ見にきてる民は全員正直に挙手しろ はい』
肉じゃがが完成した。
リリが味見をした。
『……妖精さんの肉じゃがは——いつも通り、完璧です。じゃがいもの煮崩れがなく、味の浸透が均一で——』
「リリさん。俺が作った部分だけじゃなくて、リリさんが切ったにんじんの味も教えてくれ」
沈黙。
『……にんじんは——私が切りました。大きさが不揃いです。でも——味は、みなとさん——あ。妖精さんの煮汁がちゃんと入っていて——美味しい、です』
「うまいのはリリさんが食材を選んだからだ。あのにんじんは火山灰土壌の露地ものだろ。甘みが強い」
『……はい。……私が選びました』
「だったらリリさんの手柄だ」
コメント欄。
『何これ。何この空間。こんなの見せられたら独身でいることが辛くなるんだが』
『愛情【測定不能】とはこのことか……前が見えない……涙で……』
『おかわりください。このチャンネルをおかわりください。永遠にこの二人を見ていたい』
配信が終わった。
カメラを切った。ヘッドセットを外した。
六畳間に——二人と、肉じゃがの匂い。
「……みなとさん」
「ん」
「……楽しかったです」
「俺も」
「……また——やりたいです。……一緒に」
「いつでも」
肉じゃがの残りを——二人で、ゆっくり食べた。配信用ではなく——自分たち用に。
これが俺たちの日常。カメラの前でも後ろでも変わらない。ただの二人の食卓。




