第48話 八十五点
外食の翌日。日曜日の朝。
鈴音が味噌汁を持ってきた。
今日で十五杯目だ。六十五点から始まった味噌汁は、七十五点を経て——今日。
手に取った椀から、出汁の香りが立っていた。前より明らかに——良い香りだ。昆布と鰹のバランスが取れている。
一口飲んだ。
味噌——適量。出汁——透明感がある。昆布の旨味と鰹の風味が重なっている。
豆腐——今日は絹ごし。大きさが揃っている。火の通りも均一だ。中心まで温まっている。
わかめ——戻しすぎていない。ほどよい食感が残っている。
なめこが入っていた。新しい。今まで豆腐とわかめだけだったのに——なめこを追加している。なめこのとろみが味噌汁全体に円やかさを与えている。
「……具材が増えたな」
「……はい。……なめこを入れてみました。……味噌汁との相性を考えて、とろみで味噌の角を取ろうと」
狙いが的確だ。この女の舌が——料理に応用され始めている。
二口目。三口目。椀が空になった。
「……何点ですか」
鈴音が——真剣な目で聞いてきた。瞳孔が開いている。食材を鑑定する時と同じ目。だがその目は、俺の表情を読み取ろうとしている。
「八十五点」
鈴音の目が——見開かれた。
「……八十五」
「うん」
「……昨日から、十点も上がったんですか」
「なめこの判断が良かった。出汁のバランスも安定してきた。味噌の量も完璧だ。十五杯の経験が全部反映されてる」
鈴音の左手——もう絆創膏は二枚に減っていた——が、膝の上で開いたり閉じたりしていた。握り拳。開く。握り拳。
「……百点に、なれますか」
「百点はない」
「……え」
「俺の味噌汁も百点じゃない。料理に百点はない。常に改善の余地がある。——親父の受け売りだけどな」
「……」
「ただし」
「はい」
「鈴音の八十五点は——柚葉の九十点より、俺にとっては上だ」
意味がわからないだろう。点数の上では柚葉のほうが上なのに、なぜ鈴音のほうが上なのか。
でも——理屈じゃない。
百回のおにぎりと十五杯の味噌汁と、絆創膏と壁越しの出汁指導。その全部が、この一杯に入っている。
「……みなとさん」
「ん」
「……もう一杯、飲んでくれますか」
「ある?」
「……鍋に、残っています」
二杯目をよそった。八十五点の味噌汁の二杯目は——同じ八十五点だった。ムラがない。安定している。
飲み干した。
「ごちそうさま」
「……お粗末さまです」
鈴音の声は——もう、震えていなかった。
◇
深夜のリリのコミュニティ投稿。
【にっき】
きょう、85てんでした。
15はいめで、85てん。
100てんには、ならないそうです。
りょうりに100てんはないのだそうです。
でも、いわれました。
わたしの85てんは、
だれかの90てんよりも
うえだ、と。
いみがわかりません。
でもたぶん、
わかりたくないのではなくて
わかっているのに、ことばにできないだけです。
……85てん。
あしたは 86てんに なりたいです。
コメント欄。
『毎日1点ずつ上がっていくリリの味噌汁を見守るスレ、もはや道場の物語と化している』
『「わかっているのに、ことばにできない」リリ……全員そうだよ、全員わかってるよ……』
『「だれかの90てん」って誰だ。妖精の元カノか??????』
『↑急にクエスチョンマーク何千個出してきて草 お前が一番気になってるじゃん』
スマホを閉じた。
九十点の誰か——柚葉のことだ。バレていないはずだが、ネットの考察班は勘が鋭い。
まあ、元カノではないが。
目を閉じた。八十五点の味噌汁の残り香が、まだ口の中に微かにあった。




