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超毒舌グルメVTuberは俺の飯だけ星一千万〜隣の無口美少女を料亭仕込みの家庭料理で餌付けしていたら、毎晩ごはんをねだられるようになった〜  作者: ハイさん
第4章 陽キャ同級生VTuberと、重圧のトラウマ

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第60話 キララの踏み込み

九月第三週。


 鈴音の味覚は少しずつ回復しているようだった。俺に過去を話したことで、心の圧力が多少は抜けたのかもしれない。味噌汁のスコアは八十七点に戻った。


 だが——キララが止まらなかった。


 ◇


 木曜日の放課後。


 ゼミの帰り、キララが俺の隣を歩いていた。いつもの距離感。肘が腕に触れるか触れないかの距離。


「ねー湊くん。明日の夜さ、うちの事務所の打ち上げがあるんだけど、一緒に来ない?」


「事務所?」


「えっと——その。友達の仕事仲間の打ち上げっていうか」


 ぼかしている。VTuber事務所の打ち上げだろう。アリアとしての活動は隠したいのかもしれない。


「パスで。明日は飯の買い出しがある」


「氷室さんと?」


「ああ」


「……いつも氷室さんとだよね。買い物も、ご飯も」


 キララの声が——少しだけ、いつものトーンと違った。


「……私もさ、一緒に行っちゃダメかな。買い物」


「え」


「三人で。楽しそうじゃん。私も食材の選び方とか、教えてほしいし」


「キララ、お前料理しないだろ」


「だから教えてほしいんだよー! 湊くん上手いんでしょ? 氷室さんも最近始めたんでしょ? 初心者仲間として!」


 断る理由が——見つからなかった。


 キララに悪意はない。本当に楽しそうだと思っているだけだ。大勢で何かをすることが好きで、一人でいることが苦手で。——そういう人間なのだ。


 だが——スーパーは鈴音との大切な時間だった。食材を選び、鈴音が鑑定し、俺がそれを受け取る。あの無言のやり取りは、二人だけの儀式だ。


「鈴音に聞いてみる」


「やったー! 聞いてね!」


 ◇


 夕食時、鈴音に伝えた。


「星野さんが明日、買い出しに一緒に行きたいって」


 鈴音の箸が——止まった。


 三秒。


「……三人で、ですか」


「ああ。断ってもいいぞ。嫌なら——」


「……いいです」


「いいのか?」


「……みなとさんが来てほしいと思うなら。……構いません」


 その声には感情がなかった。容認ではなく——諦めに近い色。


「俺が来てほしいかどうかじゃなくて、お前がどう思うかだ」


 沈黙。


「……わかりません」


 鈴音は箸を再び動かした。機械的に。味噌汁を飲む。おかずを口に入れる。咀嚼する。


 小指は動かなかった。


 ◇


 翌日、三人でスーパーに行った。


 キララは——予想通り、スーパーでも賑やかだった。


「わー! このトマト美味しそう! 赤くてかわいい!」


「色だけで選ぶな。よく見てみろ」


「えー? 何を見るの?」


 俺がトマトの選び方を教えている横で——鈴音は、黙って立っていた。


 以前の鈴音なら、トマトを手に取り、ヘタの状態を確認し、「これは二日前の入荷です」と断じていた。今は——手を伸ばさない。


 キララが鈴音に声をかけた。


「氷室さんは何を選ぶー?」


「……特には」


「え、何か選んでよー! 氷室さんの方が詳しいんでしょ?」


 鈴音の手が——伸びかけて、止まった。


 スーパーの照明が、蛍光灯の白い光で食材を照らしている。その光の下で、鈴音の目は——曇っていた。


 以前のような、食材を鑑定する瞳孔の開きがない。


「……このにんじんが、いいと思います」


「おー! 何でそれがいいの?」


「……色が、綺麗だから」


 ——色。


 鈴音が食材を「色」で選んだ。以前なら断面の繊維密度まで言い当てたのに。


 俺は——何も言えなかった。


 帰り道、キララは先に帰った。「楽しかったー! またねー!」と手を振って去っていくキララの背中を見送りながら、鈴音が呟いた。


「……星野さんは、明るいですね」


「ああ」


「……私は、ああいうふうには——」


「お前はお前でいい」


「……」


 鈴音は何も答えなかった。


 その夜、味噌汁は持ってこなかった。

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