第78話 同棲、延長戦
暴露系配信者が撤退した。もう鈴音の部屋に戻っても大丈夫だ。
——のだが。
「鈴音。もう安全だから、自分の部屋に——」
「……いえ」
「いえ?」
「……もう少し——ここにいたいです」
鈴音の視線が、部屋の隅に積まれた自分の荷物に向いていた。着替え。配信機材。包丁。鈴音の生活が、この六畳間に定着している。
「……ダメ、ですか」
「……ダメじゃない」
「……ありがとうございます」
同棲が——延長された。もはや「匿う」必要はない。ただ——二人でここにいることを、選んだ。
◇
十一月の終わり。二人暮らしのルーティンは、もう完全に固まっていた。
朝。鈴音の目覚ましが鳴る前に、鈴音が起きている。音もなく起き上がって、台所に立つ。味噌汁の仕込み。俺が起きる頃には出汁の香りが部屋に充満している。
三十分後、俺が起きて主菜を作る。二人で朝食。
この三十分間——鈴音が一人で台所に立っている時間が、俺は好きだった。布団の中から微かに聞こえる包丁の音、鍋が火にかかる音、出汁の香り。
夕方。買い出し。鈴音の鑑定はもう完全体だ。食材を手に取る速度が上がった。迷いがなくなった。
「……このほうれん草。甘みが強いです。根元の土が赤いから——火山灰土壌。冬場のほうれん草としては最高級です」
「値段は」
「……百五十八円です」
「買い」
夜。夕食。今日は鈴音が副菜を二品作った。切り干し大根の煮物と、ほうれん草のごま和え。俺は主菜——鶏の照り焼き。
食卓に四品が並んでいる。味噌汁、ご飯、主菜、副菜二品。
完全な和食の献立。二人で作った和食。
「いただきます」
「……いただきます」
鈴音のごま和えを一口食べた。
「九十三点」
「……あがりましたか」
「ごまの擦り方がいい。粗く擦ってるから、食感が残ってる。ほうれん草の茹で加減もいい」
「……みなとさんに教えてもらった通りに」
「教えた通りなら七十点止まりだ。残り二十三点はお前の舌だ」
鈴音の耳が赤くなった。
◇
洗い物を終えて、ちゃぶ台に戻る。
鈴音が——いつもより近く座った。L字配置の角。膝が、触れている。
「……みなとさん」
「ん」
「……このまま——ずっと」
「ずっと?」
「……いえ。……なんでもないです」
言いかけて、やめた。
俺には——聞こえた。聞こえていたけれど、今はまだ応えない。
でも——もうすぐ。
もうすぐ、名前をつける。




