表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
超毒舌グルメVTuberは俺の飯だけ星一千万〜隣の無口美少女を料亭仕込みの家庭料理で餌付けしていたら、毎晩ごはんをねだられるようになった〜  作者: ハイさん
第4章 陽キャ同級生VTuberと、重圧のトラウマ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
52/75

第52話 スプーン事件

夏休みが始まっても大学には出入りする用事があった。図書館での自習と、ゼミの課題。


 八月五日。図書館で課題をやっていたら——キララがやってきた。


「湊くーん! 偶然! 私も課題やりに来たの! 隣座ってもいい?」


 偶然ではない。三日連続で俺を見つけている。こいつには追跡能力がある。


「好きにしろ」


「やったー!」


 キララが隣に座った。教科書を広げたが——三分で飽きてスマホをいじり始めた。


「ねー湊くん。このスイーツの新作見た? めっちゃ美味しそう! 今度一緒に行かない?」


「パス」


「えー! なんでー!」


「課題」


「課題なんてそのうち終わるよ! あ、そうだ。湊くん料理上手いんでしょ? 今度作ってよー。ナポリタンとか!」


「……考えとく」


 俺の料理を——他の女に作る。


 その会話を、図書館の入り口で聞いている人間がいることに、俺は気づかなかった。


 ◇


 昼休み。学食。


 健太と俺とキララ。三人でテーブルを囲んでいた。キララが勝手に合流してきた。


「相馬くんも一緒にご飯食べよー!」


「え、俺も? ありがとう星野さん」


「キララでいいよー!」


 三分で健太とも打ち解けた。コミュ力お化けの本領発揮だ。


 俺はカツ丼を食べていた。キララはパスタ。健太はラーメン。


 キララが俺のカツ丼を覗き込んだ。


「あ、それ美味しそう! 一口ちょうだい!」


「自分の食え」


「一口だけー!」


 スプーン——パスタを食べていたフォークではなく、わざわざ備え付けのスプーンを取って——俺のカツ丼に突っ込んできた。


 その瞬間。


「……失礼します」


 声がした。


 振り向くと——鈴音が、トレイを持って立っていた。


 いつもの無表情。いつもの静かな声。


 だが——右手に持っているスプーンが。


 曲がっていた。


 金属のスプーンが、鈴音の握力で——歪んでいた。


「……お、氷室さん! こーんにちはー! 一緒に食べよう! 座って座って!」


 キララが手を振っている。鈴音はキララを見て——それから俺を見た。


 俺のカツ丼に突っ込まれたキララのスプーンを見た。


「……いえ。自分の席で、食べます」


「えー、もったいなーい! 一緒のほうが楽しいじゃん!」


「……楽しいかどうかは、人によります」


 声が冷たかった。無表情は変わらないが——声のトーンが、リリの毒舌に一瞬だけ近づいた。


 鈴音はそのまま、学食の隅のテーブルに一人で座った。俺に背中を向ける位置。


 ——まずい。


「キララ、俺先帰るわ」


「え、もう? まだカツ丼残ってるじゃん!」


 トレイを片付けて、鈴音の席に行った。


「鈴音」


「……何ですか」


「隣、座っていいか」


「……ご自由に」


 座った。鈴音のトレイの上には、日替わり定食がほとんど手つかずで残っていた。


「食べないのか」


「……食欲が、ありません」


 嘘だ。鈴音に食欲がないことなんてあり得ない。あの化け物級の食欲が消失するのは——精神的な要因だけだ。


 鈴音の右手を見た。曲がったスプーンを、まだ握っている。


「……スプーン、曲がってるぞ」


「……知っています」


「返却する時に怒られるぞ」


「……力の加減を、間違えました」


 間違えてない。明確な意思をもって曲げている。


 けれどそれを指摘する勇気は、さすがになかった。


 ◇


 帰り道。二人で歩いた。


 鈴音は黙っていた。俺も黙っていた。


 アパートの階段を上がる。鈴音が自分の部屋に入ろうとした。


「鈴音」


「……はい」


「今日の夕飯、何がいい」


 鈴音は——立ち止まった。


「……みなとさん」


「ん」


「……星野さんに、料理を作る約束をしましたか」


 ——聞いていたのか。図書館での会話を。


「してない。考えとくって言っただけだ」


「……考えとく、は。……みなとさんの場合、だいたい作ることになります」


 鋭い。


「……鈴音。俺が料理作るのは——」


「……わかっています。……みなとさんは面倒見がいいから。……誰にでも作ってしまう」


 その声は——怒りではなかった。


 諦めでもなかった。


 ただ——寂しさだった。


「……今日の夕飯は。……冷やし茶漬けが食べたいです。夏らしいものを」


「了解」


 ドアが閉まった。


 冷やし茶漬け。シンプルな料理だ。仕込みは少ない。


 だが——鈴音がリクエストを出す時は、いつも何かの意味がある。


 冷やし茶漬け。冷たくて、シンプルで、余計なものが何もない。


 ——「余計な人間が入ってこない、二人だけの食卓」を求めている。


 たぶん、そういうことだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
■作者からのお知らせ
この作品をキャラクターの声で楽しめる「ボイスドラマ版」をYouTubeで公開しました!
ぜひ耳でも作品を楽しんでみてください↓

ハイさんの創作チャンネル
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ