第45話 柚葉からのLINE
テスト三日目の昼休み。
スマホが振動した。知らない番号——ではなく、LINEだった。
和泉柚葉。いつの間にか連絡先を登録されていた。帰る前に俺のスマホを勝手に操作したのだろう。やりかねない女だ。
『先輩〜! 元気ですか! 柚葉です!』
元気だ。テストで死にかけているが。
『東京から帰ってきて、板場に復帰しました。大将、私の留守中に体調崩してたみたいで、少し心配です。でも今は元気です。先輩に似て頑固だから(笑)』
親父が体調を崩した。
その一文に——息が止まった。
体調を崩していた。それは——いつからだ。柚葉が東京に出てきていた約一週間。その間、板場を一人で回していたのか。いや、他に板前はいる。でも親父は自分が中心にいないと気が済まない人間だ。無理をしたのだろう。
返信を打った。
『親父の具合は? 大丈夫なのか?』
即レス。
『大丈夫です! ただの疲れです。でもやっぱり先輩がいないと、大将の負担が大きいのかなって。……ごめんなさい、プレッシャーかけてるわけじゃないです』
プレッシャーではない。事実だ。
俺が抜けた分の穴を、親父と柚葉と数人の板前で埋めている。俺が「逃げた」結果が、六十を過ぎた親父の体に出ている。
——考えるな。今は考えるな。
指が、震えた。
LINEが続いた。
『あと先輩。氷室さんのこと。仲直りできましたか?』
『……ああ。戻ってきた』
『よかったです!!!!! おにぎり作れるようになりましたか?』
『百個握ったらしい』
『百個!!!!! 根性あるな〜さすが先輩が選んだ人だ!』
『選んでない。向こうが来ただけだ』
『それを受け入れたのは先輩でしょ? 味噌汁は? 六十五点から上がりました?』
『七十五点まで来た』
『一週間で!? やっぱりあの人すごい。舌がいい人は上達早いんですよね。自分で味見して修正点がわかるから。……先輩もそうだったもんな〜。大将が「あいつは一回食えば再現する」って褒めてたのを思い出します』
親父がそんなことを言っていたのか。知らなかった。
最後のメッセージ。
『先輩。私、先輩のこと、まだ好きです。たぶんしばらく好きです。でもそれは先輩の問題じゃなくて、私の問題なので。気にしないでください。
あと——氷室さんを泣かせたら、東京まで飛んでいって先輩のフライパンで殴りますからね。覚悟してください(笑顔マーク)』
「(笑顔マーク)」とテキストで打ってくるあたりが、柚葉らしかった。
スマホを閉じた。
親父の体調。料亭の人手不足。自分が逃げた代償。
それらが胸の奥で渦巻いている。
だが——今は目の前のテストと、七十五点の味噌汁と、肩で寝落ちする黒髪のことで、頭がいっぱいだった。
面倒だ。全部面倒だ。でも——面倒な方がいい。何も感じないよりは。




