第79話 反響——妖精騒動
配信のアーカイブは——三日で再生回数三百万回を突破した。
「妖精の手」として切り抜かれた出汁巻き卵と鯛の薄造りの映像が、SNSで拡散されている。
『この手の動き、料亭の板前にしか見えない。マジで何者なんだ妖精』
『柳刃包丁の引き方がプロ。しかも若い声。二十代のプロ料理人が隣の部屋に住んでいる? 何それ小説?』
『リリが毎日これ食べてるとか。そりゃ語彙力壊れるわ』
そして——料理クラスタの間でも話題になっていた。
『あの出汁巻き卵の出汁の引き方、利尻昆布に枯節の組み合わせ。これは和食の正統派です。独学じゃない。誰かに師事している。それもかなりの名店で』
『薄造りの花びら造り、菊盛り。これは板前の基本だけど、あの速度と均一さは修行を積んでいないと無理。最低でも三年は板場に立っている人間の手です』
——バレかけている。
「料亭出身の板前」であることは、見る人が見ればわかる。だが——俺個人にまで辿り着くことはないだろう。顔は出していない。声だけでは特定できない。
スマホにLINEが入った。柚葉。
『先輩! 妖精って先輩だよね! あの包丁さばき見たら一発でわかるよ!』
——柚葉にはバレた。当然だ。同じ料亭で修行した人間にはわかる。
『黙っといてくれ』
『もちろん! でも大将にはバレるかも。あの出汁巻き卵の巻き方、大将の教え方そのまんまだから』
——親父。
親父が見る可能性は低い。だが柚葉がうっかり見せる可能性は——ある。
『親父にだけは見せるな。絶対に』
『わかった。了解です。……でも先輩。出汁巻き卵、すっごく美味しそうだった。氷室さん——幸せ者だよ。先輩の出汁巻き、私だって食べたかったんだから〔泣き顔の絵文字〕』
この女。泣いてるのか笑ってるのかわからない。
◇
健太からもLINEが来た。
『湊。お前あの妖精だろ。今更否定しなくていいからな。ところで出汁巻き卵作ってくれ。約束したろ。一回でいいから食わせてくれ』
『後日な』
『絶対だぞ。あと、トレンド入りおめでとう。全国の料理好きがお前のファンになってるぞ』
全国のファン。——それは少し、怖かった。
だが鈴音は——怖がっていなかった。
今日の鈴音は、ちゃぶ台でスマホを見ながら、微かに——笑っていた。
「……みなとさんがバズっています」
「……拡散されてるな」
「……感想を読んでいます。……みんな、驚いています。……みなとさんの料理に」
「お前の鑑定もバズってるぞ。七秒の沈黙が切り抜かれてる」
「……恥ずかしいです。……でも——」
「でも?」
「……嬉しい、です。……みなとさんの料理を、みんなが認めてくれて」
鈴音は——スマホを閉じた。
「……おなか空きました」
「作るか」
「……はい。……今日は私も。……副菜を二品作ります」
「三品でもいいぞ」
「……張り切りすぎると失敗します。……二品が限界です」
二人で台所に立った。
並んだ包丁がまな板の上で交差する音が、六畳間に響いた。




