第74話 煽り
暴露系配信者「真実のカメラ」の新しい動画が上がった。
タイトル——「【速報】鬼舌のリリ、居住エリアを絞り込み完了。○○駅周辺の集合住宅か」
駅名が——伏字になっていた。だが動画の中では、複数の候補駅を挙げている。その中に——俺たちが住んでいる駅が含まれていた。
「リリの配信で確認できる環境音から、候補を三駅まで絞りました。近日中に現地調査を行います」
現地調査。つまり——この辺りをうろつくということだ。
動画はさらに続いた。
「ところでリリさん。あなたが『妖精』と呼んでいる人物の料理、本当にそんなに美味しいんですかね? 素人が家庭の台所で作った料理を、まるで三ッ星レストラン並みに絶賛する。正直——視聴者を騙しているとしか思えません」
——何だと。
「リリが絶賛する飯なんて、大したことないでしょう。壁越しに聞こえる出汁の匂いで感動している設定? 笑えますね。本当に料理ができるなら、証明してみろって話ですよ」
動画が終わった。
スマホを握る手に——力が入っていた。
大したことない。
俺の料理が——大したことない。
鈴音が毎日食べている料理。百回のおにぎり。六十五点から九十二点まで上がった味噌汁。オムライスで涙を流した鈴音の顔。
それが——「大したことない」。
静かに——怒りが沸いた。
煮えるような怒りではない。出汁を引く時のような——じわりとした、低温で長時間かかる怒り。
「……みなとさん」
鈴音が、俺の顔を見ていた。台所のカウンター越しに。
「……動画、見ましたか」
「見た」
「……怒って、いますか」
「怒ってない」
「……嘘です。みなとさんが怒ると、包丁を研ぎ始めます。……今、砥石を出しています」
手元を見た。確かに——無意識に砥石を出していた。
「……鈴音。俺に考えがある」
「……何ですか」
「リリの配信に——俺が出る」
鈴音の目が——大きく開いた。
「……出る?」
「顔は出さない。手元と声だけ。リリのアシスタント——料理人として。あいつが『大したことない』と言った料理を、配信の中で作って見せる。俺の技術で」
「……みなとさんの技術は——料亭の」
「ああ。あの暴露系が煽ったんだ。証明してやる。——俺の料理が、大したことあるかないか」
鈴音は——三秒黙った。
それから——微かに、唇を上げた。
「……やりましょう」




