第77話 沈黙の敗北
配信が終わった。
同時接続数は最大で十二万三千人を記録した。リリのチャンネル史上最高記録。アーカイブの再生数は——配信終了から一時間で五十万回を超えた。
トレンドワードに「鬼舌のリリ」「妖精」「出汁巻き卵」「薄造り」がランクインしていた。
そして——「真実のカメラ」のチャンネルに、変化が起きた。
特定企画の動画が——全て非公開になっていた。
チャンネルのコミュニティ投稿に、一文だけ残されていた。
『リリさんの特定企画について、本日をもって中止します。ご迷惑をおかけしました』
——逃げた。
リリのファンによる通報とプラットフォームへの報告、そして何より——妖精の手配信による世論の完全逆転。暴露系がリリを攻撃するメリットがなくなった。
コメント欄には嘲笑と安堵が入り混じっていた。
『妖精がプロの料理人だと証明された瞬間に逃げる暴露系、ダサすぎて草』
『つーか最初から手を出す相手を間違えてたんだよ。妖精は料亭クラスのプロだった。喧嘩売る相手じゃない』
『これにて一件落着だな。リリも妖精も無事だ』
◇
スマホを閉じた。
鈴音は——ちゃぶ台の前で、膝を抱えていた。
「……終わった、んですね」
「終わった」
「……本当に?」
「動画全部消えてる。あいつはもう来ない」
鈴音は——ゆっくりと、膝から顔を上げた。
涙が——頬を伝っていた。
「……よかった」
声が、震えていた。安堵の震え。
「……怖かった。ずっと怖かった。……バレたら——みなとさんにも迷惑がかかると思って」
「迷惑なんかかかってない」
「……でも——料亭の技術を使って。……みなとさんの過去が——」
「手元しか映してない。声も変わらない。バレない」
「……」
「それに——俺が自分で決めたことだ。お前を守るために、自分の技術を使うと決めた。迷惑じゃない」
鈴音は——涙を拭った。
「……みなとさん」
「ん」
「……ありがとう、ございます」
「どういたしまして。——さて、遅い時間だが」
「……はい」
「腹減らないか」
鈴音の目が——ぱっと輝いた。涙目のまま。
「……減りました」
「何がいい」
「……オムライス」
「また?」
「……あの時の。……百均のフライパンの」
笑った。思わず。
「了解。作る」
深夜のオムライス。二人分。
六畳間に、バターの匂いが広がった。
もう——怖いものは、ない。




