第81話 恋人の朝
「名前をつけた」翌朝。
目が覚めた。布団の中。天井を見る。
——恋人になった。俺と鈴音が。
横を見る。ベッドの上に——鈴音がいない。
味噌汁の匂い。
台所に立っている。パーカーにショートパンツ。黒い髪。後ろ姿。
何も変わっていない。昨日と同じ朝。同じ匂い。同じ後ろ姿。
だが——全部が違って見えた。
「……おはようございます」
「おはよう」
鈴音が振り返った。無表情。——のはずなのに。目元が少しだけ柔らかい。口角が一ミリだけ上がっている。
気づかれた。俺がじっと見ていたことが。
「……何ですか」
「いや。何も。おはよう」
「……もう言いました」
「もう一回言った」
鈴音の耳が、朝から赤い。
◇
味噌汁をよそってもらった。一口飲む。
「……九十四点」
「……上がりましたか」
「気のせいかもしれないけど——今日の味噌汁、やけに美味い」
「……気のせいではないです」
「何か変えたのか」
「……昆布を少し多くしました。……みなとさんが好きだと言っていたので」
——俺の好みに合わせてきた。いつもは自分の味を追求していた鈴音が、今日は俺の好みにチューニングしている。
「鈴音。自分の味でいいって言っただろ」
「……今日だけです。……特別な日ですから」
特別な日。恋人になった翌朝。
「……明日からは自分の味に戻します」
「そうしてくれ」
「……はい」
朝食を食べた。いつもの速度で。いつもの所作で。小指が跳ね、左手が膝を掴む。
何も変わっていない。
変わったのは——「特別な日」が毎日になるということだけだった。




